年の瀬の面々
カッ! カッ! カッ!
薄闇の中、弧を描くように走る剣の光。
キンッ!
「滅悪の剣」が、右後方に大きく弾かれた。
「はあっ……、はあっ……、はあっ……」
凍てつくような空気の中、キースの額には汗が流れる。
キースとシーグルトの剣の手合わせは、毎朝行われていた。
あいかわらず、シーグルトの圧勝だった。
キースは積雪の上に、身を投げ出すようにして座った。
「はあー……。なあ、シーグルトっち。俺、毎日同じみてえな負けかたなんだけど、ほんとにちょっとでも進歩してんのかなあ……?」
息を切らしながら、シーグルトに話し掛けるキース。
「……進歩ではない。まずは回復だ」
「回復、してんの? 俺」
キースは立ち上がり、体についた雪を払う。意識をしないようにしているが、胸の傷はあいかわらず痛む。普通の人間なら、耐えがたいほどの痛みだった。
シーグルトはキースの問いには答えず、キースの青い瞳をじっと見つめた。
「……お前は、早く回復したいのか?」
「ああ! もちろんだ!」
「……お前は本当に妙な男だな……」
「へ……?」
シーグルトの言葉にきょとんとするキース。
「回復したなら、ギルダウス様に命を狙われる。わかっていながら、早く回復したいと考えている。お前は、死が怖くないのか? それともまさか、自分は不死身だと思いあがっているのか?」
「死にかけたし、ちゃんと死ぬときは死ぬよ。まだちゃんと死んだことはないからわかんねーけど、やっぱ普通に考えたらいつかは死ぬよね」
この男も普通に考えることもあるんだ、とシーグルトは思った。
「お前は、死を恐れてはいないのか?」
「そりゃあ、怖いし嫌だよ。ついでに言えば、痛い目に遭うのも大怪我すんのだって嫌だよ。出来れば危険は避けたいし、苦しい思いはしたくねーよ。そーゆー趣味はないし」
どういう趣味を言ってるんだ、とシーグルトは思ったが、シーグルトは無用なツッコミはしない。
「……回復を焦るのはなぜだ」
「んー。よくわかんねーけど……。普通になにかと不便だからってのもあるし……。俺らしく出来ねーってのは、なんだか気持ち悪いし。それから、ギルダウスは『また会おう』って言ってた。それに俺の回復を待っててくれてるらしいし……。んー、でも、それだけじゃあ、ないなあ……」
キースは、ちょっと空を見上げた。チラチラと、粉雪が降り始めていた。
キースは、改めてシーグルトの金色をした瞳をまっすぐ見つめた。
「なんつーか……。俺も、またあいつと勝負をしてみたい」
キースの瞳には、強い光が宿っていた。
「そうか」
「……でも……」
キースの顔に粉雪が舞い降りると、すぐに消えた。
「『でも』?」
「やはり、殺し合いはしたくはない。だから、再び会うのは正直怖い。だから、本当は回復したくないって気持ちもある」
「……矛盾しているな」
「うん。矛盾している」
「早い回復を強く望みつつ、やはりどこかで回復を遅らせたい気持ちもあるのか」
「うん」
正直な気持ちだった。
「予言がどうとか、使命がどうとか、関係なくギルダウスとは勝負したいと思う。会いたいと思う。でも、同時に戦いたくないとも、会いたくないとも思う。自分でもよくわかんねー」
「…………」
シーグルトはただ黙ってキースを見つめる。
「……そういえば、シーグルトっちは、予言とかその辺の俺の事情とか訊いてこないね。関心ねーの?」
「ない」
シーグルトは即座にきっぱりと言い切った。
「あっそ……」
肩を落とすキース。あまりにもあからさまに関心がないと言われると少々ショックだった。
「……あまり立ち入るのは私の性分ではない」
「あ! 俺だから関わりたくないってわけじゃねーの?」
たちまちキースは顔を輝かせた。
「……お前のそのわかりやすい反応、どうにかならんのか」
「うん! どうにもなんねー! ああ、よかったー! 嫌われてんのかと思ったー!」
「…………」
別に好いてもいないぞ、とシーグルトは心の中で呟く。そもそも、シーグルトは今まで同性異性を問わず、誰かに対して好意という感情を抱くことがなかった。
シーグルトは、どうでもいいがキースの使う「シーグルトっち」って呼びかたはなんなんだ、と思う。長いし言いづらいことこの上ないと思うのだが――、でも、そこを指摘するのも面倒臭いので、シーグルトはあえてなにも言わずそのまま好きなように呼ばせている。
「よかったあ! 嫌われてさえなければそれでよし! シーグルトっち、商売人なのに、全然愛想ないからなあ! でも、俺はシーグルトっち、好きだけどねー!」
「…………」
シーグルトはキースに背を向け、さっさと赤いドラゴンに乗って立ち去ろうとしていた。
「ああ、もう行っちゃうのか」
「…………」
照れてるのかな、とキースは笑う。
「今日もありがと、またねー! シーグルトっち! あ! そういえば、今日は大晦日だねえ! じゃあ、シーグルトっち、よいお年をーっ!」
いつの間にか、年の暮れを迎えていた。
キースはドラゴンに乗って飛び去るシーグルトに大声で呼び掛け、ぶんぶんと両手を振った。カイも人の姿に戻り、シーグルトに深々と一礼した。それから、カイもシーグルトに向かって叫んだ。
「お世話になりました! 来年もよろしくお願いします!」
シーグルトは、ちらりとキースとカイのほうを振り返ったが、そのまま飛び去って行く――、ほんの少しだけ右手を上げて。
「おお! カイ! なんか嬉しいな! シーグルトっち、挨拶を返してくれてるぞ!」
「どことなく、本意じゃない感じですけどね」
カイは、きっとシーグルトは今、深いため息をついてるんだろうなあと想像した。実際、シーグルトは深いため息をついていた。
「……性分に合わん……」
首を左右に振るシーグルト。そしてまた、ため息。
「まったく……! 私らしくもないな」
シーグルトの顔には、自分でも知らず笑みがこぼれていた。
町は、様々な出店が並び、賑わいをみせていた。年末年始の挨拶をかわす声も、あちこちから聞こえてくる。
「いやあ、ほんとに今年はあっという間だったねえ!」
キースがしみじみと呟く。旅に出たときは、カイがいたとはいえ、実質一人旅だった。色々な出来事があり、様々な出会いがあり――、かけがえのない仲間たちが出来て、そして、一生愛を捧げたいと思う大切な恋人まで出来た。死にかけもしたし、今を生きているという実感も心から湧いている。それでも、過ぎ去っていく日々は、あっという間だったとキースは思う。
「本当に、密度の濃い一年でした。特に、この旅の間は……!」
ミハイルが笑う。皆もうなずいた。ドラゴンのゲオルクたちも、うんうんと派手目にうなずいた。彼らにとっても濃いらしい。
「濃すぎるな。なんだか、違う人生をもうひとつ経験しているようだ」
宗徳がそう言って笑った。とても、嬉しそうな笑顔。宗徳の笑顔を見て、皆もまた改めて笑顔になった。
「あっ! みんな! あのお店見て! なんだか面白そうだよ!」
妖精のユリエが、一軒の出店を指差した。
『素的』
その出店の店名は、「素的」のようだった。
「『すてき』!? なあに!? 『素的』って! 『素敵』じゃないの!? それとも『そてき』!?」
アーデルハイトが驚く。他の皆も見たことのない出店だった。
謎の「素的」の店主は、片目に眼帯をした、精悍な顔立ちの男だった。
「『すてき』ではない。『そてき』と読む。素麺を、欲しい景品の下に下げられている的に当てると、その景品を差し上げる。素麺を的に当てるから、略して『素的』だ」
低く、無駄に凄みのある声で店主が説明した。素麺を的に当てるゲームの店だった。まさに、「素的」。
「素敵!」
すかさずキースとユリエが瞳を輝かせた。
「一回百円だ」
「やるやるやるーっ!」
キースとユリエが前のめりになって挙手した。アーデルハイト、カイ、ミハイル、宗徳は顔を見合わせ苦笑した。
「へーえ。この細っこい麺を、自分が欲しい景品の下にある的に当てんのね」
的は、半紙に大きな丸が手書きで一つ、無造作に書かれているものだった。その大きな丸の中に当てればいいらしい。
キースは一本の素麺を手にした。ユリエも一本素麺をもらう。
「ちなみに、千円だと十回挑戦するか、もしくは素麺十本を一束にするという方法も取れるぞ」
店主がニヤリと笑みを浮かべながら説明する。怪しいこと、このうえない笑み。
キースは、景品のラインナップを眺めた。
――景品は、はたき、小さなホウキ、ぞうきん、タワシ、たすきがけの紐、はちまき、一番いいもので吸引力抜群の最新掃除機……! いずれも、年末大掃除に活躍する面々じゃないかあーっ!
麺を手にしながら「面々」と心の中で叫ぶキース。「はちまき」はあまり関係ない気がする。
「俺たち、旅をしてるから、不要なものばかり……!」
「しっ! キース! 大声で『不要』だなんて、失礼よ!」
ユリエが、キースより大声で「不要」を強調して叫んだ。
「……しからば、止めるか?」
店主が尋ねる。
「いや! 止めん! 一度決めたことはやり抜く!」
やり抜く、と言ってもそれぞれ一回だけ、百円だけの挑戦である。
「私もやるーっ! まずは、私から! 全然欲しいもの、ないけど!」
ユリエが身も蓋もない発言をしつつ、挑戦することにした。
ぽとん。
素麺は、あっけなく重力に負けた。
「キース! かたきを取って!」
「おう! 任せとけ!」
なんのかたきだかわけがわからないが、とりあえずキースは意気込む。
「どりゃあああああ!」
ぽとん。
万有引力。素麺、無念。
「……なんか、すごい騙された感が否めん……」
「否めん。麺なだけにね、いなめん……」
キースとユリエはひそひそと囁き合う。素麺一本、少し離れた的に当てるのはそもそも不可能なのではないか、今更ながらそう思う。
「ご安心召されよ! 善男善女の皆の衆! このゲームには参加特典があるのだ!」
名誉挽回とばかりに眼帯の主人が叫んだ。
「参加特典?」
「そうだ! このゲームに参加した強者は、この『年越し煮うめん』が、なんと、特別割引価格三百円で食すことが出来るのだーっ!」
「年越し煮うめん!」
店の奥の鍋から、いい匂いが漂っていた。かつおだしがきいているようだ。
「あ。参加しなかった人は、一杯四百円ね」
最初っから、「煮うめん屋」さんだったのでは――。
皆の頭には、同じツッコミが浮かんでいた。ただの客寄せ「素的」だったのでは――。
「ふうん。縁起物だし、美味しそうな匂いだし、ここでお昼ってのもいいね!」
結局、皆で揃って煮うめんを食べることにした。
「お客人の皆さん、きっと、来年はいい年になるぜ! なんたって、俺の煮うめんを食ってくれたからな!」
「うん! これは美味いねえ! おかげでいい年を迎えられそうだよ! 的は当たらなかったけどね! あ、そういえば、千円使って当たらなかった人はどうなんの? なんかサービスしてくれんの?」
キースが素朴な質問を投げる。このシステムで千円の投資は、ただただ損なだけの気がする。そもそも、煮うめんを食べたくない人にとっても、損なシステムではあるが。
「そんな太っ腹なお客人には、この最新式掃除機を、なんと千円割引でご提供! そのうえ、一杯煮うめんもサービスで付けるぞ!」
どこまでも、お得感の薄いシステムだった。
夜になると、本格的に雪が降り出した。
キースとアーデルハイトは、宿屋の廊下の窓から雪を眺めていた。他の麺麺、いや、他の面々は宿屋の部屋でそれぞれ休んでいる。
「本当に、旅に出てから色々あったなあ……」
「本当ね……」
こうやって、二人並んで大切な年の瀬のひとときを過ごせるなんて、想像も出来なかった、とキースは思う。
「皆で、ノースカンザーランドに行くぞ!」
キースが呟く。
「うん……!」
アーデルハイトは、こくんとうなずいた。
「来年は、もっといい年にしよう! そして、皆がその先の未来もずっと明るく笑って過ごせるよう、俺は必ず世界を守る……!」
「うん……」
「……アーデルハイト。俺は命をかけて、世界で一番大切な君を守るよ――」
キースは、そっとアーデルハイトの金の髪を撫でた。
そして、口づけをした。
雪は純白の輝きを放ち、静かに降り続けていた。




