おまけ
次の日、食堂に下りてみると机やいす、床で寝ている人人人。
部屋や家に帰ろうという気持ちになる前に潰れたらしい。
その中にはサイさんと風呂屋から帰ったときにつかまったアリさんもいた。
中心で動いていた2人が動けないとなると、今日は宿屋でまったりするしかないかな
と考えていたとき、ガードンさんがのそりと食堂に入ってきた。
「おはようございます。」
「おはよう。」
ガードンさんも遅くまで飲んでいた様子だったけど、お酒が残っているようには見えない。
強いのだろうか。
「今日の予定は何か考えていたりするか?」
ガードンさんは自分の外見にあわせて口調も男言葉で通すことにしたらしい。
「いえ。あの2人が潰れてるので、なんとも。」
私が指差したほうを向いて、だらしない格好で寝ている2人を見て苦笑したガードンさん。
「じゃあ、初めてこの世界に来た場所へ一緒に行かないか?」
「え。」
「荷物が残っているなら取りに行きたいのと、あそこの近くに泉が見えたから体を流せないかなと思って。」
ああ、なるほど。
特にすることもなかったので、頷く。
でもそうなると。
「ガードンさんも戦わないといけなくなるかもしれません。」
守ってあげたいけど、私は誰かを守りつつ戦うような戦闘スタイルではないから敵が複数の場合、ガードンさんの所にも行ってしまう。
「そう。だからそれも含めてちょっと外に出たい。」
ガードンさんは戦うことに決めたようだ。
「わかりました。では、着替えてきます。」
ガードンさんと2人で部屋に戻っていると、1つのドアが開きキラさんが出てきた。
「あれ、もうご飯食べたのか?」
キラさんは言葉を女性風にするつもりはないようだ。
「いえ、まだなんですが。今からこの世界に来たはじめの場所へ行こうと思いまして、そこでガードンさんが水浴びしてる間に私が料理します。
いいですか?」
最後はガードンさんに向かって問いかけた。
「うん。ディディアが作る料理が現実ではどんな味がするのか楽しみだな。」
「そうですね。料理スキルを使ってどんなものができるか私も楽しみです。」
ゲームにはサブ職業というものがあり、戦闘には関係ないサポート職を一つ選択できるシステムがあったので私は料理人を選んでいた。
薬を作る薬師という職業が1番人気で料理人はいまひとつ人気がないものの食べると一定時間攻撃力UP等のちょっとした得点が付き、このちょっとしたことでも
有ると無いとでは違ってくるので、料理を売り出せばほどほどの価格だけどいつも完売できるという状態で、小金を稼ぐのに適していた。
「・・・なら、俺も行っていい?」
なんと、キラさんの方から声をかけてくれるとは。まあ、体も流したいだろうしね。
ガードンさんがその言葉に頷く。
「なら、10分後に宿屋の前に集合しましょう。」
私はいざとなったら2人の盾になるつもりの意気込みで行かないと。
そして10分後、私たち3人は宿から出発した。
私とガードンさんはきちんとした装備の格好をしているけど
キラさんは私が購入した普段着用の綿服を着て僧侶用の短い杖とタオル等が入った袋を持っていた。
キラさんが戦うときは鞭も一緒に持っていたはずだけどそれは装備していなかった。
どうやらキラさんもサラディアさんと同じく戦う意思は無いようだ。
ちらちら見ている私とガードンさんの視線に気づいたキラさんはむすっとしてしまう。
「なんだよ。サラディアが戦うの放棄するのは良くて、俺はだめなの!?」
私もそこが不思議に思う。サラディアさんはしょうがないとすんなり受け入れられるのにキラさんについては頑張ってくれないかなと期待してしまう気持ちが有る。
「男だから?」
キラさんは体が女でも心は男だ。
いつものように思っていたことをつい口に出してしまった。
「男尊女卑だ!いや、違う、えーと。」
「女尊男卑?それとも男女差別ですか?」
「そうそれ!男女差別だ。訴えるぞ!」
残念ながら駆け込む先がこの世界にある可能性は低いです。
「後方で回復に専念するのも無理か?」
ガードンさんが問いかけると、キラさんはぶんぶんと首を横に振る。
「無理!お前らちょっと考えてみろよ。ゲーム中での俺たちの戦い方を!」
そう言われても、どの戦い方を思い出せばいいのか分からない。
「サラディアも俺も敵から狙われやすいし、防御が弱いんだよ。手順ちょっと間違えて戦場がカオスになったとき真っ先に死ぬのは俺かサラディアだった。」
確かに、敵から狙われる人は回復する人と攻撃を一番多く入れた人が標的になっていた。
私たちのパーティーで回復する人はキラさん、1回の攻撃力が一番高い人はサラディアさんだ。
「ゲーム中は別に良かったよ。だって生き返ることができたし。でも、ここはそうじゃないだろ!?」
私はキラさんの言葉に納得する。
「そうですね。2人にはつらいかもしれません。」
「だろ!よかった。・・・でも、何にもしないってわけじゃなくて、戦う前に防御力UPとか戦った後の回復とかはちゃんとするから。」
キラさんは手に持った短い僧侶用の杖を握りしめる。
「はい。それだけでも心強いです。」
「うん。」
私とガードンさんがそう答えると、キラさんはほっとしたようだった。
最初に降り立った場所へ行く今までの道のりでモンスターに出会ったのは5回。
わざとモンスターを探しながら歩いたので、出会った回数は最初に皆で歩いたときより多い。
因みに私は5回のうち1回も手助けすることはなかった。
ガードンさんは手助けする必要がないぐらい余裕で戦えていたからだ。
でも
「ガードンの戦い方は胃が痛くなる。」
「そうですね。大丈夫だとわかってるけど、ヒヤッとするときがあります。」
ガードンさんは今、熊のような大型のモンスターと戦っている。
このモンスターは攻撃力が高いけど移動力と防御力が低いので、近くに来る前に倒すか、よけながら攻撃を入れれば余裕で倒せる。普通は。
だけどガードンさんは重剣士だからその戦い方は出来ない。
重剣士の攻撃スタイルはまず相手から攻撃をもらうことから始まるからだ。
相手からの攻撃を盾で受け、カウンターで相手に打撃を与えるのが重剣士の通常の攻撃パターン。
熊の爪がガードンさんの盾を引っかき甲高い音があたりに響き渡る。
ガードンさんは熊の攻撃を盾で受けきった後、一瞬後ろに引き全体重をかけて熊の顔に左手に持った盾をぶつけた。
ガードなしで直に顔面で攻撃を受けてしまった熊は視線が定まらず足をふらふらさせる。それでも再度ガードンさんに向かって腕を振りかぶり攻撃を仕掛ける。
ガードンさんは何かスキルを盾に入れてその振りかぶった熊の手に当てるように盾を前に出した。
ガァン!
熊の攻撃とガードンさんの盾がぶつかった音が響く。
キラさんがおびえて私の腕をつかんできた。
熊が小さくうなり声を上げていたので、盾にふれた瞬間に発動した麻痺スキルがちゃんと効いたようだ。
熊はうまく動かせない腕に怒りを上げたようで、なりふり構わずガードンさんに突進をしかけるようになった。
こうなれば、もうあとはおなじみのパターンで、盾で受けて切り付けるの繰り返し。
5・6回このパターンを繰り返した後、熊は力を失い地面に倒れた。
ガードンさんの勝利だ。
重剣士は盾を主軸にした攻撃パターンが主で、剣だけでモンスターを倒すことは難しい、というか高レベルのモンスター相手だと倒せないだろう。
剣のみの攻撃力はかなり低く、下手をすれば僧侶の魔法攻撃よりも弱く、盾のスキルを覚えるレベルに達するまでに脱落する人がたくさんいたほど。
盾のスキルの次に覚えるのは周りを守るスキルで、このレベルに達した重剣士はまあ、もてた。
仲間をかばってかばって庇いまくるから、守られた方としては惚れてしまう。
でも、そこまでのレベルに達する人は少なく、レベル最高値の重剣士はあまりみかけないから、さらにもてて、もってもてだった。
彼ら重剣士がパーティーに1人いるだけで、全滅する確立がぐっと下がるから色々とお声がかかるらしい。
このもて具合を見て重剣士に憧れを持つものはいるが、攻撃力が低く、育てるのが難しくメンドクサイので人数は増えないままだったけど。
戦いが終わったガードンさんがこちらにゆっくりと歩み寄ってきた。
「おつかれさまです。」
「ありがとう。」
私のねぎらいの言葉に兜を取ったガードンさんがすっきりした顔で答える。
「よく怖くないな。ガードン、感覚がおかしくなってないか?」
私の腕にしがみついたままのキラさんが問いかけた。
「せっかくこの世界に来て、この力が手に入ったんだ。戦わないともったいないだろ。」
「やっぱりおかしくなってるよ。」
怖いといいながら私の後ろに隠れるキラさん。
私たちはその様子を見て苦笑した。
歩いて数十分後、やっとこの世界に居た初めの場所へ私たちはたどり着いた。
「結構、荒らされてるな。」
周りを見渡したガードンさんが呟く。
私たちがおいていった持ちきれなかった荷物はモンスターたちに食い荒らされグチャグチャになっていた。
「ガードンさんは何を取りに来たんですか?目的のものは残ってましたか?」
ガードンさんのほうを向くと、何かを一つずつ拾って手に持った袋の中に入れているようだ。
私の質問に動きを止めて手にもったものをこちらに差し出して見せてくれた。
「鉄の塊?」
手のひらほどの長方形の鉄の塊に見えた。
これはもしかして製作用のアイテム?
ガードンさんのサポート職はたしか防具用鍛冶師だったはず。
「ああ。これを溶かして新しく強い盾を作ろうと手荷物の中に入れて大事に取っておいたんだ。
50個ほどあるはずだが、ほぼ残っているようだな。よかった。」
確かに鉄の塊が50個もあったらさすがの重剣士でも両手いっぱいで手がふさがってしまう。
ってことは帰りは私が2人を護衛しなければ。
まあ、道のりにいたモンスターの場所を参考にして選んで帰ればほぼあうこともないから大丈夫かな。
「では、お二人はそこの泉で体を洗ってきてください。私はその間に料理を作っておきますから。」
「わかった。」
「やっと体を洗えるよ!」
声が聞こえる範囲で3人はそれぞれの行動に移った。
私が置いていった荷物のあたりを調べるとビンに入った薬草や香辛料がいくつか残っていた。
よかった。これで魚があれば数人の食事が作れる。
と、浮かれて川の近くに来たのはいいけども。さて、どうやって魚を捕らえるかが問題だ。
傍には木があるし、簡易釣り道具でも作ろうかな。うーん、面倒くさい。
直に川の中に入って魚を取ることに決めた私はブーツを脱ぎ、水に足を浸した。
透き通るようなきれいな川に視線を向けると30cmほどの魚がすいすい泳いでいるのが見える。
よし、頑張るか、とグローブもはずして袖をまくり気合を入れた私はその後、数十分逃げ回る魚と格闘することになった。
私が2人のほうにもどると、すでに体は清めたらしく日向ぼっこをして待ちわびていた。
そんな2人にさきほどまでの自分の奮闘振りを話すとガードンさんが一言。
「弓を使ったほうが早く捕れたんじゃないか?」
あ、そうか。その手があった。命中率がほかの職業より高い弓使いなら川で泳ぐ魚ぐらいすぐに攻撃を当てることが出来る。
まあ、でも私の手にはすでに3匹の魚がいるし結果オーライだ。
次回からは絶対に弓で取ることにするけども。
大きい葉っぱを3枚並べて、魚をその上に一匹ずつ置いて、さらにその上に香辛料と薬草をのせる。
準備が整ったのを改めて見直して、材料に間違いがないかを頭の中にある情報と照らし合わせて確認する。
料理のレシピの名前は確か『魚のレディエ』付加されるのは一定時間攻撃力20ポイントUPとHP200プラスだったはず。
料理の魔法を3匹それぞれにあてて呪文を唱えると一瞬光に包まれ、瞬いた次の瞬間には料理が出来上がっていた。
見た目干物に近い水分を失った魚だけど肝心なのは味だ。
ぱくりとかぶりついた私たちは一瞬動きを止める。
・・不味くはない。不味くはないけどおいしくもない味がする。
ご飯というより薬?
とにかく体にいいんだろうなって感じがする味がした。
キラさんが残した半分をガードンさんが平らげたので結果としてみるなら私たちはすべて食べることが出来た。
きっと、旅の途中でもない限り私の料理が食べたいなどと2人は思わないだろうけど。
そして私も思わない。
おなかが満腹ではない私たちはさっさと宿に帰っておいしいご飯を食べようと意見がまとまったところで、この場所を後にした。
周りを見渡しても何もなく、私たちが移動してきた不可思議な痕跡もなく何かが起こりそうにもない場所。
他の3人が私たちと同じように忘れ物を取りに来る以外はきっとこの場所にくることはないだろう。
感慨深げに景色を見ていたら、キラさんが
「この町出るまで、体はここで流すしかないか。また来ようぜ!」
と言った。うん、考えてみたらそうですね。
私たちは来るときと違い帰りは道を選んで慎重に進んだため、モンスターに出会うことなく町まで帰ることが出来た。
宿屋に着くと、そこからはもう解散で自由行動。
ガードンさんは早速食堂へ向かっていったし、キラさんは数着、普段着がほしいと宿屋の隣の服屋へ向かっていった。
兜を脱いでどうしようかと一瞬考えた後、私も食堂へ行こうとした。けど、手に持った兜と服を着替えてからにしようと思い直して階段を上がる。
すると、階段を上がり始めてすぐに後ろからも階段を上がる音がした。ここの宿泊客だろう。
そして、その人は私に声をかけてきた。
「あれ、ディディアちゃん。どっかいってたのか?」
暗殺士のサイさんでした。
サイさんの髪は濡れていて、どこかスッキリした様な顔と手に持っている布からお風呂屋へ行っていたのがわかる。
「はい。ちょっと町を出て歩いてました。」
「へー。一人で?」
「まさか。ガードンさんとキラさんと3人で始めて降り立った場所へ行ってました。」
その言葉をきくとサイさんは驚く。
「あれ。ディディアちゃんよく1人で他の2人とうまく行動できたねー。人見知り直った?」
そんなすぐに直る分けない。それに。
「ガードンさんとキラさんは仲間ですから。人見知りはしません。」
サイさんは手に持った布で目元をぬぐうようなしぐさをする。
「ゲーム中ではアリがいないとうまく喋れない子がよくぞここまで。」
失礼な!そこまで人見知りだった覚えはない。
「アリさんがいなくても喋ることぐらい出来ますよ。」
ただ、知らない人の中で1人になるとちょっと無口になるだけだ。
「へ~。」
にやにやしたいやな笑い顔で私の顔を覗き込むサイさん。
「なんですか。」
「昨日の夜、アリとなんかあった?」
とたんに真っ赤になる私。
まさかサイさん昨日の事を知っているのではと様子をうかがうと、サイさんはさらに笑みを深めた。
「ディディアちゃん昨日のこと詳しくよろしく。」
「なんでサイさんにプライベートのことを話さなきゃならないんですか!個人的なことなので気にしないでください。」
私に聞くって事はアリさんに聞いたけど何も答えてくれなかったってことだろう。
「プライベートって。それ言うなら俺だってプライベートにかかわるよ。話してくれなきゃ今後の対応に困るだろー。ほらほら。」
意味がわかりません。まったく。
「サイさんまだ酔っ払ってるんじゃないですか。一度寝ておきたほうがいいですよ。」
私が軽くあしらって、この話はおしまい。って雰囲気にしたのにサイさんはなおも続ける。
「分かった。じゃあ話を変える。ディディアはアリのことが好きだ。これは間違いないはず。」
しつこいなあと思いながら嘘をつく必要がないので首を縦に振る。
「やっぱり。で、昨日の夜、2人はエロい夜をすごしたってか。」
はい!?
「サイさん。私たちは昨日お互い会うことが出来てよかったねって確認をしただけですよ。大体昨日、戻ってきたときサイさんがアリさんをすぐにお酒の席に引っ張っていってたじゃないですか。」
サイさんはポカンとした顔で私を見る。
「え。それだけ?」
「それだけじゃないですよ。お互い会いたかったって気持ちが同じだったんです、奇跡じゃないですか!」
「え。何が。」
何がって!聞いといてそれはないんじゃないだろうか。
サイさんはわざとらしく大きく息を吐く。
「わかった。原因はアリの野郎が草食系だったってことだ。」
はあ??また意味の分からないことをサイさんは言い出した。
「俺が見つけてきた夜のお店で今夜、エロいお姉さま方に肉食系にしてもらおう。」
!!??
「アリさんが行く分けないじゃないですか!!」
「ディディアちゃんは分かってないなあ。あいつそういう店、結構好きだから。あ、あとディディアちゃんにアリをせめる権利もとめる権利もないから。」
私が口をパクパクさせて混乱しているところにさらにサイさんは畳み掛けてきた。
「だって、会いたかっただけなんでしょ?」
ニヤリと笑ったサイさんの顔は私にとって悪魔が笑ったように見えた。
階段を急いで駆け上がり、アリさんの部屋までダッシュをして、ドアに向かって叫びながら叩く。
「アリさん!アリさん!」
数回叩いた後、今まで寝ていたのが分かる格好で、でも何が起きたのかとあせった表情で扉を開けてくれた。
その瞬間、自分が馬鹿なことをした事に気づく。
「ごめんなさい。」
「え!?」
意味が分からず焦るアリさん。
「私が馬鹿でした。アリさんはもう一度寝てください。」
「ちょっと意味が分からないから、一から説明してくれると有難いんだけど。」
私が扉を閉めようとするのを、アリさんは片手で抑えて眠気を覚ますように目元を少しこすっていた。
本当に申し訳ないです。
「サイさんがアリさんと一緒に夜の店に今夜行くって言われて、少し混乱してしまいました。すみません。」
「は!!??」
その数分後、食堂でアリさんにいっぱい怒られるサイさんがいて
さらにその数時間後、同じく食堂でアリさんに町を出る場合は声をかけることを約束する私がおりました。