第9話「策略の一手」
県大会二回戦の相手は白鷺学園。
桜ヶ丘商業のような荒っぽさは皆無だが、ボール支配率とパス精度は県内随一。試合を見た者は口を揃えてこう言う――「触れさせてもらえない」。
ウォーミングアップを終え、控室に戻った北野イレブンの表情は硬かった。
「ねぇ監督、あれ……ボール、全然取れないんじゃない?」心愛が小声で呟く。
舞がタブレットを開き、過去試合の映像を見せる。「白鷺はパス回しで相手を走らせて疲弊させるの。前半は無理に奪わず、体力温存が正解」
「でも、それじゃ点取れないじゃん」梨花が不満そうに眉をひそめる。
竜司は腕を組み、薄く笑った。
「喧嘩もそうだ。いきなり突っ込む馬鹿は、先にガス欠になる。――前半は泳がせろ。後半三十分でカチコミだ」
その言葉に、舞は頷き、梨花は不敵に口角を上げた。
キックオフ。白鷺は噂通り、短いパスで北野を左右に揺さぶる。
心愛が食らいつこうとするたび、竜司の低い声が飛ぶ。「まだだ」
舞と美咲も声を掛け、隊列を保ちながらひたすら相手を走らせる。
前半終了間際、観客席からは「北野、攻める気あんのか?」とヤジが飛ぶ。
しかしハーフタイム、竜司は涼しい顔でタオルを首にかけた。
「いい感じだ。あいつらの呼吸、もう乱れてきてる」
舞がデータを確認する。「走行距離、前半だけで平均4.8km。想定より0.5km多い」
後半15分、ついに潮目が変わる。
舞のスルーパスに心愛が反応し、DFの裏へ抜け出す。カットインを試みた瞬間、相手CBが足を引っかけてしまいPKの笛。
キッカーは美咲。無表情のまま助走し、右隅へ冷静に流し込んだ。1-0。
白鷺は反撃を試みるが、消耗は明らか。パスミスが増え、セカンドボールを北野が拾う展開に。
残り10分、梨花が高い位置でインターセプトし、前線の紗季へ。
紗季はワンタッチで前を向き、30m独走。追走するDFを肩で弾き飛ばし、GKの動きを見て逆サイドへ流し込む。2-0。
試合終了の笛が鳴った瞬間、スタンドのヤジは歓声に変わった。
握手の列で白鷺の主将が竜司を見やり、「後半、まるで別のチームだった」と苦笑する。
竜司は肩をすくめ、「勝負は終盤にかけるもんだ」とだけ言った。
控室に戻ると、梨花が「なぁ親分、さっきの作戦……喧嘩の時も使うのか?」と尋ねる。
「当たり前だ。先に手ェ出した方が負ける時がある」
竜司のその言葉に、部員たちは笑顔を交わし、次なる戦いへと気持ちを切り替えた。
県大会はまだ続く。北野高校の“任侠サッカー”は、さらに深化していく――。