五百二人の店
久しぶりの大きな町に降り立つ。
「そろそろ、冬用の服を買っておいたほうがいいかもしれないな」
朝晩、冷え込むようになっていた。店も数多く立ち並ぶこの町で、冬服を購入しておいたほうがいい、ということになった。
「そういえば……。なんとなく疑問に思ってたんだが――」
キースがカイの服を引っ張る。
「これ、服だよなあ」
「ええ。服です」
「……お前、剣になるとき、どうしてるんだ?」
素朴な疑問をカイにぶつける。
「えっ……」
カイは口ごもった。
「剣の姿のとき、服はないよなあ」
「ま、まあ、そんなのいいじゃないですか。それより、あの店に……」
カイが適当にごまかそうとする。
「なあ。どうなってるんだ? お前」
キースは追及の手を緩めない。
「俺のことは、別にどうでもいいじゃないですか」
「お前のことだから気になるんだよ」
「気にしないでください」
「気になる」
答えないと、ますます気になってくる。キースは、じっとカイの瞳を見つめる。
カイは、ため息をついた。
「……脱いでます」
カイがぼそっと答える。
「え!?」
キースも他の一同も、思わず目を丸くした。
「素早く脱ぎ着してます」
「ええっ!?」
予想外のアナログな答えに、一同仰天した。
「服は脱いでたたんで邪魔にならない所に置いてます。で、人の姿になるとき、また着ます」
「えええーっ!?」
脱いで、たたんで、置いておく……!?
一同、思わず口がぽかあんと開いてしまった。
「それを素早くこなしますので、人の目にはわかりません」
「マジかっ!? 一瞬のうちに、そんなめんどくせえことやってんのか!?」
「まあ、最初からそうなので、俺は別にめんどくさくないです」
一瞬で剣に変わり、一瞬で人の姿に戻っていた。その間に実は服を脱いだり着たりしていた。しかも、服は律儀にたたむという。
「なんでそんなややこしいことになってるんだ!?」
思わずキースが叫ぶ。
「俺を作り出してくださった大魔法使いヴァルデマー様と名匠オースムン様は、リアリティを追及されるかたがたでした。人の姿の俺は、人間の男性そっくりの仕様なので、服は必須なんです」
「あれっ……」
キースが、ある大切なことに気付く。
「……その話はもういいでしょう」
カイは頬を染めていた。
「あれっ!? てことは、お前、もしかして全裸になってんの!?」
「深く追求しないでくださいっ!」
だから話したくなかったんだ、とカイは思う。
「やーらしー!」
「仕方ないでしょう! 俺はそういうシステムなんですからっ!」
俺のせいじゃない、とカイは叫びたかった。カイの顔は真っ赤だ。
「あれっ!? ルークに乗ってるとき、剣の姿になってる場合は、服はどうしてんの!?」
「……たたんでキースの荷物に入れてます」
「へええ。どこまでも素早いねえ」
キースは感心した。それから、なんだか笑いがこみ上げてくる。素早くせっせと全裸で、カイが服をたたむ姿を想像すると笑えてくる。まったくおかしな光景である。やはり正座でたたんでいるのだろうか、そんなことを考えると、ますます面白く思えてくる。
「なあ。ちょっと見せてみろ」
「嫌ですよ」
「わかるように、ゆっくりやってみろよ」
「嫌ですって」
「確かに、みんなの前では嫌だよなあ。じゃあ、みんながいないとき、こっそり見せて」
「いーやーでーす!」
「いつでもいいから。いつでも」
「いーやーでーす!」
「俺は辛抱強く待つ! なっ? いい子で待つから! だから見せて!」
わけのわからない懇願である。
「いーやーでーす!」
「気になるーっ! 見たいーっ! 見せろーっ!」
「いーやーでーす!」
「見せてーっ! カイの職人技、見せてーっ! 国宝級の匠の技―っ!」
「別に職人技じゃないですからーっ!」
そこから、カイとキースの追いかけっこが始まった。逃げるカイをキースが追いかける。ドタバタと辺りを走り回る。
「……ねえ。アーデルハイト。キースに告白したこと、後悔してない?」
妖精のユリエが、アーデルハイトにそっと尋ねる。
「……聞かないで」
アーデルハイトは赤面し、うつむいた。
キースにとって、大騒ぎの理由はなんでもいいようだ。純粋に見たいというより、ただ、ふざけ合いを楽しんでいるだけである。
「だから話したくなかったんです!」
ちなみに、他のカイのきょうだいも同じことをやっている。器用なきょうだいである。ただ、長兄のコンラードだけは、服をあちこち豪快に投げ飛ばしながら脱ぎ、そのまま散らかしっぱなしにする。
「あれ。服を着忘れてしまったようだ」
コンラードはそう言ってそのまま全裸のままで過ごすこともある。どうぞご自由にご覧ください、という勢いである。どう考えても、忘れたというより確信犯である。カイとラーシュが全力で阻止するので、閲覧可能状態が長く続くことはないが。
「お盆が近くにあってよかったです」
これは、近くのお盆でとっさに隠してあげた、ラーシュ談。
「お盆は叩くことも出来るので、万能アイテムですね」
これは、お盆でコンラードの頭を叩いた、カイの言葉である。
「コンラードお兄様、もしかして服が体に合わなくて窮屈なのかしら……? だから、着たがらないのかしら……?」
妹のセシーリアは、いつもコンラードに新しい衣装を探してあげようとしていた。ラーシュとカイは、心優しい妹にそっと教えてあげる。
「セシーリア。コンラード兄さんは、ただの変態なんだよ。だから、大丈夫」
「大丈夫なの……? それならよかった……!」
セシーリアは、明るく顔を輝かせる。
あの説明で、よかったんだろうか――。
今でもたまに、カイはそんな会話を思い出す。セシーリアは無邪気に笑っていた。
まあ、いいか――。
それより、セシーリアも全裸になる辺り、少し気にかかるが、そういう仕様なので仕方ない。
キースとドタバタ騒ぎながら、カイはふと思う。
この前のコンラード兄さんとの交信のとき、コンラード兄さんはちゃんと服を着ていたな。よかった――。長いときを経て、コンラード兄さんも少し変わったのかもしれない。
ただ単に、スノウラー山が寒かっただけである。
「ユリエちゃんも、冬服が必要よね」
アーデルハイトが呟く。でも、小さな妖精用の服なんて、売ってるんだろうか――?
それに、カイは小柄だから、カイに合う服もちょっと探すの大変かも――。
「あの店はどうでしょうか?」
ミハイルが指差した店は、オーダーメイドの洋服屋だった。
『完全オーダーメイド洋服屋です! 妖精から、巨人まで!』
看板に、ちゃんと書いてあった。
「よかったね! このお店ならユリエちゃんのお洋服も作ってもらえるわ!」
一同、店内に入ることにした。
「いらっしゃいませ」
店員は、身長が五メートルくらいある大きな男性と、十五センチくらいの身長の小さな女性だった。
「冬服のオーダーメイドですね。すぐ出来ますよ。皆さん全員分で、五十分くらいで出来ます」
五メートルの男性が説明した。
「五十分!? 早い!」
思わず一同驚く。
「うちは、大勢でやってますんで」
十五センチの女性が微笑む。
「大勢って、お二人だけなのでは……?」
不思議そうに宗徳が尋ねると、奥から身長十五センチの集団がぞろぞろ出てきた。総勢、五百人はいるだろうか。
「いらっしゃいませー! では、採寸しまーす!」
総勢五百二人の店員たちは、忙しく働く。あっという間に全員の採寸が終わり、それぞれの服の要望もメモする。
「こちらのお客様は、かっこいい冬服ですね」
キースの要望である。
「こちらのお客様は、ふんわりとした優しいイメージの冬服ですね」
アーデルハイトの要望である。
「こちらのお客様は、機能的な動きやすい服ですね」
カイの要望である。ちなみに、カイの服代はキース持ちである。
「カイの服、ちょっと面白いデザインにしてやってよ」
キースが要望に口を出す。キースが財布係なので、カイは文句を言えない。
「こちらのお客様は、アップルパイやスイーツの柄を入れたかわいいお洋服ですね」
ユリエの要望である。ちなみに、ユリエの分の代金は、アーデルハイトが出すことにした。
「こちらのお客様は、今着ているお洋服の冬バージョンですね」
宗徳は、着物を着ていた。着物の冬服をお願いした。
「こちらのお客様も、今着ているお洋服の冬バージョンですね」
ミハイルは、僧職のような特殊な服を着ていた。その冬服をお願いした。
それから、全員外套もオーダーした。雪が降っても安心である。
「皆様、お待ちの間、店内でお茶や軽食はいかがでしょうか。こちらは別料金になりますが」
店員たちが指し示したほうは、喫茶スペースになっていた。お茶や軽食だけのために来店する客も多いらしい。
「本当に、素敵なお店ね!」
お昼どきだったので、昼食をここでとることにした。
「ごはんも美味しいなあ!」
料理やお茶を楽しむと、五十分はあっという間だった。
「出来ましたー!」
五百二人が一斉に叫んだ。
「わあ! 素敵……!」
生地の材質もよく、デザインも洒落ていて、着心地がとてもよかった。縫製もしっかりしている。そして、皆の要望はきちんと反映されていた。それは、要望以上のよい仕事だった。
「ありがとうございます! これで冬が来ても安心だ!」
キースの付け加えた、カイの服の面白要素は、デザインとしての斬新さとして解釈され、結果誰の服よりもかっこよくなっていた。
「なあんだ。笑える服になるかと思ったのに! 俺のよりかっこいいじゃん!」
キースがうらやましそうにカイの服を見る。
「……笑える服ってなんなんですか」
カイはキースをちょっと睨む。でも、新しいかっこいい服を買ってもらい、内心とても嬉しく思っていた。
「ありがとうございましたー!」
五百二人が一斉にお辞儀をした。
一同、笑顔で店の外に出る。結構な金額となったが、金額以上の仕上がりなので、それぞれ心から満足していた。それに、美味しいお茶と料理でお腹も大満足だった。
「さて。冬服も準備できたし――」
キースが呟く。
「カイ! 着替えて見せてーっ!」
「嫌ですよーっ!」
「ぜーんら! ぜーんら! 匠の全裸―っ!」
「絶対見せません! 特にキースには!」
「なんで俺だけダメなんだよー!?」
「絶対絶対、嫌ですーっ!」
またドタバタ騒ぎである。
「……アーデルハイト……」
ユリエがアーデルハイトにそっと話しかける。
「なにも言わないで……」
アーデルハイトは、頬を染めうつむいて首を振った。
ミハイルと宗徳は、顔を見合わせ、肩をすくめる。
キースもカイも、走り回りながら笑った。皆も、しょうがないなあと思いつつ、くだらないやり取りを見て笑顔になる。
街路樹は落葉が進んでいる。
冬はもう少しでやってくる。




