時の行方
「律喜大丈夫なのか?」
「あっ明希、語尾治ったんだね」
「しばらく、能力使ってなかったから猫化解けただけよ」
「はーいみんなー!帰りのホームルーム始めるよ!」
先生が、教室に入ってきた。
ボロボロのスーツで……
「先生何があったの?」
「いや、派手に転んでね」
「転んでそうなる?」「なんか切り傷ない?」「ララいないけど、大丈夫かな?」
みんな先生がいるのに、ざわつきすぎでしょ…
「知ってるとは思うが、異常が発生したので戦闘技能の後半戦は延期ね〜明日から普通に授業するから」
「明日って水曜日だよね、何があった?」
「確か、家庭科あったね……あれ?調理自習じゃね?あー!ララいたらわかんのに!」
「いなくても、僕がわかるでしょ…明日調理自習あるよ、みんなエプロンとか持ってきてねあと、うちのクラスは昼飯の時間に合わせて作るからお弁当とか持ってくる必要はないぞ!」
先生は、話は終わりだというふうに手を叩く。
そうすると、尚くんが「起立!礼!」と言ってホームルームを終わらせた。
………
みんなが去った後の教室は静かでなぜか地下なのにある窓ガラスから夕陽が差し込んでいた。
「律喜帰らないのか?」
「あれ?明希いま何時?」
「5時45分もうちょっとで最終下校時間過ぎるぞ」
あれ?私は教室で何をしていたんだっけ?
思い出そうとしても思い出せない、夢でもみている気分だ。
「明希、私何してた?」
「ずっとぼ〜としてたぞ、腹でも減ってんのか」
「あんたじゃないのよ、帰りましょ」
私は、鞄を持って教室を出ようとする。
「なあ律喜、今日あんたの家行っていい?」
「え?」
唐突に言われた言葉に私は戸惑ってしまう。
確か、今日はお父さんが帰って来ない日…押しに弱いお母さんなら1日友達を家に止めるぐらい許してくれるだろう。
「わかったでもどうして?」
「明日、調理自習あるらしいじゃん…私料理できないんだよ、確か律喜得意らしいじゃん?教えてくれないかなって…」
「簡単じゃん、いいよ。でも明日何作るかわかんないじゃん」
そう指摘すると、一瞬で明希は目の目から消えて一瞬で戻ってきた。
「先生に聞いてきた!なんでもいいらしいぞ」
なんだその調理自習……まさか家庭科の先生も元S組の人なのか?
「そっそう…じゃあ、私と今夜は一緒に作りましょうか」
「なんなら!泊まるぞ!」
「もとよりそのつもりよ」
私は、教室のドアを掴み開けようとする。
しかし気づいた時に私が掴んでいたのは教室のドアではなく、私の家の玄関のドアだった。
指紋認証が作動し、自動で鍵が開かれる。
「何か固まってんだよ律喜?私の能力忘れたわけじゃないよな?」
ああ、そうか明希のワープか…
私は、ドアを開けていつもの風景を見る。
そこには、いつも通りの変わらない風景が広がっている。
広い玄関に、窓ガラスからの光が差し込み芳香剤のボトルが反射で輝き、造花のラベンダーとユリがおかえりと言っている気がする。
「リツおかえり!早かったね?…あら、ご友人?」
「あっうん!お母さん」
お母さんはいつも通り変わらずセーターを着ていて、エナジードリンクをストローで飲んでいる。
すらっとしていて、小学校の運動会とかで同級生の男子に口説かれていたそんなお母さんだ。
ぶっちゃけ、私の誇りでもある。
「こんにちは!世話になっている星火明希です!」
「元気いいわね……あらそのかんじ、気つかってるわね?いいのよ、リツに接する時の態度で」
「え?」
明希は困った顔をしてこちらを見るさすがお母さんだ。
作った態度を瞬時で見抜くとは。
「ほら、明希いつもの感じでしゃべれば良いじゃない」
「ああ、そうかい」
明希は姿勢を崩して、いつもの雰囲気に戻る。
「……」
お母さんは、手を口に当てて明希を見つめる。
「え?どうかしたか?母さん」
「いや、予想以上に男らしかったから」
「お母さん、明希は女子だよ?」
「まあ、いいのよ…こんなところで立ち話なんてしてないで中入りなさい」
そう言ってお母さんは、リビングに入っていった。
私と明希は何も言わずに手を洗いリビングに向かった。
「お母さん!今日私たちで晩ごはん作っていいかな?」
座ってラジオを聞いていたお母さんはこちらを振り返りニッコリと笑う。
「いいわよ、リツの料理はおいしいからね。料理教えてよかったわ」
うちの家はお父さんもお母さんも料理が出来る。
私もそれの影響なのか、私も自然と手伝うようになって今では自分一人でご飯を作るようになった。
「その前に、着替えてくるわね」
「あら、そう言えば明希ちゃん制服のまま着たのね…料理するならきれいな服のほうがいいでしょ?私の貸すわ、サイズたぶん合うから」
「あっ…ありがとう」
明希はお母さんの部屋に入って行った。
一人になった私は、いつも通り自分の部屋に戻り制服をハンガーに掛けて香水を少しつける。
「今日はこれっと」
私には気合を入れるためにあるお気に入りの服がある。
昔誰かにもらった白衣だ、何故もらったのかも覚えていないがとにかく私はこの科学者のような服装が大好きなのだ。
身に纏うだけで、やる気に満ち溢れてくる。
触り心地のよい黒く柔らかいスカートとエメラルドグリーンのTシャツを着て白衣を羽織る。
「やっぱりこれね」
私は暑いのより寒いほうが好きだ、それにスカートのほうがGパンより機動性がいい。
私は部屋を出て、お母さんの部屋に入る。
「お母さん終わった?」
いつも通り見慣れたお母さんの部屋には、予想通りの服装をした明希とお母さんがいた。
「えっ!?ちょっ律喜!その格好……」
「この子いつもこんな感じよ?私服見るの初めて?」
お母さんは楽しそうに明希の反応に目を細めて笑っている。
そんなにこの服装変だろうか?
「うん…やっぱりその服着させたんだ、お母さん」
「もう二度と使うことはないだろうからね…若い子に使ってもらわなくっちゃ」
明希が纏っていた服装は、お母さんが演劇で使っていた化け猫の衣装だ。
赤色ロングコートに黒いショートパンツ、長めの黒靴下、ネイビーの少し丈の長い長袖シャツ。
演じた化け猫の役が不服にも悪役だったため、お母さんはもう着たくないようだ。
いつも、猫化している明希にはよく似合っていた。
「じゃあ、始めようか」
「律喜…実験を始めるみたいになってるぞ?」
「ふふ、面白い子たち…」
「片方あんたの子供だよ」
………
「さて、簡単な方がいいわよね?」
「そうだな、包丁の使い方すらままならないからな」
だとするなら、サクッと作れて簡単なもの……
「サンドイッチとコンソメスープを作ろう」
「おお、それなら私でも作れそうだな!コンソメスープはともかくな」
私は冷蔵庫から、トマト、キュウリ、キャベツ、ツナ缶を出し、いつも常温で置いてある食パンを厨房に並べる。
「まずは、サンドイッチからか?」
「いいや、同時並行よ手際よくね…サンドイッチ作ってる間にお湯沸かすわよ」
私は鍋を取り出し、スープ用の器に3杯半の水を入れ火にかけた。
「なるほどな…」
「こうしとくと、手持ち無沙汰にならないからね…さて、まずは野菜を洗いましょう丁寧にね」
そう言うと明希は慣れない手つきでトマト、キュウリ、キャベツを水で洗った。
やっぱり知らないか…
「ちょっと意地悪だったね、キュウリは塩をつけて擦るようにして洗うの」
「先に言えよ…そしてなんで?」
「キュウリの表面はデコッとしてる針みたいなのがいっぱいあるでしょ?それが塩をつけて洗うと取れて食感や味がよくなるの」
私は明希に塩を渡し、それを受け取った明希がキュウリを洗いながら「考えられてんだな〜」と呟く。
「んじゃあ、食パンの耳を切るからね」
「えっ?まてよその耳どうすんだ?」
「はは、お楽しみだよ」
私は一口サイズに耳を切って、小皿に移しておく。
「ほい、洗い終わったぞ」
「じゃあ、左右のヘタを切り落として〜1ミリ感覚に切っていって」
包丁を明希に手渡し、そばで見守る。
刃物を持った瞬間に明希の手つきは明らかに変わった。
「そんなに緊張することないよ」
私は、明希の手首を持って構える。
「落ち着いて…あなたの目の前にあるのはただの物、人じゃない」
そういうと、明希の呼吸は一瞬張り詰め一気に解けていった。
きっと彼女は初めて人を切る時の感覚を覚えてしまったのだろう。
私はゆっくりと腕を動かし、きゅうりを切る。
明希の手の動きは、滑らかでかつ繊細で美しい断面を作り上げていった。
「できるじゃない」
「違う…」
「え?」
「人を切る感覚と全然違う」
「そりゃそうでしょ」
そこで初めて私の口から本心のツッコミが出た。
当たり前のようなことが、当たり前にできたことに感動を覚える。
「ナイフの使い方怖かったの?」
「ああ…すごく」
私は、明希の手を離し今度こそ隣で見守る。
静かな厨房には、ただ食材を切る音だけが響いていた。
………
「美味かったな」
「意外にできるじゃない」
「ご馳走様…明希ちゃん何かデザートでもいる?」
「何があるんすか?」
私は無言でランチョンマットの下に敷いてあるメニュー表を差し出す。
なんでこんなものがあるかというと、お母さんが私に注文するときに雰囲気が出るからという謎な理由である。
「……じゃあ、ホットココア」
「私、ロールケーキで二つね」
「はいはい…ちょっと待っててね」
お母さんがリビングから、キッチンに移動し少しだけ静寂が訪れる。
明希に出会った当初はこんな間が嫌いだったが、今では心地よい空気になっていた。
「思ったんだけどさ、律喜のお母さん綺麗すぎない?」
「自慢のお母さんだよ、それより明日何作るの?」
「今日作ったやつ、そのまま出すよ…失敗したくないし」
明希は、伸びをして椅子の背もたれに寄りかかる。
「ねえ、そういえばさ私なんか忘れてる気がするんだよね」
「忘れてるって何が?」
明希は私を下から覗き込んでくる。
「はい!お待たせ〜綺麗なお母さんよ〜」
そうこうしていると、お母さんがホットココアとコーヒー、いちごロールケーキをお盆に乗せて持ってきた。
「聞こえてたのかよ……」
「自分で言うことじゃないでしょお母さん」
「アピールはしとかなきゃね、自信って大切よ。じゃ私お風呂入ってくるから」
お母さんはさっき、淹れたコーヒーのことなんか忘れて風呂場にルンルンで向かっていった。
「自信の付け過ぎもよくないでしょ」
私は、お母さんのコーヒーをパクって口に運ぶ。
キリマンジャロのスッキリとした、深いコクと風味が疲れを癒してくれた。
「で、何忘れてたんだ?」
「それ考えてるんだけど、やっぱり思い出せないんだよね……」
「もしかして、教室で何してたか思い出せないってあれか?」
そうだそれだ!私は、ホームルームが終わってから明希に話しかけられるまでの記憶がない。
「あたりか……」
「うん、そもそもどうやって保健室から教室に戻ったのかもわからない」
一部の記憶だけを消しとばす能力を持っている人がいるのか、そうだとしてもどうして私にそんなことを?
「夜風でも浴びてきたらどうだ?風呂まで時間あるだろ?」
明希は、ホットココアを啜りながらそう提案してくれた。
私は頷いて、リビングを出て玄関のドアを開ける。
外の匂いは5月にしては乾いていて、とても心地よかった。
…………
まただ、私は玄関ではなく学校の屋上に立っていた。
「どうして!何が起こっているっていうの!?」
「驚かせてごめんね、俺の能力だよ」
後ろを振り返ると、そこにはフェンスに寄りかかる長身の男性がこちらを細めで見つめていた。
見た目的に、成人はしてそうだ。
「あなたは?能力って言うことはS組の生徒?」
「俺は神善冴志。親善家次期当主、毎日購買によりどら焼きを買ってコーヒーと共に食す。中途半端なものを嫌い隅々まで完璧にこなせた日はほとんど苦なくじっくりと眠れる。君と同じS組さ、以上自己紹介終了」
冴志は短い整った髪に、手を置きながらこちらに向き直る。
「さて、君に質問がある」
「なっ何?」
「そう身構えなくていいさ、簡単なことだ姫龍から聞いた…代償を克服した奴がいるらしいな?一体誰だ?」
代償を克服…レインのことだ。
でも、この人は怪しすぎる……どうしてそんなことを知りたがる?
「……ら、ララ」
「そうか…地雷化が解けたのか。どうでもよかったな」
咄嗟に嘘をついたが、これでよかったんだろうか?
「ちょっと待って!なんなの?それに私の記憶を消したのはあんた?」
「ああ、それは本当にごめんね。でも記憶を消したりはしてないよ、ただ無かったことになっただけ」
冴志はさっきとは違いものすごく優しい口調で語り始める。
「俺の能力は、時削りだよ。この世のものの時をすっ飛ばせるんだ、正しくはすっ飛ばした時を虚無空間に送り、そこで行うはずだった行動全てを処理、そして能力を解けば最後に行った結果だけが残るっと言うことさ」
さっぱりわからんが、おそらく時飛ばしをしているだけだろう。
「君が、1人になるのを待っていたんだ。そうしないとお供の時も一緒に削ってしまうからね」
じゃあね、と言うふうに彼が後ろを向き手を振る。
………
玄関に立っていた。
私の家の。
「結果だけが残る…」
なぜ彼は私にあんなことを聞いたのだろう。
危険そうだから、レインやララさんに伝えておこう。
スマホの液晶画面は、暗い玄関前を確かに照らしていた。




