逃走
あっという間に一人になり、西本は居酒屋のドアを開け、中に入り呼吸を整えている。なんということだ。声が聞かれ、それで場所を特定されていたらおしまいだ。しかし、なんて耳のいい奴なんだと西本は思った。あのヒソヒソ声を聞き取るほどの聴力を持っているとしたらそうそう独り言なども満足に言えないではないか。それに、案内無しではこの階からの脱出はほぼ不可能に近い。西本はこのホテルのことを何一つわかっていない。どこに何があるのか? ここはどこなのかなど全く知らなかった。ただ当てずっぽうで走っていただけだった。思いついた脱出方法、それは、食料を保管してある倉庫に行き、そこの貨物用リフトに乗りこの階を脱出する方法だった。貨物用リフトは電気室での操作が不要で、奴らが電気室を占拠していたとしても使えるはずだ。
「キャアッ」
次男に腕を掴まれ、無理やり剛が監禁されている場所に放り込まれる。外には三男が立っていて逃げることはできない状況だった。
「宮沢君……。すまない」
剛が頭を下げる。
「あ、いや……会長は悪くありませんよ。悪いのはあの三人で––––」
「おい! あまり話すな!」
外にいた三男が大声で叫んだ。
「フン。どうせワシらは殺されるんじゃ。このくらいよかろう。それか何かか? 怖いんか?」
「親父……」
剛が挑発的に睨みつける。
(だ……ダメですよ……そんな態度だと本当に……)
「なーに、今はまだ大丈夫じゃわい。彼がいるからのう。殺すときはワシら三人が集まった時じゃ。それに、あの三男の大は情けないやつでのう、銃を撃てるような男ではない。どちらかというと静観して事を終わらせるタイプじゃ。全く、鳳林家のクズじゃ」
恵梨香はこの状況でも剛がこんな態度を取れることに納得がいった。確かに、社長という手前卑屈な態度などは取りたくはないが、事は一刻を争う。そんな時にプライドもクソもないだろう。だが、剛は三人の性格をよくわかっている。わかった上でこうしているのだ。
「さて、ここからの脱出方法じゃが、宮沢君……君、演技力は得意かね?」
「え? いや……私はそんな事は……」
「そうか。君が女だというのを武器にできると思ったのじゃが、そうじゃ。君、今夜使った発煙筒……あれの残りなどは今持っておらんか?」
「小型のやつならポケットに一つありますが……小さすぎて煙があまり派手に出なかったので使ってないんですよ」
「これを使おう。作戦を思いついたのじゃ」
剛から話を聞き、恵梨香はポケットから発煙筒を出した。発煙筒でこの場所を煙で充満させ、三男を混乱させその隙に二人で制圧するというものだった。しかし、うまくいくだろうか?
「大丈夫じゃ。ワシが保証する」
「本当ですか?」
「ああ……ワシの自由はな」
剛がボソッと何かを言ったが、恵梨香には聞き取れなかった。指示通り恵梨香は発煙筒を作動させ、煙が広がる。
「なんだ!」
煙に気づいた三男が、部屋のドアを開けた。その隙に剛は逃げ出した。
「あっ!」
剛に気を取られた三男の隙を突き、恵梨香は三男が持っていた日本刀を奪い返し、峰の部分で三男の頭を思いっきり叩き、三男は倒れた。慌てて恵梨香も走り、剛に追いつく。
「このホテル……食料を保存しておく倉庫ってありましたよね!」
走りながら恵梨香は西本から聞かれたことを剛に聞いた。
「ああ。この階の一番奥にな。急にどうしたんじゃ––––そうか! そのテがあったか!」
剛が何かに気づく。
「どうしたんですか? 会長」
「食料を供給するエレベーターじゃ! あれを使えばこの階から逃げられる」
話を聞き、恵梨香ははっとした。西本が気づいたのはこれだったのだ。
勉と輝は西本を探していた。しかし、部屋を一つ一つ確認していればすぐに逃げられてしまう。そうならないように勉はトリックを使っていた。ドアノブを触る。問題はなかった。一つ一つ触っていき、異常がないのを確認する。次は居酒屋だった。ドアを調べようとした時、輝が勉の肩を叩いた。
「なんだ?」
「兄貴……あれ」
輝が指差したところは、煙が広がっていた。あそこには、親父と女を監禁している部屋だった。調べるのをやめ、二人は慌てて引き返した。そこには、気絶していた三男の大の姿しかなかった。