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三十代無職男による異世界での起業戦略~男女の出会い紹介店はじめました~  作者: 桐条京介
3章 捕らわれの女魔族と魔王の印象アップ大作戦
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 決着は一瞬でついた。真の姿を現すのかと思ったが、その必要すらなかった。人間の姿のままでも、魔王はやはり魔王。盗賊団など相手にならず、気合の咆哮ひとつで吹き飛ばした。一味の大半はすでにリディナによって大怪我を負わされていたらしく、応援の人員もほとんどこなかった。この時点になって、見張りなどの人数が少なかった理由を、優一はようやく理解した。ついでに、盗賊たちがすぐリディナを殺さず、屈伏しろと迫っていたのもだ。

 要するに連中は、リディナを盗賊団の一味へ引き入れようとしたのだ。外見が華奢な少女で、実力は大男が束になっても敵わない。盗賊として活動させたら、相当な戦力になると判断したのだろう。正体が人間ではなく、女魔族だと知っていても、連中なら同じ行動をしていた可能性がある。愚かとまではいわないが、あまり利口ではない。

 その程度の実力しかない盗賊団が、人間の姿に変身してるとはいえ、魔王に敵うはずもない。最初からわかりきってはいたが、あまりにも圧倒的すぎる結果で終わった。

 リーダー格の盗賊でさえも、仰向けに床へ倒れて、だらしなく白目を剥いて舌を出している。命を失ってはいないみたいだが、完全に気絶中だった。残りの連中も似たような状態で、この場に立っているのは優一たち以外にいなくなった。

「とどめを刺しておくか?」

 魔王の問いかけに、優一は慌てて首を左右に振る。生かしておけばまた街を襲う可能性も高いが、殺してしまっては寝覚めが悪い。ロープか何かで気絶した連中を縛っておき、王都リグシュにいるだろう兵士たちに報告するのが一番だ。方針を納得させるには、やはりファーシルのためだと言うべきだろう。

「人間は弱い存在なので、簡単に相手を殺す存在に怯えます。だから、魔族も恐怖の対象になるんです。だけど、殺すまでもないと余裕を見せる者には、器が大きいと賞賛の言葉を贈ります。賞賛は憧れに変わり、女性からの人気も急上昇間違いなしです」

「……なるほど。人間のことは、同じ人間に聞くべきだな。着々と、ワシの望みが叶えられようとしてるではないか」

 魔王が上機嫌なので、部下となるリディナは何も言えない。屈辱を与えられただけに、今にも全滅させてやりたいような顔をしているが、実行へ移すわけにはいかなかった。これが優一ひとりだけなら、とても彼女に我慢させられなかっただろう。

「盗賊の連中にとどめを刺さないのであれば、次は何をするのだ?」

「そうですね。捕まっている女性を助けましょう」

 魔王が尋ねてきたので、すぐに優一は答えた。階段のある場所へ戻るまでの通路に無数の個室があり、そこに捕まってるのも教える。

「扉を開ける鍵を探さないと……あ、そういえば、リディナの手錠を外すのも必要か。気絶してる盗賊たちが持ってればいいんだけどな……」

 優一の言葉に、魔王ファーシルと女魔族リディナが揃って怪訝そうな表情を見せた。

「鍵? そんなもの必要ないわよ」

 そう言った直後、リディナがあっさりと両手を左右に開いて、手錠の間にある鎖を引き千切った。驚愕で目を丸くする優一を尻目に、自由に動かせるようになった右手で、左手の錠を外そうとする。

 室内にバキンという音が響く。瞬く間にリディナが手錠を破壊した。右手側も同じようにすると、ガラクタ同然になった手錠を床へ放り投げる。

「フム。この扉の向こうに、人間の女が捕らえられておるのか。それにしても、貧弱そうな造りをしておるわ」

 リディナと離れて別行動をしていた魔王が、壁に貼られているポスターでも剥がすかのような感覚で、あっさりドアをがんじがらめにしていた鍵を壊した。

 当たり前のように行動したファーシルとリディナを見て、やはり両者ともに魔族なのだと痛感する。おかげで鍵を探す必要はなくなったが、改めて逆らわないでおこうと思った。

 鍵が必要なくなったのを受け、優一が先頭に立ってドアを開けた。中にいたのは、見るからに華奢そうな若い女性だった。顔立ちも十分に整っており、街にいたら人気間違いなしという感じだ。

「あ、貴方たちは……?」

 怯えた様子を見せる女性に、優一は笑顔で「助けに来ました」と告げる。

「こちらにいるファーシルさんが、盗賊団を壊滅させてくださったのです。もう安心ですよ」

 最初は信じられなさそうだったが、部屋の外に出て状況を確認すると、次第に女性の顔が明るくなった。

「ありがとうございますっ! もう駄目だと思っていました。本当に……ありがとうございます!」

 ファーシルの両手を強く握ると、女性は涙ながらに頭を下げた。

 正体が魔王だと知れば反応も変わるだろうが、今のファーシルの外見は屈強そうな人間の大男だ。だからこそ、盗賊団を壊滅させたという言葉にも説得力が出てくる。

「アジトから脱出するのは少し待ってくださいね。他にも捕らえられてる女性がいるので。あ、そうだ。せっかくだから、リディナと一緒にロープか何かで盗賊の連中を縛っておいてくれませんか?」

「ちょ――! 何でアタシが――」

「ほう。この程度の人間どもに、あっさり後れを取った者が何か申しておるわ」ファーシルが小ばかにする感じで呟いた。

「うぐっ……! わ、わかりました。ユーイチの言うとおりにします……」

 たまねぎが直接の原因とはいえ、盗賊団相手に不覚を取ったのは事実。嫌味も同然な発言に何も言い返せず、リディナは解放されたばかりの女性を連れて、気絶してる連中のところへ向かう。

「……全部、アンタらのせいだかんねっ!」

 ぎゅむっと何かを踏む音がかすかに聞こえた。恐らくは捕縛するついでに、盗賊の誰かで憂さ晴らしをしたのだろう。普通の人間相手なら注意するところだが、相手は悪逆非道な連中。殺してないようなので、多少はいいかと放置する。優一をも殺そうとした奴らの安否を心配するよりも先に、やらなければならないことがある。

「次はここのドアを開けましょう。お願いできますか?」

「容易い」

 優一の頼みに短いひと言で応じ、魔王ファーシルが力任せに鍵を壊す。ドア越しにその音が聞こえるのか、中にいる誰かがビクっと身を震わせたのがわかった。

 捕らえられている人間に余計な不安を与えないためにも、ゆっくりとドアを開く。室内にいたのは、やはり若い人間の女性だった。扉に幾重もの鍵をかけて安心していたのか、捕らえた女性を拘束することまではしていなかった。

 自由を取り戻したと知った女性が、最初に助けた女性と同じようにお礼を言ってくれる。今回も、優一はファーシルのおかげだと強調する。

「凶悪な盗賊団を壊滅させてしまうなんて、素敵です。本当に感謝していますっ!」

 最初に助けた人よりも色気のある女性は、ファーシルへ抱きつくと同時に頬へ軽くキスをした。唇を離してにっこり笑うと、改めてお礼を口にした。

「ウム。あの程度の盗賊ごとき、ワシの相手ではないわ」

 得意満面になるファーシルを賞賛しまくる女性のおかげで、盗賊を倒して人質を解放するとモテモテになるという優一の言葉は現実になった。話が違うではないかと激怒される可能性もグンと減ったので、魔王に見つからないようひとりで安堵する。

 女性からの抱擁を魔王が満喫したのを見計らって、優一は気絶中の盗賊たちの捕縛を手伝ってもらうように助けたばかりの女性へお願いした。

 二つ返事で了承してもらえたので、再び優一と魔王ファーシルの二人だけで次の個室へと移動する。

「確かユーイチであったな。これほどまでに、貴様の目論みどおりになるとは思ってもいなかったぞ。さすがに出会いを紹介する店を経営してるだけはある。褒めてやろう」

 魔族ではない優一が魔王に褒められても、別段嬉しかったりはしない。ただ、好印象を与えておけば、今後に役立つかもしれないと考えた。素直にお礼を言い、改めて次のドアの鍵を破壊してもらう。

 ドアを開けて中に入ると、他者よりもずっと綺麗な女性が不安げに床へ座っていた。ビクビクした様子から察するに、優一とファーシルを盗賊の一味だと勘違いしているようだ。

「な、何か……用……ですか? ど、どうか……酷いことだけは……」

 怯える女性の声に、優一はハっとする。聞き覚えがあったからだ。

「その声……まさか、サリーさん?」

「え? ど、どうして私の名前を……? 他の盗賊の方から聞いたのですか?」

 女性が驚いた様子を見せる。どうやら、予想どおりにサリーという名前で間違いないみたいだった。

「つい先ほど、サリーさん自身から聞きました。覚えてませんか? ドア越しに俺と会話したのを」

 サリーが「あっ」と声を上げた。

 リディナを助けに向かう最中に適当なドアを開けようとした結果、会話できたのがサリーという名前の女性だった。心身ともに緊迫した状態だったので、どこのドアだったか忘れてしまっていたが、そういえばここだったと今さらながらに思い出した。

「では、貴方が助けてくださったんですか?」

「正確には、こちらにいるファーシルさんですね。俺は戦いになると、まったく役に立ちませんから」

 ハハハと笑って、側に立っていたファーシルを紹介する。サリーの目には魔王でなく、人間の大男にしか見えてないはずだ。

 本当なら自分が助けたことにして、想像以上に美人だったサリーと仲良くなりたい。しかし、そんな真似をすれば確実に魔王の怒りを買う。綺麗で優しい彼女はほしいが、すべては命があってこその願望だ。今回はひたすら魔王を持ち上げ、気に入った人間女性と恋仲になれるのを優先する。優一自身については、そのあとで考えればいい。

 凶悪な盗賊団を叩きのめし、捕らわれの身となっていた自分を救ってくれた。そんな男に、女性が憧れや恋心を抱かないはずがなかった。

「そうなんですか。とても強いんですね。尊敬します」

 笑顔になると、ますますサリーの美しさが際立つ。これなら盗賊もさらいたくなると、変な部分で納得してしまう。

「当たり前だ。あの程度の連中など、何千人おっても脅威にすらならぬわ」

 何気ない日常での台詞なら笑われるかもしれないが、現在は壊滅させた盗賊団のアジトにいる最中。少なくない真実味が含まれたことで、サリーの頬が薄桃色に染まる。

「強いんですね。凄く素敵です。ええと……ファーシルさんでよかったですよね?」

「ウム。お主はサリーだったな。覚えておくぞ」

 どうやらサリーだけでなく、ファーシルも相手に良い感情を抱いたみたいだった。確か彼女は王都リグシュの住人だと言っていた。この分なら、次回はかなり楽に合コンならぬ出会いパーティーを開催できるかもしれない。

 ひととおり会話し終えたところで、盗賊団の一味全員を縛り終えたらしいリディナたちがやってきた。別々に行動する理由もなくなったので、一緒になって捕らわれの人間たちを救っていく。地下の個室にいたのは、全員が女性だった。

「地下以外で誰か捕まってたりしないのかな」

 ひとり言みたいに呟くと、サリーがすぐに応じてくれた。

「確か……いないはずです。盗賊団が捕まえてくるのは、基本的に女性だけですから」

「そうなんだ。じゃあ、ここらでアジトから出ようか。あとは王都に戻って、城の兵士にここの情報を教えよう」

 優一の提案に全員が頷いた。アジトから皆で外へ出ると、すでに空は明るくなりつつあった。

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