いちゃいちゃ推進デー
日の出前、アーデルハイトはテントの中で目を覚ます。
ああっ! しまった――!
アーデルハイトは、独り残念に思う。
キースに甘えそびれたーっ!
ついうっかり、昨日は普通の一日を過ごしてしまった。
自分のテントに黒ウサギが来てくれて、つい嬉しくて、黒ウサギと遊んでから普通に就寝してしまった。
夜! 夜は二人きりで過ごせるチャンスなのに! これじゃあ、今までと変わらないじゃないーっ!
アーデルハイトは、ころんと寝返りを打つ。
あーあ。もっと、いちゃいちゃしたいなあー。
キースの自分への接しかたも、今までとあまり変わりがない。
移動中や、みんなと一緒のときはしょうがない。でも、でも、もうちょっとなんか……。
もっと、恋人同士らしい時間を過ごしたい。アーデルハイトは隣で眠っている黒ウサギを手元に引き寄せた。
ぎゅうっ。
アーデルハイトは黒ウサギを抱きしめる。
ぐえっ!?
寝ているところをいきなり抱きしめられ、黒ウサギはジタバタする。
今日は! 今日こそは、もうちょっと頑張ろう!
アーデルハイトは密かに誓う。もうちょっと、これから始まる今日という日をきらきらした特別な日にしよう、と。
黒ウサギはアーデルハイトの腕の中でもがく。そんなことはおかまいなしに、アーデルハイトは夢見る乙女のように瞳を輝かせる。
今日は、いちゃいちゃ推進デー!
勝手に決めた。本日は、「いちゃいちゃ推進デー」らしい。
「朝だよー! 起きようー!」
妖精のユリエが、アーデルハイトの肩を揺らす。
「えっ!?」
アーデルハイトが目を覚ます。さっき、早く目が覚めすぎて、黒ウサギをしっかり抱きしめながら二度寝してしまっていたのだ。
「あれっ!? 私、寝てたの……!?」
「うん! 寝てた、寝てた。アーデルハイト、全然起きないんだもんー」
えええーっ!
黒ウサギを放り出し、アーデルハイトは素早く身支度を整え外に出る。
「おはようございます」
早起きしていたミハイルが、皆の朝食の準備をしていた。ミハイルがかき回している鍋は、森で採った野草たっぷりのスープだった。
「おはよう、ミハイル! ごめん! 寝坊しちゃった!」
「アーデルハイトさん、大丈夫です。僕が早起きしすぎただけですから」
ミハイルの爽やかな笑顔が眩しい。スープの美味しそうな香りが辺り一面漂う。
ミハイル、女子力高すぎだよー!
「ミハイル……、キースたちは……?」
もしかして、もうとっくに起きたのだろうか。自分が一番遅く起きたのだろうか。
「キースとカイさん、宗徳さんは、それぞれ森の奥に行きました。なにか体を動かしたいみたいですよ」
「ああ……。そう……。みんなとっくに起きてたのね」
なんとなく、アーデルハイトは決まりが悪い。
「そろそろ、朝ごはんにしますか! 僕、宗徳さんを呼んできます。アーデルハイトさんは、キースとカイさんを呼んできてください」
宗徳は西のほう、キースとカイは東のほうへ行ったらしい。
「うん。わかった! 私、キースとカイを呼びに行くね!」
「私、鍋を見てるねー!」
ユリエが火の番をすることになった。ついでにこっそり味見という名の盗み食いをするつもりである。
木々の間に朝日が差し込む。ひんやりとした空気が心地よい。アーデルハイトは、赤や黄色の落ち葉を踏みしめながら歩く。色とりどりの自然の絨毯である。
「キースーッ! カイーッ! ごはん、出来たんだってーっ!」
ガサガサッ!
「きゃっ!?」
目の前に、キースが逆さまになって現れた。木の枝に足だけをひっかけてぶら下がっているのである。
「おはよー、アーデルハイト! いい朝だねー!」
ガサガサッ!
「きゃっ!?」
落ち葉の吹き溜まりになったようなところから、カイが現れた。落ち葉の中に隠れていたらしい。
「おはようございます。アーデルハイトさん。気持ちのいい朝です」
二人とも、あまり気持ちのよい登場方法ではない。
「なっ、なにをやってたの!? 二人とも!?」
キースが枝で一回転をしてから地面に降りる。
「朝のトレーニングをしてたんだ! カイにも付き合ってもらってた」
いったい、どんなトレーニングをしてたんだ、とアーデルハイトは思ったが、そこは追究しないでおこうと思った。
「昨日は眠れた?」
キースが笑顔でアーデルハイトに尋ねる。
「う、うん。眠れたよ。眠れ過ぎて、つい寝坊しちゃった……」
恥ずかしそうにアーデルハイトは答える。
いちゃいちゃ推進デーのはずなのに、出だしからなんだか失敗だよ……。
アーデルハイトは、一人ため息をつく。
「眠れたならよかった! ああ、そうだ! さっき、リスの一家に会ったよ! いっぱいどんぐりを集めてたよ」
キースは、アーデルハイトのかすかなため息にまったく気付いていない。
「そ、そう……。それはよかった!」
アーデルハイトは笑ってみせた。それから、ふと思う。今、森の中にはキースとカイと自分の三人だけ。もしかしたら、今がいちゃいちゃ出来るチャンスなのではないか――、そんな考えが浮かんできた。
「カイー。お前葉っぱだらけだぞー」
カイの頭や体には、落ち葉がたくさんついていた。キースは笑いながら、カイの頭や体についた葉っぱをはらってあげる。
「ありがとうございま……」
カイがお礼を言い終わらないうちに、キースはカイの頭をめちゃくちゃに撫で、髪をぐしゃぐしゃにする。
「もー! キースはなにするんですかーっ!」
「ははははは! スキありーっ!」
「もーっ! さっき言ったお礼、取り消します!」
アーデルハイトは、キースとカイのやり取りをぼんやり見つめる。
ああ……! いいかも……。 髪を触ったりして……。これもある種の「いちゃいちゃ」だ――!
自分がされたら絶対怒るだろうが、とりあえず、アーデルハイトには、カイがうらやましく思えた。
私も、葉っぱでも載せてみる……?
いやいや、とアーデルハイトは首を振る。まるでそれじゃばかみたいだ、と思う。
キースとカイは、落ち葉をかけあって遊んでいる。二人とも、葉っぱだらけだ。
「くらえーっ!」
「やりましたねーっ!」
落ち葉をかき集めては、ぶつけ合う。まるで子どもみたいなふざけ合い。
「……じゃなくてっ! 二人とも、ふざけてる場合じゃないわよっ! みんな待ってると思うから、戻ろうっ! ごはんよっ!」
「……はーい」
仲良く揃って返事をする。仕掛けたのはキースだが、カイもつい夢中になっていた。キースとカイは、それぞれ自分の体の葉っぱを落としながら、ちょっぴり悪ふざけが過ぎたと反省している様子。
これじゃ、お母さんみたいだ……。
アーデルハイトは、朝の誓いからどんどん遠のく現実に落胆する。「きらきらした恋人同士らしい一日」とはとても思えない一日の始まりである。
まあ、キースの、そーゆー子どもっぽいところも含めて好きになったんだから、しょうがないよね。
アーデルハイトは苦笑する。
自分だけ、急いで空回りしてもしょうがない。キースはキースだし、私は私。二人で一緒にいられる一瞬一瞬を、大切に出来たら、それでいいよね――。
他の恋人たちみたいにいかなくてもいい、誰もが胸をときめかすような恋愛にならなくてもいい、二人なりの、二人だけの関係を大切に築き上げていこう、アーデルハイトはそう思った。
「ああっ!?」
キースが変な声を上げた。前のほうを指差している。
「どうしたんです? キース」
カイが尋ねる。カイもアーデルハイトも、キースの指差す先を見た。
「ああっ!」
カイもアーデルハイトも思わず叫んだ。キースが指差す先にいたのは――。
頭に葉っぱを載せた――、アーデルハイトだった。
「アーデルハイト!?」
キースが叫ぶ。
「私!?」
アーデルハイトも叫んだ。
「アーデルハイトさんが……、二人……!」
カイも叫んだ。
「……私! ア、アーデルハイト!」
頭に葉っぱを載せたアーデルハイトも、叫んだ。
ちょろん。
ん……!?
葉っぱを載せたアーデルハイトのお尻から、太い黄金色の尻尾が現れた。
キツネだ……!
キツネの尻尾だった。
ここは、アーデルハイトの張った結界からは外れているので、お肉大好きなキツネも入ってこられるようだ。
キースは、くすっと笑った。
「……アーデルハイト」
キースは、キツネのアーデルハイトに話しかける。
「はい!」
キツネは、「アーデルハイト」と呼ばれ、嬉しそうに顔を輝かせた。変身がうまくいったのだと思い、嬉しかったようだ。
「……頭に、葉っぱがついてるよ」
キースは、優しくそう言いながら、キツネの葉っぱを、そうっとはらった。
「こーん!」
たちまち、キツネに戻った。子ギツネだった。
「ははは! うまいもんだねえ! まるで瓜二つだったよ!」
「こ……ん……?」
子ギツネは、不思議そうな顔でキースを見つめる。正体がばれて、怒られる、と思ったのだ。しかし、目の前の人間は、優しそうな瞳で自分を見つめている。
「でも、人間相手に化けるのはやめておきなよ。人間をだますと、ひどい目に合うからね」
キースは子ギツネの頭を撫でる。
「じゃあね。元気でな! 天才キツネさん! アーデルハイトは美人だから、化け甲斐があっただろー?」
アーデルハイトは、赤面した。
もう! キースったら……!
はらり。
一枚、黄金色の葉が枝から舞い降りる。黄金色の葉は、アーデルハイトの頭の上に落ちた。
「こっちのアーデルハイトは、なにに化けるのかな……?」
笑いながら、キースはアーデルハイトの頭の上の葉を取ってあげた。
「……化けたりなんか……しないもん」
アーデルハイトは、キースの腕に自分の腕をからめた。
しいていえば、「かわいい恋人」に化ける……かな?
キースはちょっとびっくりした顔になったが、急いで動揺してないふりをした。俺たちは、恋人同士だから当然なんです、これが自然なんです、という顔をした。どきどきして、頬がまっ赤のは隠せないが――。
カイは二人の様子を見て、くすりと笑う。
「さっ! 戻ろっ!」
朝日がきらきらしていた。
やっぱり今日は、いちゃいちゃ推進デー!
「ふふふ!」
アーデルハイトは、いたずらっぽく笑った。




