第34話「女帝の庭 ― 鳳凰学園視点」
全国大会準々決勝の舞台を目前に控えた、鳳凰学園の練習場。
人工芝のピッチは夕陽に照らされ、黄金色に染まっていた。ボールが転がるたび、まるでその光をまとったかのように眩く輝く。
「パスを出せ! ……そうだ、麗奈に預けろ!」
監督の檄が飛ぶ。その声に応えるように、ボールは一度また一度と繋がれ、最終的に必ず一人のもとに集まる。
――天城麗奈。
華やかなブロンドを後ろで束ね、鋭い眼差しを向ける少女。
ボールが足元に収まった瞬間、ピッチの空気が変わる。まるで観客席まで息を呑んだかのように、張りつめた静寂が流れる。
「行ってください、女帝!」
チームメイトの声援を受け、麗奈は軽やかに前へと駆け出した。
最初の一歩でディフェンスを抜き、二歩目で軸足をずらしてフェイント。
そして三歩目には、すでにゴール前。振り抜いたシュートは一直線にネットへ吸い込まれる。
「ゴオオオルッ!」
練習試合の相手チームは顔を青ざめさせ、あっという間に崩壊していった。
監督は腕を組み、冷静に頷く。
「――麗奈に預けろ。それが勝利への最短距離だ」
味方選手たちも迷いなくうなずいた。
「はい、女帝」
その声には忠誠と畏敬の色が滲む。
麗奈にとって、それは当然の光景だった。
自らの才能の前に、戦術も小細工も不要。必要なのはただ――彼女へボールを預けること。
◇
練習後、ロッカールームの鏡の前に立った麗奈は、乱れた髪を優雅にかき上げた。
「任侠サッカー……?」
口元に嘲笑を浮かべる。
話題には上がっていた。修学院を倒した無名の高校、北野高校。任侠だとか、筋だとか、奇妙な言葉を掲げて全国を席巻していると。
だが麗奈にとって、それは滑稽な見世物でしかなかった。
「くだらない。小細工もデータも、そんなもの私の才能の前では無力」
鏡に映るのは、自信に満ちた女帝の姿。
「女帝に敗北はない」
小さく呟いたその声は、冷たく響き、空気を震わせた。
◇
チームメイトの一人が、おずおずと口を開いた。
「……でも、あの北野って学校、修学院を倒したらしいです。全国でも有数の頭脳派を……」
麗奈は振り返り、氷のような眼差しで一瞥した。
「修学院? だから何?」
声は低く、しかし絶対的な威圧を帯びている。
「頭脳だろうと筋肉だろうと、最後に蹴り落とすのは私。――ただそれだけよ」
チーム全員が息を呑んだ。だが次の瞬間には「はい、女帝」と頭を垂れる。
誰も逆らわない。誰も疑わない。
麗奈が絶対だからだ。
◇
夜の練習場。静寂の中、一人ボールを蹴り続ける麗奈の姿があった。
ゴールへ放たれるシュートはどれも正確無比で、ネットを激しく揺らす。
「修学院を倒した? だから何?」
再び自らに言い聞かせるように呟き、ボールを強烈に叩き込む。
その一撃は、まるで次なる獲物を屠る女帝の宣告のようだった。
――北野高校よ。任侠とやらで笑いを取るのもここまで。
次の試合、女帝が蹴散らす。
その確信が、麗奈の胸には揺るぎなく刻まれていた。




