姉のこと――2
姉は完璧超人だった。少なくとも、みんなの目にはそう映っていた。僕も、ある一点を除いてはそれに賛成だ。
常に学年で一、二を争う成績をほこり、どんなに調子が悪くても二桁以下の順位に落ちたことがない。僕が今の高校に入ることができたのは、姉の英才教育があったからだ。
運動神経も抜群で、短距離走も長距離走も陸上部にこそ敵わないが、生半可な運動部ではとても姉に太刀打ちできない。バレーもバスケも挙句には弓道だって、姉にやらせれば並の部員以上のはたらきをしてしまう。
さらに、口も立つ。その口のうまさは、僕への偏愛を誰にも悟らせることなく、教師からの信頼をものにしてしまう程度ではまだ説明したりない。生徒会長に推薦されたのも、身内の贔屓目をなしにしても納得のいくところだ。
容姿については言うまでもない。東雲さんが可愛いという範疇なら、姉は美人という範疇だ。整っている顔立ちに、右目の下に泣きぼくろは、これまた身内の贔屓目なしでも特別優れているといって過言でないと思う。
ただ、意外なことに姉はあまり告白されたことがないらしい。姉の前に立つと、たいていの男たちは居すくまってしまうらしい。わかる気がする、とは僕の友人の弁だ。
絵の巧さは正直僕にはよくわからない。すごく上手いと思う、としか言えない。美術の先生が褒めていたから、きっと上手いんだろう。その先生が洗脳されているとか、余計なことは考えたくない。ピカソ的な上手さは、僕の守備範囲外だ。
裁縫は……人並みということにしておこう。
そんな姉の唯一の弱点は僕が好きということだけだ。
僕の何がいいのか、僕自身がよくわかっていないけれど、たぶんそんなこと姉もわかっていないだろう。姉いわく、『理由があるものはいずれすべてその理由のために足元を掬われる』らしいから。
週末のデートのことを、姉は知らない。
けれど、知っていようが知っていまいが、たぶんそんなことは関係ない。僕が週末に家を空ければ、姉はきっと僕を尾行するだろう。僕に姉の尾行を撒くことはできない。
前に一度、中学三年の卒業式前日にクラスの友だちみんなで集まったことがある。真夜中にこっそり家を抜けだしたのに、姉は僕の動きを完璧に察知して先回りされていた。僕に姉さんを出し抜くことはできないと、そのときに思い知った。
茜は、僕の話をふんふんと聞いていた。僕の話が終わると、最後に『任せて下さい』と胸を叩いて、自信満々の笑顔をつくった。
「それにしても、彰くんはモテるんだね」
「姉さんにモテたって、仕方ないよ」
「それはまあそうだけどね。世が世なら、二人の間に割って入ることもできなかったんじゃないかなあ」
「世が世ならって……平安時代とか?」
「今この時代に雨宮くんと会えたことに、感謝します」
大げさだよ、と僕は言おうと思った。
茜は、何かに祈るように空を仰いでいた。その表情は真剣そのものだった。
「前世というものがあったら、私はきっと彰くんと結ばれなかったんだと思う。そうでなければ、今、こんなにも嬉しいはずがないから」
「前世があったとしたら、きっとそのときもこんな感じだったんだと思うよ」
それはまるで願いのような言葉だと、僕は思った。