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第23話:小さな喧嘩と、本音の距離


 


――それは、本当に些細なことだった。


 


 



 


 夜。


 


 七海が帰ってきたのは、また遅い時間だった。


 


 


「ただいま」


 


 


 いつも通り。


 


 でも、どこか疲れている声。


 


 



 


「おかえり」


 


 


 俺はソファから軽く手を上げる。


 


 



 


「ご飯あるけど」


 


 


「いらない」


 


 



 


 即答。


 


 



 


 少しだけ、間が空いた。


 


 



 


「最近そればっかだな」


 


 


 ぽつりと、口に出ていた。


 


 



 


 七海が、ピタッと止まる。


 


 



 


「……何それ」


 


 



 


「いや、別に」


 


 



 


「言いたいことあるなら言えば?」


 


 



 


 空気が変わる。


 


 



 


 やばい、と思った。


 


 


 でも――


 


 



 


「いや、普通に」


 


 



 


「会ってもすぐ寝るし、話もあんましないし」


 


 



 


「なんか……」


 


 



 


「一緒にいる意味あんのかなって」


 


 



 


 言ってしまった。


 


 



 


 一瞬。


 


 


 時間が止まる。


 


 



 


「……は?」


 


 



 


 七海の声が、低くなる。


 


 



 


「それ、本気で言ってんの?」


 


 



 


「いや、そういう意味じゃ――」


 


 



 


「どういう意味?」


 


 



 


 鋭い視線。


 


 



 


「私はさ」


 


 



 


「仕事してるだけなんだけど」


 


 



 


「それで文句言われる筋合いある?」


 


 



 


 正論だった。


 


 



 


 でも――


 


 



 


「いや、文句じゃなくて」


 


 



 


「ちょっとくらい……」


 


 



 


「なんだよ」


 


 



 


「こっち見ろよ」


 


 



 


 静寂。


 


 



 


 七海の目が、揺れる。


 


 



 


 でもすぐに、そらした。


 


 



 


「……無理」


 


 



 


「今は」


 


 



 


 その一言。


 


 



 


 それが、刺さった。


 


 



 


「……そっか」


 


 



 


 俺はそれ以上、何も言えなかった。


 


 



 


 七海も、何も言わない。


 


 



 


 そのまま、寝室に入っていった。


 


 



 


 ドアが閉まる音。


 


 



 


 部屋に、静寂が残る。


 


 



 


 



 


 翌朝。


 


 


 七海はもういなかった。


 


 



 


 置き手紙もない。


 


 



 


 スマホを見る。


 


 


 メッセージもない。


 


 



 


(やらかしたな……)


 


 



 


 大学。


 


 


 講義は頭に入らない。


 


 



 


 昼休み。


 


 


 陸が声をかけてくる。


 


 


「どうした、顔死んでるぞ」


 


 



 


「ちょっとな」


 


 



 


「喧嘩?」


 


 



 


 図星。


 


 



 


「まぁ……そんな感じ」


 


 



 


 陸は少しだけ笑う。


 


 



 


「それ、普通だろ」


 


 



 


「は?」


 


 



 


「むしろ、喧嘩しない方がやばい」


 


 



 


 奏も頷く。


 


 



 


「本音言ってる証拠じゃん」


 


 



 


 その言葉が、少しだけ刺さる。


 


 



 


(本音……か)


 


 



 


 夜。


 


 


 帰宅。


 


 


 暗い部屋。


 


 



 


 でも――


 


 


 電気がついた。


 


 



 


「……え?」


 


 



 


 七海が、いた。


 


 



 


 ソファに座っている。


 


 



 


「おかえり」


 


 



 


 いつもより、小さい声。


 


 



 


「……おかえり」


 


 



 


 変な空気。


 


 



 


 沈黙。


 


 



 


 先に口を開いたのは――七海だった。


 


 



 


「……ごめん」


 


 



 


 予想外だった。


 


 



 


「え?」


 


 



 


「無理って言ったの」


 


 



 


「違う」


 


 



 


「見たくなかっただけ」


 


 



 


 視線が、少し下を向く。


 


 



 


「怖かった」


 


 



 


 その言葉。


 


 



 


 七海が、弱さを見せた。


 


 



 


「会えない時間が増えて」


 


 



 


「そのまま、離れてく気がして」


 


 



 


 俺は、何も言えなかった。


 


 



 


 七海が続ける。


 


 



 


「だから、余計に」


 


 



 


「ちゃんと向き合うの、怖かった」


 


 



 


 沈黙。


 


 



 


 俺はゆっくり近づいて――


 


 



 


 隣に座る。


 


 



 


「俺も悪かった」


 


 



 


「言い方きつかった」


 


 



 


「……うん」


 


 



 


 七海が、小さく頷く。


 


 



 


 そして――


 


 



 


 そっと、手を伸ばしてきた。


 


 



 


 恋人繋ぎ。


 


 



 


「ねぇ」


 


 



 


「ん?」


 


 



 


「ちゃんと続けるよ」


 


 



 


「この生活」


 


 



 


「何があっても」


 


 



 


 その目は、まっすぐだった。


 


 



 


 俺は、少しだけ笑って――


 


 



 


「最初からそのつもりだろ」


 


 



 


「うん」


 


 



 


 七海が、少しだけ近づく。


 


 



 


「……ちょっとだけ」


 


 



 


 そう言って――


 


 



 


 肩にもたれてきた。


 


 



 


 それだけで、全部が戻る。


 


 



 


 小さな喧嘩。


 


 


 でも――


 


 



 


 確実に、絆は深くなっていた。


 


 


――つづく



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