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旅男!  作者: 吉岡果音
第十三章 あたたかな未来を信じて
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封印の指輪

「ババニラおばあさん、お世話になりました! 本当にありがとうございました!」


「こちらこそ、一生懸命雪かきをしてもらって、本当に助かったわあ! みんな、どうか体には気を付けて、よい旅を続けてね……!」


 一同は、強烈すぎるあだ名、「ババニラ」おばあさんの家を発ち、晴れ渡る冬空を駆ける。




 昼頃、大きな町に着いた。

 一同は、レンガ造りの洒落た外観の食堂に入ることにした。


「そういえば、アーデルハイトの誕生日っていつなんだ?」


 ギルダウスとの戦い、そして入院――、キースはアーデルハイトの誕生日をすっかり聞きそびれてしまっていた。


「あ……」


 フォークでパスタをからめたアーデルハイトの、食事の手が止まった。


「ええと……。じ、実はね……。今日、なんだ……。誕生日……」


「えええーっ! 今日っ!? なんでもっと早く言わないっ!?」


 キースは思わず叫びながらテーブルに両手をつき、身を乗り出した。


「だ、だって、キースが大変なときに……! そんなこと言ってる場合じゃないと思って……」


「『そんなこと』ってなんだよ!? めちゃくちゃ大事なことじゃないかああ!」


「キース……!」


 キースのまっすぐな言葉に嬉しくなり、頬を染めるアーデルハイト。でも、キースだって当日自己申告だった、とアーデルハイトは心の中で呟く。


「ああーっ! なんか、ごめん……! てゆーか、おめでとう! いやいや、てゆーか、今おめでとうって言っちゃうよりも、もっとこう、ちゃんとしたときにちゃんとブツを渡して、そいでそれから雰囲気作っておめでとうって計画を……」


「ブツ!?」


 アーデルハイトが聞き返す。


「あ、いや、つまり、プレゼント、な! プレゼント!」


「……キース。心の中の作戦が、全部口から出てますよ」


 カイが冷静にツッコミを入れる。


「俺の中の『極秘任務誕生日大作戦』はだな、スマートに、大人のかっこよさを醸し出しながらも、さりげなく、そして感動的に、ムーディーに、そしてそれからめくりめく……」


「めくりめく!?」


 アーデルハイトが聞き返す。思わず声が裏返ってしまった。


「い、いやいや、そんな大それたことを俺は決して考えておりませんが、しかしあわよくばという可能性も胸にそっと秘めつつ、誕生日という一大イベントに乗じて勢いで……」


「勢いで!?」


 動揺してアーデルハイトが椅子から立ち上がる。顔が真っ赤になってしまっている。


「だから、思考が全部口からダダ漏れですよ」


 カイが冷静にツッコミを入れる。呆れ顔で。


「違う違う違う! 俺はそんな下心的なものを抱いているわけではないのであります! 神聖で晴れやかなる大切な誕生日という記念日を、ただただ真心込めてお祝いしたい、ただそれだけであります! という建前で、今を生きております!」


 建前なんだ……。


 一同、心の中で総ツッコミを入れていた。


「アーデルハイト、おめでとー!」


 どんどんドツボにハマるキースを助けるために、仕切り直しとして妖精のユリエが明るくお祝いを言う。


「あ、ありがとう……」


 アーデルハイトは、赤面したままお礼を言う。


「おめでとうございます! アーデルハイトさん!」


「おめでとう、アーデルハイト殿」


「アーデルハイトさん、おめでとうございます! お祝いに、アップルパイでも追加で頼みましょうか?」


 カイ、宗徳、ミハイルも笑顔でお祝いの言葉を贈った。


「おめでとう……! アーデルハイト……!」


 なんとか体勢を立て直したキースが、ちょっとかっこつけたような低めの声でお祝いを言う。スマートなイケメンを装っているつもりのようだが、とっても今更である。

 ミハイルの提案でアップルパイが追加オーダーされた。アーデルハイトはもちろん、無類のアップルパイ好きのユリエも大喜びである。


「私、『アップルパイヤー』だから!」


 なんだその造語……。


 一同、心の中でユリエに総ツッコミを入れた。

 ちなみに、カイはリンゴ酒をいただくことにした。

 

「今日はみんなでお祝いだねーっ! あ、それは今の話ね! みんなでアップルパイとお茶を楽しんだら、後は別行動にして二人の時間を満喫してきてね! アーデルハイト、ちゃんとキースに素敵なプレゼントをおねだりするんだよー!」


「ユ、ユリエちゃん……!」


 アーデルハイトはさらに顔が真っ赤になってしまった。ついでにキースも、である。




 年末ということもあり、町は活気に満ちていた。

 早めに宿を決め、ルークたちを厩舎に預け、それぞれ町を散策することにした。

 ユリエの提案通り、キースとアーデルハイトの二人で町を歩く。カイは、剣の姿になりキースの腰の辺りに納まっている。

 人込みの中、キースとアーデルハイトは腕を組んで身を寄せ合うようにしていた。もっとも、通りが人で混雑していなくとも、二人はそうやって歩くつもりだったけれど。


「アーデルハイト。プレゼントはなにがいい?」


「ありがとう……! な、なんでもいいよ」


 なんでもいい、とアーデルハイトは答えてからハッとした――、キースのセンスは大丈夫だろうか……!

 キースの服装や持ち物のセンスは悪くなかった。でもあくまでそれは男性のファッションとして、である。女性へのセンスはどうだろう、と思った。それから、そもそも、根本的に人としてのセンスは大丈夫か!? という失礼な疑問を抱いていた。


 まさか、「こんなもの、いったい誰が買うんだろう? なんに使うものなんだろう?」、というような得体の知れない物体を選ぶのでは……!?


 アーデルハイトの心がざわつく。


「あっ! これすげえな! これなんかどう?」


 キースが雑貨屋の店先にぶら下がっていた商品を手にし、アーデルハイトに見せた。それは――。


 「新巻鮭」の抱き枕……!


 非常に年末的なチョイスだった。新巻鮭そっくりのデザインの抱き枕。キースは季節感を大切にする風流なセンスがある、とは言い切れないが。


「キ、キース! 旅をしてるんだから、大きいものはちょっと……」


「そうだなあー。ちょっとデカすぎるかあ」


 それに、なんならいつでも俺が抱き枕代わりになるよ、とキースは口走りそうになったが、かろうじてそれは踏みとどまった。あまりにそれは「スマートなイケメン」とは言えない発言である。


「私……、その……。身に着けられるものがいいなあ……」


 アーデルハイトは、頬を染めながら遠慮がちに素直な要望を述べた。


「新巻鮭のセーターか!」


「なんで新巻鮭!」


 雑貨屋の隣の洋服屋に、新巻鮭のデザインが編み込まれたセーターが飾られていた。


「服じゃなくて……。もっと……、その……、直接肌に着けるような……」


「パンツか!」


「パンツじゃない!」


 アーデルハイトの一パンチが飛んだ。「いちぱんつ、いちぱんち」の復活である。


「その……。高いものでなくていいから、ネックレスとかイヤリングとか……」


 アーデルハイトは、口に出すかどうか迷っていた。本当は、指輪が欲しい、と。


「ああ! そうか! やっぱ女性はそういうの好きなんだな!」


 アーデルハイトは思う――、女性だからジュエリーが欲しいんじゃない、と。


 キース。いつでもあなたを感じていたいから、肌に着けていられるものが欲しいんだよ。


「よし! じゃあ、宝石店に行ってみよう!」


「えっ? い、いいの……?」


「いいに決まってんじゃん!」


 そのとき、キースは思った。新巻鮭のアクセサリー、あるかなあ、と。アーデルハイトは、みじんも「新巻デザイン」を欲してはいないのだが。


「いらっしゃいませ」


 レースのあしらわれた黒のベールを被った、神秘的な雰囲気の女性が店主の宝石店だった。店主の指先や胸元、首には美しい大きな宝石が輝いている。

 ショーケースには、色々なデザインのアクセサリーが整然と並んでいた。値段も、カジュアルな物から手が届かないような金額のものまで、様々だった。

 アーデルハイトは、店に入るまではなんでもいい、と思っていたが、実際に宝石を目の前にすると、ある思いが湧いてきた。


 宝石にはそれぞれ不思議な力が宿っている。護りの作用のあるものか、魔力を増幅させるような、強い力を持つ宝石が欲しい――!

 

「なんでも気に入ったものを選んでいいよ」


 キースが男前発言をする。もちろん、あまりにも高額な品は無理であるが、アーデルハイトがそんなものを選ぶわけがない、とキースはちゃんと知っていた。


「あ……」


 アーデルハイトは、深い海のようなターコイズグリーンの宝石がついた指輪に強く惹きつけられていた。


「もしかして、お客様は――、魔法使いでいらっしゃいますか?」


 店主がアーデルハイトに微笑みかけた。


「え……? どうしておわかりになったのですか?」


「その指輪は、特別護りの力の強いものです。この指輪にお目がとまっていらっしゃるご様子、それでお客様は高い魔力をお持ちだろうと思いまして……。この指輪、強い魔力を持つだけでなく、優れた実用性もあります」


 その指輪には、値段と共に「封印の指輪」という名前が付けられていた。


「『封印の指輪』……」


「綺麗な石だなあ! アーデルハイトによく似合うよ! それ、いいんじゃないか?」


 ちょっと値の張るものであったが、買えないほどではなかった。


「あの……。なにが封印されているんですか?」


「ふふ。新巻鮭よ!」


「新巻鮭!」


 新巻鮭が封印されている指輪だった。


「封印状態なら、半永久的に日持ちします。いつでも封印を解いてすぐにお召し上がりいただけます。どうです? とても実用的な品でしょう?」


「あ、あらまき……」


 アーデルハイトは絶句した。ここにきて、まさかの新巻押しである。


「アーデルハイト! これ、とってもいいんじゃないか?」


 キースは、「新巻システム」をおおいに気に入った。


「ちょっと指にはめてみなよ!」


「え……、あ……。うん……。いいの……?」


 アーデルハイトの薬指にぴったりとはまった。


「素敵……!」


 クラシカルな装飾の指輪。石の力や新巻システムを差し引いても、とても魅力的な指輪だった。


「うん! とっても似合ってるよ!」




「アーデルハイト。誕生日、おめでとう」


「キース……! 本当にありがとう……!」


 アーデルハイトの華奢な指に、新巻システムの指輪が光り輝く。

 二人だけのテーブル。テーブルに飾られたろうそくの明かりがワイングラスに躍る。

 ディナーのメインディッシュはやっぱり――、鮭のムニエル。


「どうしても、新巻の流れに乗っちゃうなあー」


「これは、新巻じゃない鮭だけどね」


 キースとアーデルハイトは、ふふふ、と笑い合った。

 アーデルハイトの頬は、アルコールでほんのり薄紅色に上気していた。エメラルドグリーンの瞳も少し潤んでいた。とても綺麗だ、とキースはアーデルハイトの笑顔に見とれる。

 ゆっくりと時間が流れていた。ほのかに揺れる、ろうそくのオレンジ色。

 二人はとても満たされた気分で食事を終え、レストランの扉を開ける。

 外は、静かに雪が舞っていた。

 

「雪、降って来ちゃったな」


「キース」


「ん?」


「こんなに素敵なプレゼント、本当にありがとう……! でも……」


「『でも』?」


「一番嬉しいのは、キースが私の隣にいてくれること……! 高価で特別な贈り物より、それがとっても嬉しいの……!」


「アーデルハイト……!」


 キースは、アーデルハイトを強く抱きしめた。

 胸元の傷が痛んだが、そんなことはもうどうでもよかった。


「……人がいっぱい歩いているね」


「……構うもんか」


「そうだね……」


「今日は、特別な日なんだ……!」


 キースは体全体でアーデルハイトのぬくもりを、甘い香りを、息遣いを感じていた。

 アーデルハイトがこの世に生まれてきてくれたことを、出会えた奇跡を、心の底から深く感謝しながら――。

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