あれよあれよと・・・
ベアトリーチェ様と義理の親子になった翌日を私は第一宮殿で迎えた。
「おはようございます、ニナ様」
シンシアさんが朝の挨拶をしながら、カーテンを開く。
あぁ、今日もいい天気だなぁ。
「おはようございます、シンシアさん」
第一宮殿の女官たちはだいぶ入れ替わっていた。近衛兵も含め、見知った顔は半分以下というころか。
ベアトリーチェ様は、私が一人で王宮に上がるのは不安だろういうことで、実家から連れてきたということにして、シンシアさんを私付きの女官として王宮に残していってくれた。
ご自身も王都に残られているけど、王宮にお泊りにはならずストランデル家のお屋敷にお戻りになられた。なんでも私のためにまだ見ぬ義父、ヒューバート様がはるばるトリドからもうすぐお越しになるのだという。そのお出迎えの準備のためやらなんやら、ベアトリーチェ様も忙しいらしい。
「さっそくですが、今日から忙しいですよ~」
私はシンシアさんが出してくれた服を着ながらため息をつく。
これからの日々がまったく予想がつかない。
シアン様は昨日王宮について、私やリアムを第一宮殿に送り届け一息ついたところで、側近の人に連れていかれた。晩餐には会えるかと思ったがそこにも姿を見せず、リアムと二人、豪華な夕飯に驚きながら食べた。
リアムといえば、やはり本物の王宮に大興奮だった。
が、実際中に入るとその雰囲気に呑まれたのか、借りてきた猫の子のようにおとなしくなってしまった。広すぎる部屋は少し怖かったのか、夜寝るときには泣いて添い寝をねだった。
しょうがない。あまりにも今まで育ったところと環境が違いすぎる。
「リアムはどうしてますか?」
「リアム様ならまだお眠りになってましたよ。今日はご朝食の後、午前中は地理と歴史の勉強だそうです。それから、ご昼食の後はダンスの練習。・・・がんばりましょうね」
重いため息をついた私に、シンシアさんがエールを送る。
シアン様の戴冠式までおよそあと一月。ここまできたからには、やるしかない。
「・・・はい」
「それから、シアン殿下はたまった執務に目途が立つまではニナ様にお会いになれないそうです」
「そうですか」
「シアン殿下、ニナ様の居所とリアム様のことをお聞きになって、すぐにベアトリーチェ様のところへいらっしゃったそうです。その足でニナ様をお迎えに行ったんですよ。側近の方たちに書置きしただけで、城を抜け出してしまったようで」
シンシアさんがくすくす笑いながら言う。
やっぱり直接シアン様があんな所まで来るなんておかしいと思った。
先ほどとは違った意味の溜息をつく。
「でも、お迎えに行く途中の馬車で仰ってたんですけど。キース様が報告されなくても、そろそろニナ様をお迎えに行くつもりだったみたいですね。予定が少し早まったって嬉しそうでした」
それは初耳だ。シンシアさんにもう少し詳しく話を聞く。
要約するとこうだ。
もともとシアン様は自分の即位に合わせて私を正妃として迎え入れるつもりだったのだ。私を探し出すために各地に兵も放っていた。
そこへタイミングよく、シアン様そっくりの子供を連れた私を不審に思ったキースから、王宮にいる近衛兵の知り合いにその話が伝わりそれがシアン様の耳に入ったと。
それじゃあ、キースに会わなかったとしても捕まったのは時間の問題だったわけね。
「相変わらず想われておいでですね」
「そうですね・・・少し怖いぐらいです・・・」
私の返答に、はははとシンシアさんが乾いた声で笑う。
「さて!殿下も頑張っておられるようですし、こちらもがんばりましょう!」
気持ちを切り替えるように私はぴしゃりと自分の頬を軽く叩く。
シンシアさんだって、リアムだってなれない場所で頑張っているのだ。自分だけ逃げてはいられない。
とはいえ、なれない勉強は苦痛。
教師の語る地名、人名が右から左へと流れていきそう。たまに聞いた覚えのある単語に出会うと、ほっとした。
でも今は自国の分のお勉強だけど、これが終わったら、トリドのことも覚えなくちゃいけないのよねぇ。ベアトリーチェ様の養女だから、一応トリドのことは一通り知ってなくちゃおかしいからね。
自分で選んだ状況とはいえ、知らない国のことを覚えるのはキツイ!
しかし、時間もないから泣き言も言ってられない。やるっきゃない。
「かあさま、大丈夫ー?なんか、疲れたお顔してるよ?」
ソファの横に座ったリアムが心配そうに言う。
今は昼食後の休憩時間。あと少ししたら、今度はダンスの練習だ。
マナーとかはある程度王宮勤めで知っていたけど、ダンスはとんと縁がなかった。必要なかったし。
「・・・うん。なんだかいっぱいお勉強しないといけなくてね。でも、大丈夫よ。体が疲れてるわけじゃないから」
「そっかー」
「リアムは午前中、なにしてたの?」
「えっとねー、お友達ができたの。ロゼッタっていうの。乳母やの子なんだってー」
「えっ?」
乳母というのは、なんとなんと、あの女官長だった。
私よりだいぶ年上だった彼女だが、私が王宮を辞めてすぐに嫁いで、私と同じ年に子供を産んだのだそうだ。
今回私が再び王宮に入るにあたりリアムのことをどこからか聞きつけ、乳母にと名乗り出てくれたのだという。
昨日、挨拶された時には色んな点に驚き固まってしまった。
「ここは修道院とちがって、子供がいないんだって。だから、ロゼッタと遊ぶの」
リアムは嬉しそうに笑う。
「午後はね、乳母やが、ロゼッタと私にご本を読んでくれるって!」
「そう。よかったわね」
嬉しそうなリアムにつられて、私も微笑んだ。
リアムは満腹になって少し眠くなってきたのか、うとうとし始めた。
髪を撫でてやりながらそれを見守る。
「失礼します、ニナ様・・・あら、リアム様は・・・」
女官長、改め乳母やが私の膝で眠るリアムを見て微笑む。
「この通りです。なにかかける物を願いします」
「かしこまりました。あ、ニナ様。ダンスの練習は、お部屋ではなく青の間で行うそうです」
「わかりました」
青の間は、ピアノがある小さ目なホールだ。
私はリアムを乳母やに任せて、青の間へと急いだ。




