茜はしたたかに
映画を観終えた後、僕らは映画館そばのファストフード店に入った。
映画の余韻に浸る彼女とは対照的に、僕の気分はすぐれなかった。姉のことだ。今もどこかで僕らを見ているかもしれない。
茜は興奮していてもめざとかった。僕が浮かない顔をしていることにすぐに気づいたみたいだった。
「お姉さんなら、映画館からずっと私たちのことを尾行していますよ」
こともなげに、彼女は言った。僕は驚いて何度も目をしばたたかせた。
「でも大丈夫。私の姉にも手伝ってもらっているんです。ほら、あそこの席にいるのが、私の姉です」
彼女は窓際の席を指差した。そこには、ニット帽を深く被った女の人が一人ハンバーガーをかじっていた。
ニット帽を深くかぶっているのは、有名人であるが故の防衛策か。舞台挨拶を終えてすぐに妹のために時間をつくる辺り、よほど茜のことを大切に思っているのだろうと思った。
「姉と話をしたいのなら、今度我が家にご招待しますよ」
ずっと彼女の姉のほうを視ていたからだろうか。東雲はにっこりと笑って言った。
「私のカレシが相手なら、お姉ちゃんもきっと喜びますから。でも、お姉ちゃんのことを好きになったらダメですからね」
「そんなことにはならないよ」
「信じています」
茜の顔に、一瞬厳しい色が走った。
「彰くんのお姉さんは、今お手洗いに立ったみたいです。抜けるなら、今がチャンスですよ。どうしますか?」
「きまってる」
いたずらっぽく微笑む彼女の手をとり、僕らは席を立った。
僕らは二人の姉から逃げるように駆け出し、たまたま目に入ったカラオケ店に飛び込んだ。自動ドアを背にし、膝に手をついて息を吐く。
僕が受付をしている間、茜が店外のようすをうかがっていた。
「姉から連絡が来ました。私の姉が、彰くんのお姉さんを説得している最中だそうです」
彼女はほっと安堵したように笑みをこぼした。
「これで、憂いなく遊べますね。ずっと監視つきなんて、とても落ち着きません」
「説得って……。姉さんは、とんでもなく弁がたつよ」
「うちの姉もそうです。全国の弁論大会に出場した経験があるくらいですから」
なおも心配げな表情をする僕に、彼女は赤子をあやすようにやさしい口調で言った。
「大丈夫ですよ。彰くんのお姉さんなら、きっとわかってくれます」
それでも、どうしても、僕は一抹の不安が拭いきれなかった。
あの人はそんな物分りのいい人じゃない。
そのことを世界で一番知っているのはこの僕だ。
「そんな不安そうな顔をしないでください。少なくとも、今は間違いなくふたりきりです。この時間を一緒に楽しもうよっ。ねっ?」
「――そうだね」
僕は、初めて自分から彼女の手をにぎった。
彼女は嬉しそうに、僕にそっと身を寄せた。




