第20話「鬼の仁義 ― 修羅原高校」
広島県の山奥に、全国屈指の女子サッカー名門がある。
修羅原高校女子サッカー部――そのグラウンドは芝というより土埃に覆われ、まるで戦場だった。吹きすさぶ風さえも血の匂いを孕んでいるかのように感じられる。
練習が始まると、選手たちはまるで闘犬のようにぶつかり合った。パス練習ひとつで骨が軋むほどの衝突音が響き、転がる者には誰も手を差し伸べない。ただ立ち上がれなければその時点で脱落者――それが修羅原の掟だった。
「もっと来い! 鬼の背中に食らいつけ!」
怒声がグラウンドに響き渡る。叫んでいるのは主将・鬼嶋葵。身長173センチ、男子選手と見まごうほどの体格を誇るセンターバックだ。
彼女の一歩は重機のように地を揺らし、その体当たりは前線の選手を容易に吹き飛ばす。
相良紅葉が葵の前に立ちはだかった。細身だが鋭い目をしたストライカー。
「来いや、姉貴! 全国の舞台で背中守るんはアタシやけぇ!」
紅葉がドリブルを仕掛ける。だが次の瞬間、葵のタックルが火花を散らした。紅葉は芝に叩きつけられ、唇を切る。血を拭いもせず、彼女は笑った。
「……骨の一本や二本、折れてもかまわん。勝つためなら命削るだけや」
部員たちの背筋が凍りつく。だが誰も声を発せず、ただ葵の背中に従う。
葵は紅葉を見下ろし、冷たく言い放った。
「修羅原の守備は退かん。後ろに立つ者は一歩も譲らん。それが――仁義や」
その場に居合わせた鶴見遥が腕を組んで口を開いた。
彼女はMFでチームの頭脳。冷徹な采配でチームを回すが、その眼差しは氷のように冷たい。
「主将、全国の初戦の相手が決まったわ」
タブレットに表示されたのは「福岡代表・北野高校」の文字。
遥が鼻で笑った。
「聞いたこともない。どうせ一回戦で消える雑魚よ」
紅葉も笑いながら同調する。
「任侠サッカー? アホやろ。そんなもん全国で通じるわけがない」
しかし、葵の表情だけは違った。眉間に深い皺を刻み、画面を見据える。
「……北野。一度だけ耳にしたことがある。筋と覚悟を掲げとる連中やと」
葵は拳を握りしめ、空を仰ぐ。雲ひとつない夕暮れの空を、鬼のような瞳で睨む。
「任侠だろうが何だろうが、修羅原の背中は踏ませねぇ。仁義を欠いたサッカーなんざ、この修羅場では通用せん」
その声に、紅葉も遥も言葉を失った。
鬼嶋葵――修羅原の魂。彼女の仁義は、血で刻まれた鎖のようにチームを縛り上げていた。
夕闇のグラウンドに葵の咆哮が響く。
「全国は修羅場や! 命を削れ! 筋も覚悟も、その身で証明せぇ!」
その声に、部員たちが一斉に立ち上がる。倒れた紅葉さえ、血を拭って再び走り出す。
修羅の道を歩む彼女らに、躊躇という言葉はなかった。
そして、静かに幕を開ける。
任侠と修羅――二つの美学がぶつかり合う全国大会が。




