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旅男!  作者: 吉岡果音
第七章 新しい目覚め
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寝言のように言ってみる

 一同は山の中に降り立つ。昼食と休憩のためである。町があれば、町に立ち寄りたかったのだが、ずっと山並みが続いており適当な集落が見当たらなかったのだ。


「なんか、暗い感じの山だなあ」


 そこは、昼でも薄暗い不気味な山だった。


「ちょっと……。降りる場所を間違えたかもしれません」


 ミハイルが辺りを見回しながら呟く。

 木々は気味悪くねじ曲がり、うねるように生えている。じっとりと、漂う空気も湿っているようだった。足元の草が足に絡みつく。


「ここは、魔の気配が……」


 退魔士のミハイルがそう言いかけたときだった。


「ミハイル! お前昨夜、おなかいっぱいになる夢、見てただろー!」


 急に思い出したのか、キースが笑いながらミハイルに話しかける。


「えっ! どうしてわかったんですか!?」


 ミハイルは、どきっとした。まさに昨晩、おなかいっぱいの夢を見ていたのだ。


 えっ!? おなかいっぱい!?


 隣にいたアーデルハイトも、どきっとしていた。「おなかいっぱい」といえば、アーデルハイトの占いで、水晶が導き出した言葉だった。


 キースの気持ち……、「おなかいっぱい」って占いに出てた……。


 アーデルハイトは昨晩の自分の占いを思い出す。


「ミハイル! お前、思いっきり寝言言ってたぞ! モロに『おなかいっぱい』って!」

 

 キースはミハイルを小突きながら笑う。


「えっ! ほんとですかっ! 僕、そんな寝言言ってたんですか! 恥ずかしいっ!」


 ミハイルは頬を赤くした。寝言を言っていただけでも恥ずかしいのに、内容が内容である。


「ははは! まだまだミハイルも修行が足りんな!」


「ミハイル殿がそんな寝言を! 意外だな! キースのほうが言いそうなのに!」


 隣にいた宗徳も笑った。しかし、キースは覚えていないし、ミハイルも宗徳もカイも聞いていなかったが、実際はキースもしっかり同じ寝言を言っている。


「んん? そーいや、そーゆー宗徳も寝言言ってたな! もう一杯お代わり出来る、って言ってたぞ!」


 宗徳も、はっきりと寝言を言っていた。キースは宗徳の寝言も思い出して、思わず吹き出す。


「ああ! 言われてみれば確かにそんな夢を見ていた気がするな。もう一膳いけそうな気がした」


 宗徳がうなづきながら笑う。「もう一膳いけそうな夢」とはいったいどんな夢なのだろう。


「ははは! お前らが変な寝言言うから、俺もおなかいっぱいになる夢見ちまったよ!」


 そう言って、キースは愉快そうに笑う。自分だけ寝言など言っていないと信じながら。


「えっ!」


 アーデルハイトが、驚いた顔でキースを見つめた。


「ん? どーした? アーデルハイト」


「キ、キース……。それで、昨晩『おなかいっぱい』って……」


 水晶に映し出された言葉、キースの気持ち――。


 キースを見つめるアーデルハイト。その瞳は熱を帯びていた――。


「ん? まさかアーデルハイトも、おなかいっぱいの夢でも見たのか!?」


 だから、熱を帯びた目で激しく同感してるのか、とキースは思った。


「……ユリエちゃんっ!」


 アーデルハイトは、キースの問いには答えず、隣にいた妖精のユリエをぎゅうっと抱きしめた。


「ユリエちゃん! ユリエちゃん!」


 よかった……! キースは、ほんとにおなかいっぱいだったんだ……!


 アーデルハイトは、満面の笑顔で小さなユリエの手を取り、くるくると楽しそうに回った。


「どうしたの? アーデルハイト……?」


 ユリエは戸惑いながらも、アーデルハイトの動きに合わせてダンスを踊るようにくるくる回る。


「ユリエちゃん……! よかったああ!」


 アーデルハイトは弾けるような笑顔。


 よかった……! 「おなかいっぱい」は、キースの私に対する思いじゃなかったんだ……! キースは、私に対してうんざりしてたわけじゃなかったんだ……!


 アーデルハイトの不安は、まるで雲が晴れたように消え去り、心は喜びであふれていた。


「なんかよくわかんないけど……、よかったね! アーデルハイト!」


 アーデルハイトのきらきらとした笑顔につられ、ユリエも思わず笑顔になる。


「な、なんだお前ら?」


 キースはわけがわからず、きょとんとした。カイもミハイルも宗徳も、なにがなにやらわからないが、楽しそうなアーデルハイトとユリエの姿に思わず笑みがこぼれる。

 ついでに、ペガサスのルーク、ドラゴンのゲオルク、ドラゴンのオレグ、翼鹿の吉助も、よくわからないけど、お祭り騒ぎはいつでも大歓迎、楽しそうな雰囲気にまざりたい! とばかりにアーデルハイトとユリエの周りで楽しそうに飛び跳ねてはしゃいだ。


「んー。輪になって踊る乙女と妖精と聖獣たち。ファンタジーだねえ! よし、俺たちも踊るか!」


 キースは意味不明にカイの両手を取る。そしていきなりカイを振り回し始めた。


「なんで俺と踊るんですかーっ! そして、踊るっていうより、ただ振り回してるだけじゃないですかーっ!?」


「ははは! 遠心力、遠心力!」


 カイをぐるぐる振り回し、キースもご機嫌である。


「……他人のふりしますか」


 宗徳にささやくミハイル。


「うむ。火の粉が降りかからんうちに、そっと離れよう」


 宗徳とミハイルは、キースのターゲットになる前に、そっと歩き出した。

 賢明な判断である。

 一連の騒ぎで、山の不気味な雰囲気について誰も気に留めなくなった。




 山道に、いきなり矢印の書いてある看板があった。


「なんだこの怪しい看板! 矢印だけかよ!?」


 白地に黒い矢印が一個だけ。怪しさ満載だった。


「その先にもありますよ」


 ミハイルが指差す方向に、同じ看板らしきものがたてられていた。


「こんな人気のない山の中に……、妙だな」


 矢印の看板通りに歩いてみる。


「なにかの罠に違いない」


 キースが呟く。看板はいざなうように点々とたてられている。


「それでも乗ってみるんですか?」


 カイが尋ねる。


「ああ。他の旅人が惑わされないよう、危険かどうか確かめなくては」


「で、危険な魔物だったら、退治するんですね」


 カイがわかっていますよ、と微笑む。


「……カイは、飯を食わないから、おなかいっぱいの夢は見ないんだろうなあ」


「……急になにを言うんですか」


 キースは突然話題を変えた。


「つまらんなあ」


「なにがつまらないというのですか」


「カイも寝言を言って欲しかった」


「おなかいっぱいだけが寝言じゃないでしょう」


 むしろ、少数派である。


「カイも寝言言うのかなあ」


「剣の状態では話せません。人間の姿で寝るときは、自分ではわかりません。夢は見ませんし、たぶん人間の姿でも言わないでしょう」


「今度、カイが人間の姿のまま寝るときは、じっくり観察してみよう」


「なんのために」


「翌日、それをネタにからかおうと思って。明日のための準備ってやつだな!」


「……俺をからかうために、心血注がないでください」


「明日のために今日種をまく! 大事だねえ!」


「わけわかんないんですけど。俺、たぶん寝言言いませんよ」


「そこをなんとか!」


「お願いして言うもんじゃないでしょう」


「どうしても言わないかなあ。じゃあ試しに今、寝言言ってみな?」


「『寝言は寝てから言え』」


 くだらなすぎるやり取りをするうち、建物が見えてきた。


「なんだこりゃ!」


 お菓子の家だった。ビスケットそっくりの壁、チョコレートそっくりの屋根、ゼリーのような窓、扉はガムだろうか、煙突はバームクーヘン。


「なんだこのわかりやすすぎる罠はーっ!? こんなのに引っかかるやつ、いるのかあ!?」


 思わずキースが叫ぶ。その横で、


「お菓子のいええええ!」


 ユリエが絶叫した。


「お菓子の家、イエーッ」


 興奮しながらお菓子の家に突入しそうになるユリエを、キースはひょいっと捕まえた。


「こらこら。言ってるそばから引っかかってんじゃない」


「だってだって! 美味しそうだよ!? すごいよ!? ファンタジーだよ!? ダイナマイトだよ!?」


「これは絶対、魔物の罠だよ。近づく者を捉えて食うんだ」


「たぶん、そうでしょう」


 退魔士のミハイルもうなづく。


「しっかし、ほんと、わかりやすすぎだよなあ!」


 ガチャ。


 お菓子の家から、女性が現れた。


「旅のかたがた、お疲れでしょう? 私の家でどうぞ休んでいってくださいまし」


 胸元の大きく開いたドレスを着た妖艶な美女だった。ドレスの裾には、深いスリットも入っており、美しく長い脚もあらわに見える。


「ダイナマイト!」


 キースが叫んだ。

 そして、次の瞬間――。


「我は扉を開く! 魔の者よ! 汝の住まう魔の国へ帰れ!」


 間髪入れず、アーデルハイトが呪文を叫んでいた。


「えっ!?」


 妖艶な美女、キース、ユリエ、カイ、ミハイル、宗徳が一斉にアーデルハイトのほうを見た。皆驚いて、二度見した。


 ゴゴゴゴゴゴ!


 目の前に巨大な漆黒の扉が現れた。


「貴様、いきなり、な、な、なにをする!?」


 妖艶な美女が顔を歪めて叫ぶ。


 ゴアッ!


 漆黒の扉が開いた。風が巻き起こる。


「貴様―っ! 対処が早すぎるのではないかーっ! 卑怯だぞ!?」


 謎の美女は謎のまま、叫びながら扉に吸い込まれていく。抵抗する暇もないようだった。


「封印!」


 バタン!


 アーデルハイトが叫ぶと扉は閉じた。そしてすぐに、漆黒の扉と謎のお菓子の家は、煙のように消えていった。


「ア、アーデルハイトさん……!」


 ミハイルは絶句した。ここは、自分の活躍の場面ではなかったのか。なぜ、アーデルハイトさんが……、とミハイルは戸惑う。


 それに、今の技は、強い集中力とその場の気を整えるための時間が必要なはず……! こんな「魔」の磁場の強い場所で、あんなに素早くそれをやってのけるなんて……! 今の魔物は、ごくごく弱い魔力の者だったけど、それにしても、すごすぎる……!


「ア、アーデルハイトさん……。今の技……、退魔の術、完璧でした……」


「『退魔の授業』で習ったから! 『占術』は苦手だけど。、『退魔』は得意だったから!」


 早口で、アーデルハイトは言い切った。


「そ、そうですか……。お見事です」


 退魔士にもなれますよ、とミハイルが言おうとしたが、もうアーデルハイトは歩き出していた。


「さあ! 行きましょう! お昼ごはんになるもの、探すんでしょっ!?」


 怒ってる……。


 アーデルハイトとキース以外の全員が、空気を読み取った。アーデルハイトの揺れる長い金の髪が、ピンと伸びた背筋が、必要以上にキビキビとした足取りが、怒りを物語っていた。


 怒ってる! アーデルハイト! キースが美女に見とれたからだ!


「なんだあ!? アーデルハイト! すげーこと出来んじゃん! 美女をもうちょっと拝みたかった気もするけど、解決してよかった、よかった!」


 あああ! キース、余計なことを……!


 アーデルハイトとキース以外の全員が、そう思った。


「ああ! あの木の実、食べられるやつね!」


 アーデルハイトは、木の実がなっている木を見つけた。美味しそうな大きな黄色の実が、たわわに実っている。


 ズバッ!


 ドサドサドサッ!


 アーデルハイトが木の実に向かって、素早く空気を切るような仕草をするやいなや、木の実は全部落ちた。


 あらい! あらっぽいよ! 仕事が!


 アーデルハイトとキース以外の全員が、そう思った。


 怒ってるよー! ヤキモチだよ! アーデルハイト!


 アーデルハイトとキース以外の全員が、そう思った。


「さあ。食べましょう。みんな」


 振り返って微笑むアーデルハイト。その微笑みは、キース以外の一同には、空恐ろしいものに感じられた。


「わーい! いっただっきまーす!」


 キースだけが、無邪気に喜んだ。


 おなかいっぱいです……。


 なんとなく、ミハイル、宗徳、ユリエはそう思った。


「……なんで、一番気が付かなきゃいけない人が気付かないんだろう」

 

 カイが呟く。


「案外、恋ってそういうものかもしれませんね……」


 ミハイルが呟く。


「おなかいっぱいです……」


 カイも寝言のように言ってみた。



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