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 なんてこったと驚愕する。目の前の女魔族は、会員登録解除の責任を優一だけに背負わせるつもりなのだ。基本的に人を殺すのをなんとも思わない種族なので、ためらいもせずに先ほどみたいな発言ができるのだろう。優一からすれば、迷惑極まりない展開だった。

「む、無理を言わないでくれよ」両手を前に突き出し、首を左右に振りながら優一は言った。

 魔王に激怒されるのがわかっていながら、会員登録を勝手に解除するなんてできるはずもない。人間、誰だって自分の命が惜しい。

 魔族だと優一に証明できたからなのか、目の前で女魔族が人間の姿に変身した。相変わらずの少女ぶりだが、正体が違うのは十分に理解できた。とはいえ、見た目の怖さだけは軽減される。

「無理なわけないでしょ。アンタが運営してるんだから、会員の登録を勝手にできて当然じゃない。さあ、さっさとしなさい」

 どうやら、ロリっ娘魔族に諦めるという選択はないらしい。ずずっと詰め寄るように顔を覗き込んできた相手の迫力に押され、優一はたまらず後退りをする。

 魔王の会員登録を解除すれば、この場はどうにか収まる。しかし後日再び登録したのが知れたりしたら、目の前にいる女魔族がこの店へ乗り込んでくるのは確実だ。だからといって登録を解除したままにしておけば、他ならぬ優一が怒り狂った魔王の手によって強制的に人生を終了させられる。どちらにしても、理不尽極まりなさすぎる。

「そ、そんなに魔王の登録が嫌なら、自分でやめてくださいって言えばいいだろっ」

「言って聞いてもらえるなら、とっくにそうしてるわよ。人間の女と生活してる自分の姿を想像して、顔を赤らめたりする魔王様にアタシの言葉は届かないのよっ!」興奮気味に女魔族のリディナが言った。

 それにしても、居城で妄想しては頬をピンクに染める魔王というのもなかなかに気持ちが悪い。口が裂けても本人の前では言えないが。

「だから! アンタに魔王様の会員登録を解除してもらいにきたんでしょ。今回の一件で人間が愚かだと再認識すれば、魔王様も大はりきりで滅ぼそうとするはずよ」

 幸せそうに言われても、人間側のポジションに立っている優一にはいい迷惑なだけだ。絶望しか待ってない現実から異世界に飛ばされたと思ったら、魔王の襲撃で命を落とすなんてあんまりすぎる。回避策を懸命に考えるが、やはりいい案は浮かばない。

 いつまでも魔王の会員登録を解除しようとしない優一に、やがてリディナが苛々した様子を見せ始める。

「早くしなさいよ。アタシも暇じゃないんだから」

「暇じゃないって……何か、他にすることでもあんの?」

「当たり前でしょ。魔王様が本気になった時のために、人間を拷問する道具とかを作らないといけないのよ」

 聞かなければよかった。外見はロリっ娘でも、リディナは女魔族。危険な存在に変わりはない。とはいえ、平和ボケした異世界の国からやってきた優一に、魔族をどうこうする力はない。異世界へ来たからといって、アニメや漫画でよくある設定みたいに、特殊な能力を得るという展開にはならなかったのだ。珍しい物が大好きな王妃のいる国の側で、親切な商人と偶然出会わなかったら、店を開くどころの話ではなかったはずだ。

「そ、そんな危険な発言をされて、どうして俺が喜んで言うことを聞くと思うんだよ」

「どうしてって、決まってるじゃない。アタシがアンタを脅すからよ」リディナがにっこり微笑んだ。

 満面の笑みというものが、ここまで他者に恐怖と威圧感を与えるものだとは知らなかった。だらだらと頬に流れる冷や汗を拭く余裕もなく、後退りしまくりの優一の背中が店の壁にドンとぶつかる。

「アタシを相手に、逃げられるとは思わないことね。さあ、死にたくないのなら、いい加減に観念なさい」

 この場で殺されなくとも、言うとおりにしたあとで魔王に殺される。どちらの手にかかりたいか選べと言われてるも同然だった。

 時間が経過するたびに店内が嫌な空気に包まれ、身の危険を強く感じるようになる。

 どうすればいいっ!? お、俺は一体、どうすれば――って、ちょっと待てよ。

 パニクっていた頭の中に、とあるアイテムの存在が浮かび上がってくる。ズボンのポケットを探ると、確かにそれはあった。

「……? 何をしてるのよ。無駄な抵抗なら、やめた方がいいわよ」

 怯えきっていたはずの優一が、何かを考えるようにズボンのポケットをまさぐりだした。リディナの目には、意味不明すぎる行動になる。それでも危機感がまったくなさそうなのは、優一が抵抗したところで簡単に封じられる自信があるからに他ならない。いわゆる、油断している状態だった。

 相手が全力で優一の邪魔をしようとしないのであれば、勝機はある。素早くポケットから取り出したものを、優一は口に咥えた。それは、魔王から貰った例の笛だった。おもいきり強く吹くのと、その笛が何なのか気づいたリディナが驚きの表情を浮かべたのは、ほぼ同時だった。

「ちょっと! まさか、それって――」

 リディナが慌てて優一から笛を奪い取ろうとする。

 か弱い人間の優一が抵抗したところでどうにもならないが、同じ魔族――しかも魔王なら話は別だ。人間には聞こえない笛の音がしっかり届いたらしく、吹いた次の瞬間には、優一の店に魔王が降臨していた。

「ワシを呼んだか、人間よ。では、用件を聞こう」

 魔方陣みたいなのは出現しておらず、降臨したとはいえ、魔王は普通に玄関のドアから入ってきた。人間の外見をしてるだけあって、礼儀作法にも気を遣ってるのだろうか。あまりに気になったので、本来の用件よりも先に、どうやってここまで来たのかを質問してみた。

「走ってきたに決まっているだろう。いかなワシでも、瞬間移動などという芸当はできんからな。いつ呼ばれてもいいように、こっそり隠れて店の様子を窺っていたところ、タイミングよく呼ばれたのでな。こうして来てやったわけだ」

 人間の女を紹介してほしくて、出会いを仲介する店に張り付く。想像すればするほど、大丈夫か、この魔王と思うのは内緒だ。

 はあ、そうですかと呟くように言ったあとで、優一は魔王を呼び寄せた本当の理由を告げる。リディナには悪いが、こちらも自分の命が大切だ。

「実は、ここにいる女魔族のリディナさんが、魔王様の会員登録を解除しろと迫ってきてるんですが、構わないでしょうか?」

 店員らしい口調で優一が告げ口すると、リディナの顔色がまともに変わった。

「あ、こら! チクるんじゃないわよっ!」

 優一が元いた世界の女不良みたいな言動をしつつも、今度はリディナが大量の冷や汗を流す番になった。

 人間の姿をしていても、同族はわかるのか、魔王はすぐにロリっ娘をリディナだと認識した。

「言われてみれば、確かにリディナのにおいがするな。何故、ワシの会員登録を解除しようとした。理由を説明しろ」

 魔王のファーシルに睨みつけられ、優一に対してはあれだけ強気だったリディナが即座に直立不動の体勢をとる。

 決してざまあみろなどとは思わない。むしろ、改めて魔王の存在感というか、恐ろしさを見せつけられたような感じだった。

「ま、魔王様にはやはり、人間の女などよりも、魔族の女が相応しいと思います。例えば、アタシとかですっ!」

「またその話か。くどいぞ! ワシが求めるのは、あくまでも人間の女なのだ」

「ど、どうして、魔族の女では駄目なのですか! アタシだって、こんなにお慕いしてるのに!」

 懸命に自分をアピールするリディナを正面から見つめ、穏やかな笑みを浮かべた魔王が衝撃的な発言をする。

「人間の女は、丸っこくて柔らかいのだ。あの手触りがたまらぬではないか。魔族の女も人間の姿にはなれるが、所詮はまやかしにすぎぬ。ワシが欲しいのは、純粋な人間の女なのだ!」

 力説する魔王に、優一は言葉を失う。恐怖よりも、冷めた気持ちが原因だった。

 そんな優一の前で、魔王はなおも部下の女魔族へ力説を続ける。

「魔族の女は基本的にゴツゴツした感じがするではないか。その点、人間の女は違う。魔族の女には血肉が詰まっているが、人間の女にはロマンが詰まっているのだ!」

 どうしよう。なんか……駄目だ、この魔王。

 浮かんできた言葉を声にする気力もないほど、呆然とする優一は間抜けさ全開で口をポカンと開けてしまう。

 一方で、魔王に歪んだ想いをぶつけられた女魔族のリディナは、がっくりとその場に膝から崩れ落ちた。

「それほどまでとは……もはや、アタシに入り込む隙は無いのですね……」

 人間の女にはロマンが詰まってるという理論だけで、どうしてそうなるのかはまったくもって不明だが、とにかくリディナは魔王ファーシルに翻意させるのを諦めたみたいだった。

 これで問題は解決か。そう思った優一だったが、肝心の部分が手つかずになっている事実に気づく。会員登録が解除されない限り、誰かしら人間の女性を魔王へ紹介しなければならないのだ。

 人間の男性会員であったならば、気長に待ってもらうのも可能だろうが、魔王と呼ばれる存在が律儀に待ち続けてくれるとは考えにくい。実際につい先ほど、店の近くで様子を窺っていたと発言したのを聞いたばかりだ。戻ってきたどうしような展開に、優一は心の中で頭を抱える。そんな心情を見透かしたわけではないだろうが、ここで当の魔王が、もっとも優一が恐れる質問をしてきた。

「ところで、ワシに紹介する女の件はどうなっておるのだ。明日にでも会えるのか?」

 会員になったからといって、すぐに出会いの場を設けられるわけじゃない。確かに説明した覚えはあるのだが、魔王らしく気にしていないか、もしくはすっぱり忘れてるのかのどちらかだろう。女性の準備ができてない以上、優一がこの世界で生存を続けるには、どうにかこの場を切り抜けるしかない。そのために、少し前に遭遇した事件を利用させてもらおうと咄嗟に考えた。

「じ、実はですね。さっきもあったんですけど、強盗に入られたりとか、予期せぬ問題というか邪魔が多くて、なかなか準備が整わないんですよ」

 情けなかろうが、自分の命はとても大事。愛想笑いを浮かべながら、魔王にもう少し待ってもらえるようにお願いする。

「フム。そういえば、人間の世界では金銭がないと何もできないのであったな。そのせいで店が狙われ、ワシの望みを叶えられぬというわけか。よかろう!」

 よかろうと最後に言ったので、納得してくれたのかと思いきや、魔王は続けてとんでもない提案をしてきた。

「リディナよ。お前は今日から、この店に住むのだ」

 優一とリディナの声が綺麗に重なる。「……は?」

「人間の強盗が襲ってこようとも、リディナがいれば撃退できるではないか。名案であろう」

 尋常じゃない威圧感を放つ魔王に同意を求められて、簡単に拒絶できるほど優一は強くない。

 だが、リディナは違った。王と部下の関係であれ、同じ魔族なだけに不満を露わにして唇を尖らせる。

「人間の家に住むなんて嫌ですっ! アタシは魔族で――」

「――ワシの命令が聞けぬと? そうか。お前は魔族でありながら。魔王たるワシに逆らおうというのか」

 魔王ファーシルの目が、かつてないほど残虐な輝きに満ちていく。

 自分に向けられてるわけでないというのに、たまらず腰を抜かしてしまいそうな迫力があった。優一より圧倒的に強い女魔族のリディナでさえ怯えているのだから、失神しなかっただけ自分を褒めてもいいくらいだ。

「……わかり、ました」

 改めて優一の店へ住むように言われたリディナは、抗議するのを諦めて、不承不承ながらも頷いたのだった。

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