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旅男!  作者: 吉岡果音
第八章 実りの季節
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第55話 いちゃいちゃ推進デー

 地底から、現れる影。それは、異形の――。

 ハッとした。視界に入る、見慣れたテントの天井。


 よかった。夢……。


 魔族が現れようとする、悪夢だった。

 テントの中はまだ暗かったが、アーデルハイトは目を覚ます。うっすらと額に汗がにじみ、自分の鼓動が大きく響くようだった。

 皆でリス宅に向かい、ミハイルが一人でいたとき、ミハイルは偶然魔族に遭遇したのだという。友好的な魔族だったとのこと、ミハイルに危険はなかったが、もしもを考えると、ぞっとする。その危機感と恐怖心から悪夢を見てしまったのだろうと、アーデルハイトは振り返る。

 

 本当によかった……。


 改めて、ミハイルの無事に胸をなでおろす。

 緊張で固くなった体を伸ばし、もう一度眠りにつこうとした、そのとき。


 ああっ! しまった――!


 アーデルハイトの思考は、まったくあさっての方向へ飛ぶ。


 キースに甘えそびれたーっ!


 告白から、なんの進展もない。

 夜は夜で、自分のテントに黒ウサギが来た嬉しさで、黒ウサギと妖精のユリエと、遊んでから普通に就寝してしまった。


 夜! 夜は二人きりで過ごせるチャンスなのに! これじゃあ、今までと変わらないじゃないーっ!


 アーデルハイトは、ころんと横向きになる。


 あーあ。もっと、いちゃいちゃしたいなあー。


 キースの自分への接しかたも、今までとあまり変わりがない。告白とはなんだったのか、小さなため息が出る。


 移動中や、みんなと一緒のときは今まで通りでいい。別に急いで次の段階に進みたいわけじゃない。でも、でも、もうちょっとなんか……。


 もうちょっと、友だちじゃないトクベツな感じで語り合いたい、そんなことを思う。

 アーデルハイトは、隣ですやすやと眠っている黒ウサギを、手元に引き寄せた。


 ぎゅうっ。


 アーデルハイトは、黒ウサギを抱きしめる。


 ぐえっ!?


 寝ているところをいきなり抱きしめられ、黒ウサギはジタバタする。


 今日は! 今日こそは、もうちょっと頑張ろう!


 アーデルハイトは密かに誓う。もうちょっと、これから始まる今日という日を、きらきらした特別な日にしよう、と。

 黒ウサギはアーデルハイトの腕の中でもがく。そんなことはおかまいなしに、アーデルハイトは夢見る乙女のように瞳を輝かせる。


 今日は、いちゃいちゃ推進デー!


 勝手に決めた。本日は、「いちゃいちゃ推進デー」らしい。




「朝だよー! 起きようー!」


 妖精のユリエが、アーデルハイトの肩を揺らす。


「えっ!?」


 一瞬、どういうことかわからなかった。さっき目覚めたときに、起きたつもりだったのだ。実際は、黒ウサギをしっかり抱きしめながら二度寝してしまっていた。


「あれっ!? 私、寝てたの……!?」


「うん! 寝てた、寝てた。アーデルハイト、全然起きないんだもんー」


 えええーっ!


 抱えていた黒ウサギを放り出し、アーデルハイトは素早く身支度を整え外に出る。美味しそうな匂いが、漂っている。


「おはようございます」


 早起きしていたミハイルが、皆の朝食の準備をしていた。ミハイルの前、湯気を立てている鍋は、森で採った野草たっぷりのスープだった。


「おはよう、ミハイル。ごめん! 寝坊しちゃった!」


「アーデルハイトさん、大丈夫です。僕が早起きしすぎただけですから」


 ミハイルの爽やかな笑顔が、眩しい。


 ミハイル、女子力高すぎだよー!

 

「ミハイル……、キースたちは……?」


 もしかして、もうとっくに起きたのだろうか。自分が一番遅く起きたのだろうか。恥ずかしくなってきた。


「キースとカイさん、宗徳さんは、それぞれ森の奥に行きました。なにか体を動かしたいみたいですよ」


「ああ……。そう……。みんなとっくに起きてたのね」


 一人だけ、朝寝坊。なんとなく決まりが悪い。表情が曇るアーデルハイトの足元、ぴょこん、となにかが跳ねてきた。

 黒ウサギだ。


「おかげで安全に過ごせた。本当にありがとう」


 黒ウサギは、ユリエ、アーデルハイト、ミハイルに、深々と頭を下げた。

 そして、キース、カイ、宗徳にもよろしくお伝えください、礼儀正しくそう告げて、アーデルハイトたちが見送る中、黒ウサギは森の奥へ帰っていった。


「そろそろ、朝ごはんにしますか! 僕、宗徳さんを呼んできます。アーデルハイトさんは、キースとカイさんを呼んできてください」


 ミハイルのスープが完成したらしい。ミハイルの話では、宗徳は西のほう、キースとカイは東のほうへ行ったのだという。


「うん。わかった。私、キースとカイを呼んでくるね」


 アーデルハイトは、ミハイルの教えてくれたほうへ向かう。


「私、鍋を見てるねー!」


 ユリエが火の番をすることになった。ついでにこっそり味見という名の盗み食いをするつもりである。




 木々の間に朝日が差し込む。ひんやりとした空気が心地よい。アーデルハイトは、赤や黄色の落ち葉を踏みしめながら歩く。色とりどりの自然の絨毯である。


「キースーッ! カイーッ! ごはん、できたんだってーっ!」


 ガサガサッ!


「きゃっ!?」


 心臓が止まるかと思った。木の枝が揺れたかと思ったら、目の前に、キースが逆さまになって現れたのだ。キースは、木の枝に足だけをひっかけてぶら下がっている。


「おはよー、アーデルハイト! 気持ちのいい朝だなっ」


「ちょっと! びっくりした……! なにやって……」


 ガサガサッ!


「きゃっ!?」


 またまた不意打ち。今度は、前方の落ち葉の吹き溜まりになったところから、カイが現れた。落ち葉の中に隠れていたらしい。


「おはようございます。アーデルハイトさん。気持ちのいい朝です」


 二人とも、あまり気持ちのよい登場方法ではない。


「なっ、なにをやってたの!? 二人とも!?」


 キースが、にかっと笑い、その場で一回転をし、それから地面に降りる。


「朝の鍛錬をしてたんだ! カイにも付き合ってもらってた。どうしても、魔族のことが気になってね……」

 

  いったい、どんな鍛錬をしてたんだ、とアーデルハイトは思ったが、方法については追究しないでおこうと思った。


「昨日は眠れた?」


 キースがアーデルハイトに尋ねる。


「う、うん。眠れたよ。ついうっかり、寝坊しちゃった……」


 ちょっとうつむき、アーデルハイトは答える。


 みんなが危機感を持って鍛錬してるっていうのに……。


 自分を恥じる。しかし、アーデルハイトの中で、むくむくと違う思いも湧いてきた。


 いちゃいちゃ推進デーのはずなのに、出だしからなんだか失敗だよ……。


 ちょっと不謹慎かもしれない。それでも、正直そんな思いもあった。

 意図せず、ため息が出る。


「眠れたならよかった! ああ、そうだ! さっき、リスの一家に会ったよ! いっぱいどんぐりを集めてたよ」


 当のキースは、アーデルハイトのかすかなため息にまったく気付いていないようだ。


「そ、そう……。それはよかったわ。あ、さっき黒ウサギが、帰っていったよ。キースとカイ、宗徳にもよろしくって」


 アーデルハイトは、笑ってみせた。それから、ふと思う。雰囲気は、悪くない。今、森の中にはキースとカイと自分の三人だけ。もしかしたら、今が「いちゃいちゃするチャンス」なのではないか――。


 カイがいるけど……、でも、いちゃいちゃタイムに……!


 そうだ、いつも通りの朝だけど、キースの笑顔を見れて嬉しいよ、そんな素直な気持ちを伝えようと、アーデルハイトは決意する。

 照れくさいけど、思いきってキースに話しかけようとしたとき、キースはカイのほうを向いていた。


「カイー。お前葉っぱだらけだぞー」


 カイの頭や体には、落ち葉がたくさんついていた。キースは笑いながら、カイの頭や体についた葉っぱをはらってあげる。


「ありがとうございま……」


 カイがお礼を言い終わらないうちに、キースはカイの顔に向け、すくいあげた落ち葉を放り投げる。


「もー! キースはなにするんですかーっ!」


「ははは! スキありーっ!」


「もーっ! さっき言ったお礼、取り消します!」


 アーデルハイトは、キースとカイのやり取りをぼんやり見つめる。


 ああ……! ちょっといいかも……。これもある種の「いちゃいちゃ」だ――!


 自分がされたら絶対怒るだろうが、とりあえず、アーデルハイトには、カイがうらやましく思えた。繰り返し言うが、絶対怒るはずだが。


 私も、葉っぱでものせてみる……?


 いやいや、とアーデルハイトは首を振る。まるでそれじゃ、ばかみたいだ、と思う。

 キースとカイは、落ち葉をかけあって遊んでいる。二人とも、もう葉っぱだらけだ。


「くらえーっ!」


「やりましたねーっ!」


 落ち葉をかき集めては、ぶつけ合う。まるで子どもみたいなふざけ合い。


「……じゃなくてっ! 二人とも、ふざけてる場合じゃないわよっ! みんな待ってると思うから、戻ろうっ! ごはんよっ!」


「……はーい」


 仲よく揃って返事をする、キースとカイ。仕かけたのはキースだが、ついのってしまうのがカイである。キースとカイは、それぞれ自分の体の葉っぱを落としながら、ちょっぴり悪ふざけが過ぎたと反省している様子。


 これじゃ、お母さんみたいだ……。


 アーデルハイトは、朝の誓いからどんどん遠のく現実に落胆する。「きらきらした恋人同士らしい一日」とはとても思えない一日の始まり。


 まあ、キースの、そーゆー子どもっぽいところも含めて好きになったんだから、しょうがないよね。


 アーデルハイトは、苦笑する。


 自分だけ、急いで空回りしてもしょうがない。キースはキースだし、私は私。二人で一緒にいられる一瞬一瞬を、大切にできたら、それでいいよね――。


 他の恋人たちみたいにいかなくてもいい、誰もが胸をときめかすような恋愛にならなくてもいい。二人なりの、二人だけの関係を大切に築き上げていこう、アーデルハイトはそう思った。

 

「ああっ!?」


 キースが変な声を上げた。前のほうを指差している。


「どうしたんです? キース」


 カイが尋ねる。カイもアーデルハイトも、キースの指差す先を見た。


「ああっ!」


 カイもアーデルハイトも思わず叫んだ。キースが指差す先にいたのは――。

 頭に葉っぱをのせた――、アーデルハイトだった。


「アーデルハイト!?」


 キースが叫ぶ。


「私!?」


 アーデルハイトも叫んだ。


「アーデルハイトさんが……、二人……!」


 カイも叫んだ。


「……私! ア、アーデルハイト!」


 頭に葉っぱをのせたアーデルハイトも、叫んだ。


 ちょろん。


 ん……!?


 葉っぱをのせたアーデルハイトのお尻から、太い黄金色の尻尾が現れた。


 キツネだ……!


 それはどう見ても、キツネの尻尾だった。

 ここは、アーデルハイトの張った結界からは外れているので、お肉大好きなキツネも入ってこられるようだ。

 キースは、くすっと笑う。キースも、正体がキツネだとわかっているようだ。


「……アーデルハイト」


 キースは、キツネのアーデルハイトに話しかける。


「はい!」


 キツネは、「アーデルハイト」と呼ばれ、嬉しそうに顔を輝かせた。変身がうまくいったのだと確信し、嬉しかったようだ。


「……頭に、葉っぱがついてるよ」


 キースは、優しくそう言いながら、キツネの葉っぱを、そうっとはらった。

 ひらり、葉っぱが地面に舞い降りる。たちまち、キツネの姿に戻った。子ギツネだった。

 子ギツネは、自分の変身が解かれたことに驚き、目を丸くし固まってしまった。

 キースは身を屈め、子ギツネに笑いかける。


「ははは! うまいもんだねえ! まるで瓜二つだったよ!」


 子ギツネは、不思議そうな顔で、じっとキースを見つめる。正体がばれて、怒られる、と思ったに違いない。しかし、目の前の人間は、優しそうな瞳でただ見つめている――。


「でも、人間相手に化けるのはやめておきなよ。人間に関わると、ひどい目に合うこともあるからね」


 キースは、子ギツネの頭を撫でる。


「じゃあね。元気でな! 天才キツネさん! アーデルハイトは美人だから、化け甲斐があっただろー?」


 子ギツネは、うなずくような素振りをしてから、たたっと駆けて行った。心なしか、その足取りはどこか誇らしげで、嬉しそうに見えた。

 アーデルハイトは、赤面していた。


 もう! キースったら……!


 はらり。


 一枚、黄金色の葉が枝から舞い降りる。黄金色の葉は、アーデルハイトの頭の上に落ちた。


「こっちのアーデルハイトは、なにに化けるのかな……?」


 笑いながら、キースはアーデルハイトの頭の上の葉を取ってあげた。


「……化けたりなんか……、しないもん」


 アーデルハイトは、キースの腕に自分の腕をからめた。


 しいていえば、「かわいい恋人」に化ける……、かな?


 キースはちょっとびっくりした顔になったが、すぐに、きりっとした顔に変化した。俺は大人のイケメンなんです、そして俺たちは、恋人同士だから当然なんです、これが自然なんです、といっているかのよう。耳まで、まっ赤なのは隠せていないが――。

 カイは、くすっ、と笑っていた。

 

「さっ! 戻ろっ!」


 アーデルハイトは、明るく声を上げた。隣を歩くカイも、微笑んでいる。朝日が、きらきらしていた。


 やっぱり今日は、いちゃいちゃ推進デー!


「ふふふ!」


 アーデルハイトは、いたずらっぽく笑った。


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