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旅男!  作者: 吉岡果音
第九章 白く輝く季節へ
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五百二人の店

 久しぶりの大きな町に降り立つ。


「そろそろ、冬用の服を買っておいたほうがいいかもしれないな」


 朝晩、冷え込むようになっていた。店も数多く立ち並ぶこの町で、冬服を購入しておいたほうがいい、ということになった。


「そういえば……。なんとなく疑問に思ってたんだが――」


 キースがカイの服を引っ張る。


「これ、服だよなあ」


「ええ。服です」


「……お前、剣になるとき、どうしてるんだ?」


 素朴な疑問をカイにぶつける。


「えっ……」


 カイは口ごもった。


「剣の姿のとき、服はないよなあ」


「ま、まあ、そんなのいいじゃないですか。それより、あの店に……」


 カイが適当にごまかそうとする。


「なあ。どうなってるんだ? お前」


 キースは追及の手を緩めない。


「俺のことは、別にどうでもいいじゃないですか」


「お前のことだから気になるんだよ」


「気にしないでください」


「気になる」


 答えないと、ますます気になってくる。キースは、じっとカイの瞳を見つめる。

 カイは、ため息をついた。


「……脱いでます」


 カイがぼそっと答える。


「え!?」


 キースも他の一同も、思わず目を丸くした。


「素早く脱ぎ着してます」


「ええっ!?」


 予想外のアナログな答えに、一同仰天した。


「服は脱いでたたんで邪魔にならない所に置いてます。で、人の姿になるとき、また着ます」


「えええーっ!?」


 脱いで、たたんで、置いておく……!?


 一同、思わず口がぽかあんと開いてしまった。


「それを素早くこなしますので、人の目にはわかりません」


「マジかっ!? 一瞬のうちに、そんなめんどくせえことやってんのか!?」


「まあ、最初からそうなので、俺は別にめんどくさくないです」


 一瞬で剣に変わり、一瞬で人の姿に戻っていた。その間に実は服を脱いだり着たりしていた。しかも、服は律儀にたたむという。


「なんでそんなややこしいことになってるんだ!?」


 思わずキースが叫ぶ。


「俺を作り出してくださった大魔法使いヴァルデマー様と名匠オースムン様は、リアリティを追及されるかたがたでした。人の姿の俺は、人間の男性そっくりの仕様なので、服は必須なんです」


「あれっ……」


 キースが、ある大切なことに気付く。


「……その話はもういいでしょう」


 カイは頬を染めていた。


「あれっ!? てことは、お前、もしかして全裸になってんの!?」


「深く追求しないでくださいっ!」


 だから話したくなかったんだ、とカイは思う。


「やーらしー!」


「仕方ないでしょう! 俺はそういうシステムなんですからっ!」


 俺のせいじゃない、とカイは叫びたかった。カイの顔は真っ赤だ。


「あれっ!? ルークに乗ってるとき、剣の姿になってる場合は、服はどうしてんの!?」


「……たたんでキースの荷物に入れてます」


「へええ。どこまでも素早いねえ」


 キースは感心した。それから、なんだか笑いがこみ上げてくる。素早くせっせと全裸で、カイが服をたたむ姿を想像すると笑えてくる。まったくおかしな光景である。やはり正座でたたんでいるのだろうか、そんなことを考えると、ますます面白く思えてくる。


「なあ。ちょっと見せてみろ」


「嫌ですよ」


「わかるように、ゆっくりやってみろよ」


「嫌ですって」


「確かに、みんなの前では嫌だよなあ。じゃあ、みんながいないとき、こっそり見せて」


「いーやーでーす!」


「いつでもいいから。いつでも」


「いーやーでーす!」


「俺は辛抱強く待つ! なっ? いい子で待つから! だから見せて!」


 わけのわからない懇願である。


「いーやーでーす!」


「気になるーっ! 見たいーっ! 見せろーっ!」


「いーやーでーす!」


「見せてーっ! カイの職人技、見せてーっ! 国宝級の匠の技―っ!」


「別に職人技じゃないですからーっ!」


 そこから、カイとキースの追いかけっこが始まった。逃げるカイをキースが追いかける。ドタバタと辺りを走り回る。


「……ねえ。アーデルハイト。キースに告白したこと、後悔してない?」


 妖精のユリエが、アーデルハイトにそっと尋ねる。


「……聞かないで」


 アーデルハイトは赤面し、うつむいた。

 キースにとって、大騒ぎの理由はなんでもいいようだ。純粋に見たいというより、ただ、ふざけ合いを楽しんでいるだけである。

 

「だから話したくなかったんです!」


 ちなみに、他のカイのきょうだいも同じことをやっている。器用なきょうだいである。ただ、長兄のコンラードだけは、服をあちこち豪快に投げ飛ばしながら脱ぎ、そのまま散らかしっぱなしにする。


「あれ。服を着忘れてしまったようだ」


 コンラードはそう言ってそのまま全裸のままで過ごすこともある。どうぞご自由にご覧ください、という勢いである。どう考えても、忘れたというより確信犯である。カイとラーシュが全力で阻止するので、閲覧可能状態が長く続くことはないが。


「お盆が近くにあってよかったです」


 これは、近くのお盆でとっさに隠してあげた、ラーシュ談。


「お盆は叩くことも出来るので、万能アイテムですね」


 これは、お盆でコンラードの頭を叩いた、カイの言葉である。


「コンラードお兄様、もしかして服が体に合わなくて窮屈なのかしら……? だから、着たがらないのかしら……?」


 妹のセシーリアは、いつもコンラードに新しい衣装を探してあげようとしていた。ラーシュとカイは、心優しい妹にそっと教えてあげる。


「セシーリア。コンラード兄さんは、ただの変態なんだよ。だから、大丈夫」


「大丈夫なの……? それならよかった……!」


 セシーリアは、明るく顔を輝かせる。


 あの説明で、よかったんだろうか――。


 今でもたまに、カイはそんな会話を思い出す。セシーリアは無邪気に笑っていた。


 まあ、いいか――。


 それより、セシーリアも全裸になる辺り、少し気にかかるが、そういう仕様なので仕方ない。

 キースとドタバタ騒ぎながら、カイはふと思う。


 この前のコンラード兄さんとの交信のとき、コンラード兄さんはちゃんと服を着ていたな。よかった――。長いときを経て、コンラード兄さんも少し変わったのかもしれない。


 ただ単に、スノウラー山が寒かっただけである。




「ユリエちゃんも、冬服が必要よね」


 アーデルハイトが呟く。でも、小さな妖精用の服なんて、売ってるんだろうか――?


 それに、カイは小柄だから、カイに合う服もちょっと探すの大変かも――。


「あの店はどうでしょうか?」


 ミハイルが指差した店は、オーダーメイドの洋服屋だった。


『完全オーダーメイド洋服屋です! 妖精から、巨人まで!』


 看板に、ちゃんと書いてあった。


「よかったね! このお店ならユリエちゃんのお洋服も作ってもらえるわ!」


 一同、店内に入ることにした。


「いらっしゃいませ」


 店員は、身長が五メートルくらいある大きな男性と、十五センチくらいの身長の小さな女性だった。


「冬服のオーダーメイドですね。すぐ出来ますよ。皆さん全員分で、五十分くらいで出来ます」


 五メートルの男性が説明した。


「五十分!? 早い!」


 思わず一同驚く。


「うちは、大勢でやってますんで」


 十五センチの女性が微笑む。


「大勢って、お二人だけなのでは……?」


 不思議そうに宗徳が尋ねると、奥から身長十五センチの集団がぞろぞろ出てきた。総勢、五百人はいるだろうか。


「いらっしゃいませー! では、採寸しまーす!」


 総勢五百二人の店員たちは、忙しく働く。あっという間に全員の採寸が終わり、それぞれの服の要望もメモする。


「こちらのお客様は、かっこいい冬服ですね」


 キースの要望である。


「こちらのお客様は、ふんわりとした優しいイメージの冬服ですね」


 アーデルハイトの要望である。


「こちらのお客様は、機能的な動きやすい服ですね」


 カイの要望である。ちなみに、カイの服代はキース持ちである。


「カイの服、ちょっと面白いデザインにしてやってよ」


 キースが要望に口を出す。キースが財布係なので、カイは文句を言えない。


「こちらのお客様は、アップルパイやスイーツの柄を入れたかわいいお洋服ですね」


 ユリエの要望である。ちなみに、ユリエの分の代金は、アーデルハイトが出すことにした。


「こちらのお客様は、今着ているお洋服の冬バージョンですね」


 宗徳は、着物を着ていた。着物の冬服をお願いした。


「こちらのお客様も、今着ているお洋服の冬バージョンですね」


 ミハイルは、僧職のような特殊な服を着ていた。その冬服をお願いした。

 それから、全員外套もオーダーした。雪が降っても安心である。


「皆様、お待ちの間、店内でお茶や軽食はいかがでしょうか。こちらは別料金になりますが」


 店員たちが指し示したほうは、喫茶スペースになっていた。お茶や軽食だけのために来店する客も多いらしい。


「本当に、素敵なお店ね!」


 お昼どきだったので、昼食をここでとることにした。


「ごはんも美味しいなあ!」


 料理やお茶を楽しむと、五十分はあっという間だった。


「出来ましたー!」


 五百二人が一斉に叫んだ。


「わあ! 素敵……!」


 生地の材質もよく、デザインも洒落ていて、着心地がとてもよかった。縫製もしっかりしている。そして、皆の要望はきちんと反映されていた。それは、要望以上のよい仕事だった。


「ありがとうございます! これで冬が来ても安心だ!」


 キースの付け加えた、カイの服の面白要素は、デザインとしての斬新さとして解釈され、結果誰の服よりもかっこよくなっていた。


「なあんだ。笑える服になるかと思ったのに! 俺のよりかっこいいじゃん!」


 キースがうらやましそうにカイの服を見る。


「……笑える服ってなんなんですか」


 カイはキースをちょっと睨む。でも、新しいかっこいい服を買ってもらい、内心とても嬉しく思っていた。


「ありがとうございましたー!」


 五百二人が一斉にお辞儀をした。


 一同、笑顔で店の外に出る。結構な金額となったが、金額以上の仕上がりなので、それぞれ心から満足していた。それに、美味しいお茶と料理でお腹も大満足だった。


「さて。冬服も準備できたし――」


 キースが呟く。


「カイ! 着替えて見せてーっ!」


「嫌ですよーっ!」


「ぜーんら! ぜーんら! 匠の全裸―っ!」


「絶対見せません! 特にキースには!」


「なんで俺だけダメなんだよー!?」


「絶対絶対、嫌ですーっ!」


 またドタバタ騒ぎである。


「……アーデルハイト……」


 ユリエがアーデルハイトにそっと話しかける。


「なにも言わないで……」


 アーデルハイトは、頬を染めうつむいて首を振った。

 ミハイルと宗徳は、顔を見合わせ、肩をすくめる。

 キースもカイも、走り回りながら笑った。皆も、しょうがないなあと思いつつ、くだらないやり取りを見て笑顔になる。

 街路樹は落葉が進んでいる。

 冬はもう少しでやってくる。


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