1 果ノ底へと続く穴
校門の前には五人の花守人と、そして『桜』の孝太が揃っていた。
時刻は六時。
予定通りだ。
たぶん、昨夜から誰一人寝ていない。
「ずっと気になってたんだけど、なんで学校なんだよ?」
「え!?」
オレが咲先輩に訊いたところ、すごく驚いた顔をされた。
なんだその知らなかったの? みたいな顔は。
そんな顔をするくらいなら前もって教えておいてほしい。
「ここにあるんだよ、藤が開けた穴が」
オレたちが着く前にもう来ていた悟郎さんが、淡々と説明する。
「まさか!」
「いや、事実だぜ」
……それって大事なことじゃないのか?
つまり、穴が開いている限り、この学校の生徒が一番危険だってことじゃないのか?
そんなこと、全然知らなかったぞ。
「あれ。僕、この学校が重要な場所だからだって、伝えたような気がするけど」
悟郎さんが呟く。
そういえば、そんなことを聞いたような気はするけれど……。
「なんだ、聞いてるんじゃないの」
「いや、だから重要な場所って説明だけじゃ、穴があるなんてことまではわからないだろ」
「知ろうとしないからね」
咲先輩がしれっと言う。
まあ、確かにその時オレがもっと突っ込んで訊いていればよかったんだろうけどさ。
「行くぞ」
孝太が先頭に立って歩き出す。
うちの高校の校門には柵がないので、いつでも誰でも入りたい放題だ。
田舎だからか、いまいち危機感が足りない。
だからといってこのままでも事件が起こったりもしないので、結局いつまでもこのままなんじゃないかと思う。
孝太が足を止めたのは、裏庭にある池の前だった。
「ここが?」
「そうだ。眼鏡をかけたまま、池を覗いてみろ」
孝太に言われるままに、池の底を覗き込む。
水面に映ったオレの隣には、眼鏡をかけた少女が見える。
咲先輩がいつも首からぶらさげていた青縁の眼鏡だ。
どうして自分は眼鏡をかけているにも関わらず、首から別の眼鏡をかけているのかと思っていたら、青薔薇の主に渡すためだったらしい。
オレは水底に目を向けた。
底に、きらきらと輝く場所が見える。
池の中心部分。
日はまだ昇ったばかりで、ガラスの破片などが光を反射しているなんてことはない。
「あれが……?」
「そうよ。あそこが果ノ底につながる穴。そこに穴ができてから、わたしたちはずっと監視を続けてきたわ。この学校はそのために作られたと言っても過言ではないくらいよ。花守人はこの学校の生徒から選ばれることが多いし、大学も併設されている。実はここの今の理事、うちのじじぃ……じゃなかったおじいさまなのよ。花守人は、大学卒業後ここの職員として働く事も可能よ」
「自由な職につけないということですか?」
小原さんが問う。
「これまではね。でも今、ここでこの穴を塞いでしまえば、今後はそんなことにはならないはずよ。ただし完全に塞いでしまうと、まだ花ノ界に紛れ込んでいる果実を見つけて還す時に困るから、今日は仮封印ね。全ての果実を還した時にはもう一度集まって封印することになるけれど……でも、それで本当におしまいだから」
「犠牲も減って、俺たちも自由になれてめでたしめでたしだぜ」
「あら、豪。あなたはもちろん自由になんてなれないから、そのつもりでね」
咲先輩は、なにを当り前のことを、という顔をしている。
「なんでだよ。俺だって自由を満喫したいぜ」
「縁を切らない限り無理よ。諦めなさいな」
「縁を切る……って、それはなぁ……無理だよなぁ」
「無理よねぇ。だと思ったわよ。おほほほほ」
咲先輩が高らかに笑う。
「で、その仮封印とやらは、どうすればいいんだよ」
「数珠に触れて、いつものように熱を発生させてほしい。掴んだ熱を穴に向かって放つんだ。オレが詠い終わるまで、やめるなよ」
オレの問いに、孝太が答える。
オレたち五人は、言われるがままに池に手をつけた。
水が冷たい。
濁って藻がたくさん浮いているような汚い池じゃなくてよかった。
そして光る箇所をじっと見る。
あの向こうに、桃がいる。
この穴を塞ぐことは、桃を閉じ込めてしまうことだ。
オレは少し躊躇して、周囲を見渡す。
池の中に手を伸ばした四人が、こちらを見ていることに気付いた。
「マコちゃん」
「須賀」
「マコトくん」
「須賀くん」
四人に名を呼ばれ、オレは覚悟を決めて頷く。
ごめん、桃。
でもどうか、いつか浄化される日がきて、君がまたこの花ノ界に生まれられることを祈るから。
ずっと祈っているから。
だから……。
心の中で、桃に語りかける。
冷たい水の中にあって、手の平が熱を帯びるのがわかる。
ゆっくりとそれを握りしめて、オレは穴に向かってその拳を開いた。




