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 魔王の命令により、女魔族リディナは優一の店というか家へ住むことになった。突然始まった奇妙な同居生活に、戸惑いながらも自宅となる二階へ移動した。

 おとなしくついてきたリディナだったが、テーブルを挟んで向かい合った瞬間に苛立ちを露わにしてきた。

「どうしてアタシが、アンタなんかと一緒に暮らさないと駄目なのよっ!」

「こっちの台詞だよ。けどさ……魔王には逆らえないだろ」

「そこは逆らいなさいよ! 男だったら、命を賭けて自らの意思を押し通すべきでしょ!」

 言いがかりも同然な理不尽すぎる物言いに、さすがの優一も頭にきて反論する。

「それは君もだろ。途中で諦めてたじゃないか!」

「アタシはいいのよ。女だから」

 胸を張りながら、女魔族はめちゃくちゃすぎる理論を振りかざしてくる。これ以上の会話は無駄だと実感し、優一は諦めのため息をつく。

「ちょっと。何よ、その態度は。アタシと一緒に生活できるんだから、もっとありがたがりなさいよ」

「ありがたがれと言われても、君は女性でも魔族じゃないか。人間の姿もロリっ娘だし」

「だから、ロリっ娘って言わないでよ! アタシは三百歳だって、何度言ったらわかるわけ!?」

 変身した姿も目撃してるだけに、リディナが魔族なのは確かだ。彼女が本気になれば、優一程度の人間は瞬殺される。腹が立っても実行しないのは、魔王ファーシルの命令があるからだ。

 同居生活のお色気メリットは皆無だが、考えようによってはかなり好都合だ。魔族なだけあって、リディナの実力は人間の盗賊など比較にならない。ボディガードとしてなら、十分すぎるほど役に立つ。それに、店の方も忙しくなってきて、人手を増やそうかと思っていたところだ。アルバイトも兼任してもらえば、かなり助かる。

「確かに君の言うとおりだ。俺が悪かったよ」

 椅子に座ったままとはいえ、いきなり謝罪をした優一にリディナが虚を突かれた感じで一瞬だけ唖然とする。

「わ、わかればいいのよ。それにしても、急に素直になったわね。何か企んでるんじゃないの?」

「実はそうなんだ。三百歳の女魔族様に、明日から店で働いてもらおうかと思ってね」

 さらりと言っておけば流れと雰囲気で頷いてくれるかと思っていたが、リディナは応じるどころか待ったをかけてきた。

「何を当たり前のように言ってんのよ! アタシを人間の男に紹介して、どうするつもりなわけ!? 魔王様の命令で逆らえないのをいいことに……最低だわっ!」

 椅子から立ち上がったリディナが、人差し指を優一に向けながら怒りに満ちた視線をぶつけてきた。

「誤解だよ。俺が君を、男性会員へ紹介するための女性として利用するわけがないだろ。カップル成立しそうにないし」

「その言葉を聞いて安心――って、ちょっと待ちなさい。アンタ、最後に余計なひと言を加えてなかった?」

「君にお願いしたいのは、接客だよ。飲み物や料理を運ぶウエイトレスをしてほしいんだ」

「……さらりと無視したわね。アンタ程度の小者なら怒るんだろうけど、アタシは三百歳の大人だからね。余裕の態度で堪えてあげるわ」

 眉毛が吊り上がり。こめかみはヒクついているが、とりあえず大人の態度だと納得する。余計なツッコミを入れて、こちらの失言へつけ込まれる前に決着をつける。

「じゃあ、問題ないってことでいいね。いやあ、助かったよ。ボディガードだけじゃなく、店員もしてもらえるなんてね」

「――だから、ちょっと待てって言ってるでしょ! アンタ、人間のくせに耳がついてないのっ!?」

 両手でバンバンと木製のテーブルを叩くロリっ娘魔族に、優一は両手で自分の耳を摘み、強調するように軽く引っ張って見せる。

「耳なら、左右にきちんとついてるぞ」

「見ればわかるわよ、そんなのっ! アタシをからかってるわけ!?」

「いや、耳がついてないのかって言うからさ」

「文句をいちいち本気にしないでよっ! ああっ! アンタと話してると気が狂いそうになるわ!」

「ウエイトレスといえば制服なんだけど、ないから当面は今の服装で構わないから」

「だから! 人の話を聞きなさいよっ!」

 怒り狂うリディナに、優一は当たり前の指摘をひとつだけする。

「君は人じゃなくて、魔族じゃないか」

 怒りで顔面をさらに赤くすると予想していたが、女魔族は人間の姿ながらも邪悪極まりない笑みを浮かべた。

「そのとおりよ。今は人間の姿をしているけど、アタシは本物の魔族。アンタなんか、すぐに物言わぬ躯にできるのよ」

 口だけの脅しとは思えない雰囲気なので、浮かんでくる冷や汗を、とある笛を握った右手の甲で拭う。

「殺されるの嫌だし、怖いから魔王を呼んでいいかな。命令を聞かない女魔族が、俺を殺そうとしてるって」

 好戦的だったリディナの態度が一変する。

 彼女にもよくわかっているのだ。今、優一を殺したりすればどうなるのかを。

 魔王が紹介された人間の女性に満足してからならともかく、楽しみに待ってる現段階で仲介役の優一を失えば、手をかけたリディナが怒られるのは必至。人間世界よりも厳しい上下関係がありそうなので、そうなったら確実にタダでは済まないだろう。魔王ファーシルを呼ぶ笛が手元にある限り、同居が決定した女魔族は優一に手を出せないのだ。

 仮に魔王と人間の女性が上手くいったら、仲介役の優一を使えると判断する可能性が高い。失敗した場合は次の人間女性を求めるため、やはり頼ってくるはずだ。問題があるとすれば、期待に沿えなかった優一を魔王が見放した場合だ。からかわれた分だけ、女魔族のリディナはここぞとばかりに恨みを晴らそうとするはずだ。回避するためにも、魔王と人間女性という無理難題的なカップリングを成功させなければならない。

 優一がひとりであれこれ考えてる間に、リディナは興奮を抑えて椅子に座っていた。表情には不満が燻っているものの、力ずくでこちらをどうにかしよう的な雰囲気は消失済みだ。

「アンタって本当に最低ね。魔王様との関係を利用して、アタシに命令をするなんて。どうせ、今回の同居も目論見どおりなんでしょ。アタシに何をするつもりよっ!」

「いや、別に何も」

 何故か恥辱に震える女魔族の言動を、あっさりと否定した。

「いくら三百歳でも、外見がね。ロリ熟女ってジャンルになるのかな。さすがに好みじゃないし」

 相手の不安を解消してあげたつもりなのだが、どういうわけか今度は怒りに拳を握ったりする。

「アンタ、女をバカにするなんていい度胸してるわね!」

「じゃあ、どう言えばよかったのさ」

「そんなの、自分で考えなさいよ!」

「やれやれ。君と話してると、気が狂いそうだよ」

「アタシの台詞っ!」

 わけのわからない言い合いをしてるうちに、ウエイトレスをさせる件だけは納得させた。今はまだ優一のバックに魔王がついているだけに、女魔族のリディナは拒否しきれなかったのだ。

 とりあえず話がまとまったところで、遅くなってしまった夕食にしようと提案する。買っておいたパンやサラダを並べ、デザートとして楽しみにしてたプリンもテーブルの上に置いた。

 食料は明後日まで持つと思っていたが、急遽二人分を用意していかなければならなくなったので、明日にでも買物をする必要があった。店を放置できないので、リディナに頼んでもいいかもしれない。

「とにかく食べなよ。魔族だからって、人間の肉を食べたがるわけじゃないんだろ?」

 リディナ曰く、普段は木の実や人間の作った野菜などを食べるらしい。魔族たちが住む暗黒大陸でも食材が作られたりしているが、人間の社会で売ってる食べ物の方がずっと美味しいのだという。そのため、人間の姿になって頻繁に買い出しをする高位魔族も珍しくないらしかった。

 元いた世界のくせで、つい食事前に「いただきます」と言ってしまう。こちらではそうした習慣がないのに加え、本来は人でなく魔族のリディナは、優一の挨拶を聞いて怪訝そうな顔をする。

「何よ、それ。イタダキ、マス?」小首を傾げながら、リディナが聞いた。

「ああ、俺がいた……遠くの国で、食事前にしてた挨拶だよ」

 へえと言ったあとで、リディナもたどたどしい口調で「いただきます」と言った。そうした姿を見ていると、外見の影響もあって、本当は人間の少女なのではないかと思ってしまう。

 優一がじっと見てるのがわかったのか、女魔族はかすかに頬を赤くしてフンと鼻を鳴らした。

「たまには、人間の真似事をしてみようと思っただけよ。だから、そんなに見ないでくれる?」

「あ、ああ……ごめん。じゃあ、食べようか」

 謝ってから、本格的に食事を始める。フォークを使い、お皿に乗せたサラダやパンを食べる。お店の売り上げも軌道に乗ってるおかげで、食器や家具類などは何不自由ないほど揃えられた。元いた世界みたいな感じの生活はさすがに不可能だが、それでも快適に過ごせてはいる。インターネットがないのは辛いが、こちらの世界で暮らす限りは将来の心配もさほど必要としない。どちらがいいかと問われれば、間違いなく現在も滞在中の世界だと答える。

「ねえ、ユーイチ。これは何?」

 パンの欠片を入れたばかりの口をもごもごさせながら、右手の人差し指でリディナが示したのは黄色い物体が乗っている皿だった。人間世界では当たり前のようにプディング――つまりはプリンと呼ぶのだが、魔族にはあまり見覚えのない食べ物らしかった。

「これはプリンさ。美味しいから食べてみなよ」

「プリン? 名前からして、センスが最悪ね。そもそも色合いからして、なってないわ。これだから人間は駄目なのよ」

 黄色い見た目を不気味だとでも思っているのか、プリンの味を知らないリディナは言いたい放題だ。

 優一はあえて注意をせずに様子を見る。リディナの対応が前フリとしか思えなかったからだ。三百歳とはいえ、人間の国でしっかり暮らした経験のない女魔族は子供みたいなもの。そう考えれば、最初にプリンを食べた際に、どのような反応をするかは大体想像ができた。

「食べなくとも不味いとわかるけど、せっかくだからひと口だけ試してあげるわ。感謝しなさい!」

 何故か上から目線の言動を披露したあと、リディナはスプーンですくったプリンを少しだけ口に入れた。得体の知れない食物を相手にしてるだけあって、恐る恐るという感じだったが、数秒後には表情が一変する。

「ん……あまーっ! な、何これっ! んぐっ、んぐんぐ」

 ひと口だけ食べてあげるわなんて言っていた女魔族は、あっという間に優一の見てる前でプリンを平らげた。あまりに予想どおりすぎる反応だったので、面白くなって笑ってしまう。

 優一が微笑む様子を見ていたリディナが、口周りにプリンをつけたままで唇を尖らせる。

「何、見てるのよ」

「いや……ひと口しか、食べないんじゃなかったのかなと思ってさ」

「ぐ……こ、これがアタシのひと口なのよっ! わかったら、不愉快なニヤけ顔をやめなさいっ!」

 照れ隠しに怒鳴ってるようにしか思えない。ますます口元を歪めてしまう優一に、少女の外見をした女魔族が怒りを爆発させる。

「いい加減にしなさいよっ! これ以上アタシを怒らせると、アンタなんて消し炭に――」

「――俺の分のプリンも食べる?」

「食べるっ!」

 激怒していたはずのリディナが見せたのは、実に愛らしい満面の笑みだった。

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