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25 やっぱりずるい

 カウンターの上に、厳選した豆を並べる。

 指先で転がし、重さ、硬度、香りを確かめる。


 触れた瞬間にわかる。これは、極上の素材。


「……白鳥さん?」


 拓海くんの声が、さっきより低く響く。

 その視線は、私の手元から一瞬も離れない。


「うふふ、どうしたの?」


「いや……なんか、すごい」


 ふふ、いい反応。なら、もっと見せてあげよう。


 豆をミルにセットし、手を添える。

 一度、深く息を吸い込む。


 そして、ゆっくりとハンドルを回す。


 ゴリ……ゴリ……ゴリ……


 リズミカルに響く音。

 粗すぎず、細かすぎず、絶妙なバランスを保ちながら、

 すべての粒が均一に砕かれていく。


「……この音、心地いい……」


 こはるんが、ぽつりと呟く。


「無駄がない……」


 佐々木さんの鋭い視線が私に向けられる。


 粒度を均一に。

 ほんの僅かなバランスの崩れが、後のすべてを台無しにする。


 ——混ぜ方ひとつで毒にも薬にもなる。求めるのは、ただ一つの最適解。


 フィルターに粉を敷き詰める。

 密度を均等に、余計な圧をかけず、最適な空間を作る。


 ポットを持ち上げ、湯温を確認。

 蒸気の流れ、滴る速度——完璧。


「……?」


 拓海くんがわずかに前のめりになる。


 一滴、お湯を落とす。


 粉がゆっくりと膨らみ、

 ふわりと広がる香りが空気を満たしていく。


 苦味、酸味、甘味、そのすべてがバランスを取る一瞬。


 ——ここ。


 手首を返し、螺旋を描くようにお湯を注ぐ。

 迷いなく、正確に。


「……!!」


 拓海くんが、思わず息を呑むのがわかる。


 静かに、黄金の液体が滴る。

 均等に、精密に、すべてが調和していく。


「すごい……」


 こはるんが、夢中になったようにカウンターへ身を寄せる。


「これは……認めるわ」


 佐々木さんが目を細め、腕を組み直す。


 だが、まだ終わりじゃない。


 私は、静かにミルクピッチャーを持ち上げる。


 ミルクを落とす。

 白と黒の境界を操り、円を描き、流れるように線を重ねる。


「え……?」


 拓海くんの目が、ピタリと止まる。


 繊細な渦を生み出し、ラインを揃え、最後にスッと刃を引く。


 ——完成。


「……天使の羽?」


 こはるんが驚いたように呟く。


「ふふ、そう。飲んだ人の心が、ふわっと軽くなるようにね」


 静かに、カップを差し出す。


 拓海くんが、ゆっくりと手を伸ばす。

 指先が震えているのが、わずかに見えた。


「ふふ、そんなに構えなくても大丈夫だよ?」


「いや……」


 彼は何か言いかけて、そのまま黙った。

 言葉よりも、先に味わいたかったのかもしれない。


 そっと、口をつける。


 ——静寂。


「……!」


 一瞬、呼吸が止まる。


 最初に広がるのは、ほんのりとした甘み。

 そのすぐあとに、なめらかな苦みが舌を撫でる。


「……なにこれ」


 ひそやかな声が漏れる。


「苦味も、甘さも……全部、ほどよいのに、しっかりしてる……」


「でも、くどくない……」


 こはるんが、そっと口元に手を添える。


「ふふ、でしょ?」


 私はカウンター越しに、拓海くんの表情を覗き込む。


「口に入れた瞬間は甘くて、でもちゃんと苦くて……それで、気づいたら、もう一口飲みたくなってるんだよね」


 静かに、でも確かに、心に残る味。

 追いかけたくなる後味。


「……白鳥さん、やっぱり……」


 拓海くんが、カップを見つめたまま言う。


「ふふ、何?」


「……いや、やっぱりずるいなって」


「えー、ひどいなぁ」


 私はくすくすと笑いながら、カップの表面に描かれた天使の羽を見つめる。


 ——かつて、私は魔王軍最高峰の錬金術師だった。

 あの頃は、魔力を操り、命を創り出していた。


 でも今、私が錬成するのは、この一杯。

 飲んだ者を魅了し、心を満たす、至高の液体。


「……これで準備は整ったね」


 カウンターを軽く拭きながら、微笑む。


「いよいよ——商店街No.1カフェ決定戦の開幕だよ」

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