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第7章 潜入する探偵

第7章 潜入する探偵




 宮本誠は、四十代前半の私立探偵だった。


 スーツの下に隠した体は、過去の空手仕込みの鍛錬でいまだに引き締まっている。けれども、その瞳には疲れと諦念が色濃く滲んでいた。




 今回の依頼は、一見するとよくある人探しだった。


 「娘が急に連絡を絶った。最後に残したメッセージに“静寂”という言葉があったんだ」


 泣きながら訴える母親の顔を、誠は忘れられなかった。




 調べを進めるうちに、この施設の存在が浮かび上がった。表向きは終末期医療を提供する緩和ケアセンター。しかし裏では、希望者に安らかな死を与える――そんな噂が広がっていた。




 ――娘は、ここにいる。


 誠はそう直感し、潜入を決めた。




 入居志願者を装い、施設の門をくぐった瞬間、背筋に冷たいものが走った。


 白い外壁と整えられた庭園。清潔で整然とした空気。それなのに、なぜか人の営みから切り離された世界のように感じられた。




 受付で名前を告げ、書類に署名する。


 「ようこそお越しくださいました」


 職員の笑顔は丁寧で、隙がなかった。




 案内された個室は広く、窓からは山の稜線が見えた。ベッドに腰を下ろした誠は、まず荷物の中から小型カメラとメモ帳を取り出し、机の引き出しに隠した。




 ――ここからが本番だ。




 初日の夜、誠は共有リビングに顔を出した。


 そこには、年老いた夫婦が寄り添い合い、若い女子高生が俯きながら本を読んでいた。サラリーマン風の男が缶コーヒーを手にして窓の外を見つめ、やせた青年が所在なさげに座っている。


 彼らは皆、死を望んでこの場所に来た人々。




 誠は表情を崩さずに彼らの様子を観察した。


 特に目を引いたのは女子高生だった。まだ十代半ば。依頼人の娘と年齢が近い。もしかすれば、これが……。


 彼は一歩踏み出しそうになったが、すぐに足を止めた。焦りは禁物だ。




 数日が経つうちに、誠は施設内の異様さを肌で感じるようになった。


 夜、廊下を巡回していると、どこからともなく囁き声が聞こえる。


 「……やっと楽になれる」


 振り向いても誰もいない。冷たい風だけが背中を撫でる。




 また、死を迎えた志願者の部屋は、数日後には跡形もなく片付けられていた。まるでその人間が初めから存在しなかったかのように。




 誠は日記にこう記した。


 《死が商品として扱われている。ここは癒しの場ではなく、死を流通させる装置だ》




 ある夜、廊下で川添幸雄とすれ違った。職員の腕章をつけた中年の男。


 「新しい方ですね。何か困ったことがあれば、遠慮なく声をかけてください」


 にこやかに言いながら、その目には疲れと諦めの影が潜んでいた。




 ――この男、ただの職員じゃない。


 誠は直感した。死を見送る側でありながら、自らも死を望んでいる者の目だ。




 調査はまだ始まったばかりだった。


 依頼人の娘を探し出すこと。施設の真の姿を暴くこと。そして、ここに集う人々の「死への衝動」の正体を見極めること。




 誠は窓辺に立ち、夜の山を見下ろした。


 風が木々を揺らし、遠くで犬の遠吠えが響いた。


 「この静寂の裏に、必ず何かがある」




 胸にそう刻みながら、彼は静かに拳を握った。



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