踊りましょう
何度目かのダンスのレッスン中、なれないダンスで私は思いっきりバランスを崩した。
あ、やっちゃった。
転倒するのを覚悟したところをダンス教師のピスティ先生の腕が救う。ふーっと安堵の息をつき、ピスティ先生にお礼を言う。
「だいぶお疲れのようですね。あまり一度にやっても覚えきれないでしょうから。今日はここまでにしましょう」
「すみません」
「いえいえ。ニナ様は筋がよろしいと思いますよ。初めて踊ったとは思えない」
「お世辞でもうれしいです」
私は照れ笑いしながら頭を下げた。
年は私より少し上にみえるピスティ先生は、ピアノを演奏してくれているリンデルさんと夫婦なのだという。
「殿下は僕より少し背が高いから、リードの幅も少し大きいかもしれないですね。でも、基本のステップさえ覚えてしまえばなんとかなりますから。がんばりましょう」
力強く励まされ、私も頷く。
社交の場にダンスが欠かせないことぐらいわかっている。
二人に礼を言って、私は自室に向けて足を進めた。
と、すぐ横の部屋の扉から腕がにょきりと伸びてきて私の腕をからめとる。
悲鳴を上げる間もなく、私は部屋に連れ込まれた。
今からでも遅くない。声を出さなきゃ!
大きく息を吸い込んだところで、思わぬ声が頭上から降ってきた。
「ずいぶん楽しそうに踊っていたね」
「・・・殿下っ!」
首をひねって見上げれば、何日お会いしていなかっただろうう、シアン様が悪戯そうに笑って私を見下ろしていた。
小柄な私はシアン様の胸の位置に頭があり、後ろから抱え込まれるような今の体勢では、けっこうがんばらないとシアン様の顔が見えない。
「ダンスは楽しかったかい?」
隣の部屋からぽろんぽろんと、止んでいたピアノがまた鳴り始めた。
おそらくリンデルさんが練習がてら弾き始めたのだろう。
「とても楽しむ余裕なんてありませんでした」
私は正直に答えた。動きを覚えるのにいっぱいいっぱいで、とても楽しむことなんてできなかった。まぁ、体を動かしたからかすっきりはしたけど。
「では・・・今日のおさらいがてら一曲お願いしようか?」
「えぇ!?」
くるりと体を返されて、シアン様と向かい合う。すっと手を取られ、部屋の中央に連れていかれた。
ピアノの演奏に合わせ、シアン様はステップを踏み始める。
「ニナと初めて踊るのは俺だと思っていたのに。俺が教えるつもりだったのにな」
ぼそりと悔しそうにそんなことを言うので、私はついくすりと笑ってしまった。
「笑うな」
「はい」
そうは言っても仏頂面でそんなことを言われては、かえって笑いを止められない。
さっきまで一生懸命覚えていたはずのステップも、笑いながらではきちんと踏めなかった。
シアン様に牽かれるまま、適当に足を動かす。
不思議とピスティ先生に教えてもらった時よりも体が動かしやすい。
だんだん楽しくなってきて、自然と顔が笑んでいるのが自分でもわかった。
シアン様を見上げると、シアン様も仏頂面をやめて、きらきらした楽しそうな目で私を見ていた。
「そうだ。あまり固くならず、俺に任せて動いていればいい」
くるりと私を回らせながらシアン様が言う。
次の瞬間、ぐっとひときわ強く抱き寄せられ、瞬間的に鼓動が高鳴った。
ぴたりと頬を寄せた胸からも、いつもより早い鼓動が聞こえた。
これは、運動した後だから?
ピアノの音が再び途絶え、沈黙が落ちる。
「・・・シアン様」
私はそうっと呼びかけた。
なんだか声を出したら、この雰囲気が壊れてしまいそうで、小さな声になってしまった。
「お仕事はよろしいのですか?目途が立つまではお会いできないと・・・」
「もう何日顔を見てないと思ってる?傍にいるのに会えないなど拷問だ」
背中をかがめ、私の顔に顔を寄せるシアン様。
もう少しで唇が重なるというその時、ギギィッと私の背後で、扉が開く音がした。
ギクッとして私はシアン様の胸に思いっきり手をつき身を離した。
「しーあーんーでーんーかー」
地を這うような低い恐ろしい声が背後からする。
な、なに!?
怖くて後ろが振り返れない。
「・・・ラウド、少し空気を読め」
「そんなもん読んでたら、終わる執務も終わりません!」
シアン様の言葉にぴしゃりと言い返す誰か。
誰だろう?ラウドさん?聞いたことのない名前だ。
顔をそちらに向けようとするが、シアン様が私をぎゅうぎゅうと胸に抱き寄せてきて身動きできない。
ってか!息が!息も危ない!!
思わず、シアン様の背中をペシペシ叩く。
「ああ、悪かった。大丈夫かい?」
少し腕の力を緩め、そうは言うもののシアン様は私をラウドさんに紹介する気はなそうだ。というか、姿も見せる気はなさそうだ。
「そちらにいらっしゃるのはニナ様ですね?」
「っぷは!・・・はい!」
やっとできた隙間からなんとか息をして、返事をする。
「お初にお目にかかります。私はシアン殿下の執務補佐官を務めておりますラウド・クインズと申します。以後お見知りおきを」
なんとかシアン様の腕から逃れようと四苦八苦する私を見かねたのか、ラウドさんはシアン様の腕を持ち上げながら言った。
助力のかいあって私はようやく脱出する。
改めてラウドさんに向き直り、一礼した。
「こちらこそよろしくお願いします」
とんでもないところを見られてしまった。
冷静なラウドさんに、かえって恥ずかしくっていたたまれなくなる。それをごまかすために私はなるべく愛想よく見えるように笑った。
「これは・・・殿下がご執心されるわけだ」
「手を出すなよ」
「この王宮にそんな命知らずはいませんよ」
なんだかよくわからない会話が低い声でぼそぼそとなされる。
きょとんとしている私にラウドさんはにこりとしながら言った。・・・目が笑ってないけど。
「お二人の逢瀬のお邪魔をするのは、私としても心苦しいのですが。殿下には戴冠式までに処理していただくべき書類がまだ山と残っております。・・・ニナ様、ご理解いただけますか?」
「はい!優先すべきは公務です!どうぞ、お連れしてください!」
「ニナ!!」
私はただならぬ迫力のラウドさんに、シアン様を無視して姿勢を正し、よい子のお返事をした。
近衛兵ならずとも敬礼したくなる迫力だった。




