奇談散歩【74】人形峠 大蜘蛛の妖怪
≪ 人形峠(にんぎょうとうげ、英:Ningyo Pass)は、岡山県苫田郡鏡野町上齋原と鳥取県東伯郡三朝町木地山との間に位置し、両県の県境を成す峠。峠付近に設置されている四等三角点「人形峠」の標高は740.20mである
上述のとおり、人形峠はかつて打札越と呼ばれていた峠であり、江戸時代には打札越(人形峠)の西に位置する人形仙越(人形仙峠)が主要なルートであった ≫
Wikipedia「人形峠」より
【 まんが日本昔ばなし 人形峠 あらすじ:1991年07月06日放送 】
岡山県と鳥取県の県境に大きな峠があり、その峠には人を取って食う妖しがでるとの噂がありました。
そして、ある武士とその家来衆がその峠を通りかかり、行商人が妖しに襲われるのを目撃します。
その商人が峠を通ろうとすると、目の前に大きな琴があり、どこからともなく「この峠を越えたいなら琴を弾け」と、声がします。その声の恐ろしさに、商人が琴に手を出すと、琴の糸が手に纏わりつき弾くことができません。「手で弾けないなら足で弾け」と言われ足で弾こうとすると、足も琴の糸に絡めとられ身動きできなくなってしまいます。こうして商人は大蜘蛛に捕食され、その一部始終を見ていた一行は逃げ帰り、道中の団子屋で大蜘蛛の話をしていると、旅の御坊様が、事の次第を詳しく聞かせてくれまいかと言います。
その後、月夜に薄暗い人形峠には、また大きな琴がおいてあり、琴の近くに若い女がいます。すると、またどこからともなく「琴を弾け」と声がします。しかし、女は「疲れております」と何度も断り、琴を弾こうとしません。そのうちにしびれをきらした大蜘蛛が、糸で女を捕えてしまいました。大蜘蛛が女に食らいつこうと飛び掛かった、
そのとき ――
御坊様が投げた錫杖が大蜘蛛の頭に深々と突き刺さり、大蜘蛛は退治されてしまいました。 その後は、皆が安心して峠を通行できるようになりました。
後に、この峠は囮の人形と声色を使って、御坊様が人食い大蜘蛛を退治したことに因んで、人形峠と呼ばれるようになりました。
また、他には …
昔々、この山には人の身の丈を越えるほどの大きな蜂がいて、峠を行く人を襲っていた為、近在の者は弱っていました。
ある時、通りかかった旅の僧侶が人形を作らせ、その体に経文を書き付けて峠に立てました。僧侶は人々に「ここには近付いてはなりません、三日もすれば蜂は死にましょう」と伝え、また旅立ちました。
人々が、三日後に様子を見に行くと、果たして蜂は死んでおり、その死骸と人形は峠に埋められ供養されました。これに因んで、この峠は人形峠と名付けられたといいます。
という、蜘蛛ではなく巨大な蜂が人を襲っていたとする伝承もあるようです。
また、名称については蜘蛛や蜂由来の民話とは異なる伝承もあり、
ひとつは、
≪ 人形仙峠で子ども連れの母親が休んでいて、ふと目を覚ますと子どもが人形になっていた。母親も子どもを探して歩くうちに山中で迷い、二人とも行方知れずになったという。≫
という、悲しい話で ――
人形仙越には、この母子の供養のために建立されたと伝えられる「文化戊辰年(1808年)六月吉日」の銘のある母子地蔵があり、鏡野町の史跡に指定されています。
もう一つは、
≪ 昔々、山中で樵が仙人に会い、人魚の肉を分けてもらって食べた。樵は年月を経て仙人になった。その由来から、この山は「人魚山」と呼ばれるようになり、後に「人形山」と変化した。 ≫
という人魚伝説由来の伝承です。




