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誘う声は

 


 その黒い人影は、己の目的のために突き進んでいた。

 とにかく、人がいないところで。魔法の鳴動を察知されないために。


 ――その様子を見守るナニカ。その口が、大きく三日月に裂ける。


 儀式の場を整え、青いリボンを握り締めて、ひたすら祈る。


 ――自身の身のうちから零れ落ちていく力を感じながら。

 ――やがて、それは結実する。一際輝く儀式場。その中心に黒い人影が望む人物が浮かび上がる。


 ――そのはずだった。


「――――っ!?」


 そこに顕れるはずの人は、居ない。


 手順を誤ったか。

 いや、次元を隔てた者の召喚など初の試みではあったが、自分の魔法の性質は、他ならぬ自分自身がよくわかっている。

 いずれにしても、人影は、自身にとって残酷な事実を受け入れざるを得なかった。


 ――――――どうあっても、恋い焦がれたあの笑顔をみることはできない。


 そんな、現実を。


 呆然と、空を見つめる。するりと、フードがずれる感触とともに、開けた視界。月が淡い光を湛え、銀の髪がその光を写し取る。

 その手から、はらり、とリボンが落ちていく。黒い人影は、いまだ立ち尽くしていた。




 *




 ――みつ…た…


「――ん?」


 けたたましく鳴り響く蝉の声。それに紛れたのは――


「どうした?鋼」

「あ、ううん。何でもないよ」


 ならいいけどなー、と返す友人に苦笑する少年がいた。歳は十五、六歳と言ったところだろうか。やや幼げな顔立ちに穏やかな目元が、彼の柔和な性格を物語っている。

 何処にでも居るような少年。しかし、どこにもいないような少年。そんな彼に、背後からの陰。


「よう、白髪頭?少しはその髪染めればどうだ?」


 次いで、背中への衝撃。

 大柄な少年が放った平手であった。それを受けた鋼と呼ばれた少年は、涙目で背中をさするだけだ。


「吉岡、お前な!」


 激昂する友人を手で制す。そうして、少し息を整えてから、


ありがとう(・・・・・)吉岡君」


 状況にそぐわない、感謝の言葉。少年は自身の白髪が多く混ざった黒髪に触れながら、


「親からもらったものだからね。大切にしたいんだ」


 その言葉は、余りに深い実感がこもっていた。

 唖然とする二人に、


「あ、あれ?」


 決まり悪そうにする、白灰色の少年。

 馬鹿にされたと顔を赤くし、怒りを宿す瞳で睨みつける大柄な少年と、天然な友人を引っ張って連れ出す少年。


「お前、ホントアホか!?」


 夏の通学路に、苦労人の悲鳴が響き渡った。




 *




「ったく、もう……この天然馬鹿は、何時になったら治るんだよ」


 ひとしきり罵倒しながらも教室まで連れだって行く。苦労人の、苦労人たる所以だった。


「ええ……だって、あれはほんの挨拶がわりみたいなものでしょ?」


 首を傾げ、身長差から僅かに上目遣いになる鋼。


「……そう言うのは」


 ――や、やっぱり、悠×鋼がいいよっ。王道でしょ!!

 ――いや、でもああ見えて鋼君のほうが攻め……


「……あの変則ハーレム要員に話してやれよ」

「――生きて帰れないような気がするよ」


 自分の現状に逃避気味になる鋼。明らかに、日頃の仕返しだった。


「あっ、鋼君おはよー」


 見つけるやいなや、別のグループと合流して十人ほどの女子に鋼一人という、まさしくハーレムと言うべき集団ができあがった。


「鋼君、これを着た写真今度送ってよ」

「うん、亜美さん。これ、凡そ一般的な男子高校生が着る服じゃないよ」

「鋼、こっち向いて~」

「うん?」

「フヘヘ、庇護欲そそる美少年フェイス……」

楓蘭ふらんさんはそれ消しましょうか。嫌なら携帯ごと没収するので」


 音高くなったシャッター音の元を取り上げ、狂乱する女生徒を宥める。クラスメートを筆頭に、彼の現状を正しく知る男子は、最早鋼を敬うばかりであった。故に手をさしのべる者もいないが。

 始業を告げるチャイムが鳴り、生徒達が席に着く。たった一つ、鋼の隣を除いて。


 ―――見つけ…よ、…


(まただ……)


 今度は登校時よりはっきり聞こえた気がする。

 だが、クラスメートの誰も声に反応する様子はみられない。自分だけが聞こえているのか。鋼は気味悪さを感じ、教師の声など届いてはいなかった。


 その後、鋼は移動教室の変更を聞き逃し、開かない教室の前で右往左往する羽目になるが、概ね無事に放課後まで過ごした。




 *




 帰宅後は私服に着替え、町へと繰り出す。目的地は姿を見せなくなった友人の、最後の目撃情報があった駅前の公園だ。

 鋼はこの一週間、彼女の捜索活動を行っていたが、公園の防犯カメラに映っていたこと以外の進展がまるで無かった。

 どういうわけか、そこからは煙のように消えたとしか思えないほど手がかりがなかった。

 彼女の顔写真を取りだし、目撃情報を聞き込みにまわるのが現在の鋼の日課になっていた。


「それにしても……」


 鋼はあらためて写真を見た。そこには不機嫌そうに写る銀髪の少女の姿があった。欧州系の血を引いているのか、目鼻立ちは整っている。生徒証に使う写真を無理を言って借りたものであり、写りが悪いのも仕方がないといえるだろう。だが、それすらも魅力といわんばかりに彼女は人目を引く顔立ちをしていた。

 有り体にいえば美人であり、銀髪というめったにみない特徴もあり、見つからないどころか手がかりすらないというのははっきり言って異常であった。


(考えても仕方ないか……)


 幼なじみの少女を探し鋼は町を駆け回った。




 *




 ――見つけた…


 人捜しは芳しくない。


(結局、手がかり無しか…)


 だが、転機はすぐそこにあった。


 ――見つけたよ、鋼……


「――!!、愛理!?」


 今朝から聞こえていた声の主が完全に探し人の少女のものと一致していた。だが、見つけたとは?そう鋼が疑問を覚えた瞬間――


 ―――足元に鈍く輝く鉄の色があった


 その記憶を最後に鋼は意識を失っていた。


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