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たまねぎが目にしみると、泣き続けるリディナの横へ強制的に座らせられた。あまりに抵抗するそぶりを見せなかったせいか、特に殴られたりはしなかった。
「ククク。まさか、このガキを助けにくるとはな。いい度胸だ」
店の中で自分以外の一味を倒されたのも忘れ、男が得意げに喋る。覚えるつもりはないので、相手の名前が何なのかはたいして気にならない。優一が考えるのは、この場をどう乗り切ろうかという一点だ。
「俺らにぶちのめされる前に、よく見ておけ。クソ生意気なガキの間抜けな泣き顔をよ! ガーハッハ!」
勝利を確信してるのか、男は油断しまくりだった。リディナが実力さえ発揮できれば、状況は一変するというのにだ。もしくは魔王ファーシルを呼べばいいのだが、すぐ側に連中がいる現時点では、ズボンのポケットから笛を取り出し、吹くまでの間に気付かれて没収される可能性もある。奪い取られても、興味を覚えて吹いてくれれば万々歳だが、破壊されたりしたら優一にとっての最大の武器を失う。最後の手段としてとっておこうと決める。
「ちょっと強いからって、調子に乗るからこうなるんだよ。わかったか、このメスガキが!」
男はリディナを怒鳴りつけたあと、殴ったりするのではなく、たまねぎを彼女の顔面へグリグリと押しつけた。
他者より感受性が強いのか、別に刻んでもないたまねぎの影響でリディナは号泣する。ここまで苦手というのも珍しい。たまねぎを食材にして料理させたら、キッチンは壮絶な有様になりそうだ。
とにもかくにも、たまねぎの影響でリディナは魔族としての実力を発揮できないでいる。なんとかするには、この場を離れるしかない。前方に立ち塞がってる盗賊は三人。実力で突破できない以上、ズボンのポケットに入れている秘密兵器の力を借りるしかなかった。あとは優一のハッタリ次第だ。このままではどちらにしろ痛めつけられ、最悪の場合は殺される。望まぬ未来を回避するために、覚悟を決めて口を開く。
「確かに腕力では敵わない。でも、そっちがたまねぎでリディナを撃退できたみたいに、俺にだって秘策がある」
意味ありげにニヤリと笑う。本来なら相手にもされなさそうだが、盗賊たちは店でリディナを甘く見て痛い目にあったばかりだ。記憶が蘇ったのか、想定以上に優一を警戒してくれた。それはそのまま、連中の隙になる。この機会を逃したら駄目だと、素早くポケットから小型のレーザーポインターを取り出した。
何を出したのかと盗賊たちが戸惑ってるうちにスイッチを押し、真っ赤な光をすぐ近くに立っている例の男の頬へ当てた。
「な、何だ!? 何をしてやがるっ!」
慌てる男がレーザーポインターを見ようとしたので、即座に「赤い光を見ない方がいいぞ」と忠告する。
「この光はレーザーといって、直視すると目を潰すだけの効力を発揮するんだ。普通の光でないのは、すぐにわかる。当てられている部分が、熱くなってきてないか?」
人間は誰でも、未知のものを恐れる。盗賊団の連中といえど、例外ではなかった。
「そ、そういえば、何か……チリチリするような……」
頬にレーザーポインターを当てられている男の発言に、他の二人も慌てた様子を見せる。このまま怯え続けてくれれば楽なのだが、仮にも盗賊団を名乗る連中が、いつまでも同じ反応をしているわけがなかった。
「ぐ……! こんなのハッタリだ! やっちまえ!」
そのとおりと呟くのは、心の中だけにする。うっかり口にしたりしたら、ここから逃げ出す手段がなくなってしまう。代わりに不敵な態度を維持して、レーザーポインターの赤い光を左右に移動させて、他の二人にも見えるようにする。
「そっちから向かってきてくれるなら好都合だ。距離が近づくほど威力は増すからな。俺のレーザーで目を焼かれ、失明してからせいぜい後悔するんだな!」
わざわざレーザーというこの世界にない名称を使うのは、より正体不明のアイテムらしさを相手に認識させるためだ。すでに一度、少女の外見のリディナに吹っ飛ばされるという理解不能な事態を味わってるだけに効果は絶大だった。
視力を失いたくないとばかりに盗賊のひとりが両手で目を覆えば、もうひとりは慌ててレーザーポインターが放つ光から目を逸らした。顔を知っていた男は盗賊団のボスなのか、二人を情けないと叱責する。だがその一方で、当人もまた優一の方を直視しようとはしなかった。
優一の持つレーザーポインターをまともに見れば、確かに危険だが、確実に失明させられるかどうかはわからない。あえてネタばらしをする必要もないので、連中にはもう少し恐怖を感じたままでいてもらおう。
「さらに出力を上げるぞ。威力を増したレーザーの赤い光に、両目を焼き尽くされてしまえ!」
「なっ、何だとっ!?」
明らかな動揺が盗賊たちを包む。三人が一斉に腕で目を隠した瞬間、それが優一にとっては絶好のチャンスになる。レーザーポインターの光を完全に見えなくするためには、どうしても自らの視界を放棄する必要が出てくる。おかげでこちらが行動を起こしても、咄嗟には対応できない。
「今だっ! 走れ、リディナ!」
床にへたり込んだままの女魔族を左手で立ち上がらせ、右手に持ったままのレーザーポインターをリーダー格の盗賊へ浴びせ続ける。常に自分の目が狙われてるとわかっているからか、優一の発言を聞いても、すぐには妨害できないでいた。
レーザーポインターのおかげで作れた隙を突き、リディナともども狭い部屋から脱出する。息を切らしながら、全速力で走る。
「よ、よしっ! なんとか上手くいってくれたぞ!」
喜ぶ優一に、怒りを表明したのは、何故かすぐ側を走るロリっ娘魔族だった。
「よし、じゃないわよ! そんな凄い武器があるなら、容赦なく奴らの目を焼いてやってから出てくればよかったじゃない!」
物騒極まりない発言をするのは、それだけ連中に対して腹が立ってる証拠でもある。リディナの気持ちもわからなくはないが、希望に沿えない理由が存在した。
「残念ながら、あの脅しは単なるハッタリだ。命知らずな奴だったなら、こちらが負けてたよ」
「はあ!? あっきれた! いいわ。それならアタシが、受けた屈辱を万倍にして奴らに返してやるわ!」
復讐に燃えるリディナが、逃げるのをやめてその場に立ち止まる。振り返ると、奥の部屋から盗賊の三人が追いかけてきてる最中だった。
「目を潰せるような武器を持っていながら、逃げるのか!? やっぱり、ただのハッタリだったみたいだな!」
そう言いながらも、優一が構えるレーザーポインターの動きを必要以上に気にしてるのがわかる。まだ確信はなく、かまをかけているのだ。目的のリディナ救出は達成できたが、安全圏までは逃げられていない。ここはさらに何かありそうな発言をして、レーザーポインターへの恐れを相手に残しておくべきだ。
優一はそう判断したのだが、隣にいる少女は違った。
「ハン! それが何だってのよ! アンタらごとき、アタシが軽くぶっ殺してあげるわ!」
憎悪に支配されてるリディナは後先を考えず、当たり前のように敵の発言を肯定した。頭を抱えたくなる優一の側で、瞳を邪悪な光で輝かせては今にも連中へ襲いかかろうとする。
確かに魔族としての実力を発揮できれば、盗賊団などリディナの相手ではないだろう。しかしつい先ほどまで、捕まっていたのは間違いなく事実だ。
雄叫びを上げて突進するリディナの前に、突き出されるたまねぎ。安かったのもあって、サラダ用にと買い置きしておいたのが仇になった。たまねぎ自体は怖くなくとも、近づけば勝手に涙が溢れてしまうみたいだった。
「ふっにゃあァァァ! だから、それをアタシに近づけないでってばァ!」
悲鳴を上げるリディナを見て、首領格の盗賊がしてやったりとばかりに笑う。
「苦手なのがわかってるんだから、利用しない手はないだろうが! 使えるアイテムは、使わないと損するだけだぜ! クハーハハハ!」
アホみたいに勝ち誇っていられるのは、リディナの言動から優一の持つレーザーポインターに、恐れていたほどの威力がないと知ったせいだ。
本来なら絶体絶命のピンチになるはずだが、狭い部屋からリディナを連れて逃げられた時点で、優一にとっては勝利も同然だった。
「その意見に同意するよ。やはり使えるアイテムは、とことん有効活用しないとな」
連中がリディナに気を取られているうちに、優一は左手で例の笛を取り出していた。口に咥え、勢いよく吹く。人間には聞こえない音のため、盗賊たちは訝しげな表情をするだけだ。
「な、何だ? 笛を吹いたのか? それにしては、音がしなかったが……フン。またわけのわからんアイテムで、逃げ出そうと考えてやがるんだな。もう騙されんぞ!」
「ハハ。いくら俺だって、何度も同じ手が通用するとは思ってないよ」
しみる目をパチパチさせては涙を流すリディナのすぐ近くで、盗賊のリーダー格の男は優一をバカにしたようにフンと鼻を鳴らした。
「それなら、その鳴らない奇妙な笛で、何をしようとしたっていうんだ。あ?」
「呼んだんだ」
「呼んだ? 誰を?」
「魔王」
「はあ!? テメエは一体何を――」
男がそこまで言ったところで、ドゴンという大きな破壊音が頭上から発生した。何事かと思って見上げる一同の視線の先で、建物の天井を突き破りながら何者かが地下通路まで一気に降下してきた。あまりにもド派手すぎる登場に、呼び寄せた優一までもが盗賊と一緒になって言葉を失った。
「ム? 呼ばれたから来てやったのだが、これは一体何事だ。男しかおらぬではないか!」
周囲の様子を確認するなり、人間の大男の姿になっている魔王が片眉を吊り上げた。もしかしたら新しい女性を紹介してもらえると、張り切ってやってきたのかもしれない。
魔王ファーシルが人間の女性に執着していて、他にはあまり興味がないのは百も承知。必死に頼んだところで、基本的にどうでもいい人間――優一を助けようとはしてくれない。考えようによっては何より重要な問題なのだが、解決するヒントはすでに入手済みだ。
「奴らはリディナをさらった盗賊団です。いい機会なので、退治しておきましょう」
「何故だ? 人間ごときに後れを取ったなら、それはリディナの責任だ。ワシが手を下す必要はない。まさか、呼んだ理由はそれだけじゃあるまいな」
優一を見るファーシルの目に凄みが出る。やはり魔王相手に、人情へ訴えかけるような真似をしても無駄だった。ならばと、盗賊団のアジトで得た情報を使っての説得を試みる。
「何故も何も、魔王様が直接手を下す必要があるんですよ。ここには大勢の若い人間女性が閉じ込められてますからね」
優一の言葉に、魔王の表情が変わる。興味を持ったのがわかったので、言葉を続ける。
「盗賊団を壊滅させただけで、人間の姿をした魔王様の評価は上がり、女性に恰好いいと賞賛されます。さらに囚われの女性を助け出したとなれば、それはもう人気者です」
「人気者……それは、日中のリディナよりもか?」
やっぱり気にしてたのかよとツッコミを入れたい衝動を抑え、優一は何度も首を上下に振った。
「人間は、自らの味方になってくれる強い存在に弱いのです。敵なら怯えるだけですが、味方の場合は尊敬します。相手を滅ぼすよりも、自分を助けてくれることに嬉しさを感じる種族なのですっ!」
魔王を前に力説するが、大半は口から出まかせだ。本当に人間がそうなのかは、同じ人間という種族の優一にもわからない。ただひとつ確かなのは、ニートを正当化するために地球で高めた誤魔化しのトークスキルが役立ってくれたことだ。
「なるほど。貴様の言い分は理解した。ワシの願いを叶えるためだというのであれば、喜んで盗賊どもに地獄を見せてやろうではないか」
優一の言葉を受け、その気になった魔王ファーシルが、盗賊たちの前で両目をギラリと輝かせた。




