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旅男!  作者: 吉岡果音
第六章 未来へと続く過去
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斜め四十五度を見上げて

「宗徳さんは、本がお好きですか?」


 ミハイルが宗徳に尋ねた。小雨が降る中、二人は並んで歩いていた。


「ああ。本を読むのは面白い。色々な人の思いや考えを知ることができる」


 宗徳が、はにかみながら答える。


「僕も好きなんです! 退魔士として勉強になる本を買うのですが、全然お仕事と関係ない物語なんかを読むのも楽しくて好きです! だから、つい本当に探していた本より関係のない本を買ってしまったりするんですよ」


 ミハイルが楽しそうに話す。心から本がすきなのだ。

 話しながら歩いていると、目の前に一軒の小さな本屋の看板が見えてきた。


「よかった! 本屋さん、すぐに見つかりましたね!」


『語本堂――あなたがお探しの本、必ず見つかります。見つからないときは、書きます』


 ミハイルは、本屋の看板を読んで首をかしげた。


「見つからないときは、『書きます』……?」


「『お取り寄せいたします』、とかではなく、『書きます』とは……?」


 宗徳も首をかしげた。


「いらっしゃいませ。お客様」


 そろって首を斜め四十五度にしているミハイルと宗徳に、店主らしき男性が声をかけた。


「なにかお探しの本がおありでしょうか?」


 その店主らしき男性は背が高く細身で、年齢は四十代前半といったところか。薄い唇の大きな口は愛想よく笑顔を保ってはいるが、鋭いツリ目のその奥は笑っていない。ひとくせありそうな人物、そんな印象の外見だった。


「僕は、この国の退魔について書かれている本を探しています」


 ミハイルは、形だけの笑顔をした店主に、爽やかな微笑みで返した。


「俺は、この国で今もっとも人気の小説を探している」


 宗徳も、単なる儀礼といった店主の笑顔に、あたたかみのある微笑みで返す。


「……お二人とも、なかなかやりますな……」


 なにを!? どこに感心してるんだ!?


 ミハイルと宗徳は同じ疑問を抱いた。


「なかなかの笑顔の使い手ですな……」


 ふふふ、と店主は含み笑いをした。


 なんで!? 「笑顔の使い手」って、なに!? 


 ミハイルと宗徳は同じツッコミを心の中でした。


「それでは、ご案内いたしましょう。退魔に関する書籍はあちらの奥の棚の下から二番目にございます。今、旬の小説は、こちらに平積みにされているものです」


 油断ならない謎の微笑みを浮かべながら、店主がてきぱきと案内した。この建物の本の位置はすべて頭に入っている、そんな様子だった。


「あのう」


 ミハイルが、ずっと疑問に思っていたことを思い切って訊いてみることにした。


「看板にある、『見つからないときは、書きます』とは、いったいなんですか?」


「ああ。あれですか」


 店主が不敵な笑みを浮かべた。


「あれは、お探しの本が見つからない場合、私が執筆いたします、という意味です」


「えっ!」


「店主さんが、代わりに本を書いてしまうのか!?」


 思わず、ミハイルも宗徳も大きな声で驚いてしまった。


「さようでございます。でも、だからといって、私が適当に、勝手に書いてしまうわけではありませんよ」


 店主の目が鋭く光る。大きな口は、にいっと白い歯をむき出しにした。まるで闇夜に浮かぶ白い三日月のような大きな口――。


「どうやって、お客さんが探す本を書くのですか?」


 思わずミハイルが尋ねた。


「私の素晴らしい相棒が、お客様がお探しの本について語り出します。私は、その相棒の話したことを書きとるのです」


「えっ!?」


 ミハイルと宗徳は顔を見合わせた。そしてまた、二人ともそろって首が斜め四十五度になった。


「相棒って……。魔法使いさんなんですか?」


 魔法使いの魔法に、そんな魔法があるんだろうか、そう疑問に思いつつミハイルが尋ねる。


「私の相棒とは……、この子です――!」


 ドラマティックに店主が指差したその先にいたのは――、


「オウム!?」


 思わず宗徳が叫んだ。

 それは、大型の鳥、どこからどう見てもオウムだった。


「ぎゃー」


 オウムが一声鳴いた。


「オウムが……! オウムが本の内容を知っているというのですか!?」


 ミハイルが、ハシバミ色の大きな瞳を驚きで大きくした。


「さようでございます」


「本のことを、すべての本を知っているというのか!?」


 宗徳が細い目をめいっぱい大きくした。それは、宗徳公式記録、過去十番に入るくらいの大きさだった。ちなみに、宗徳の目の大きさランキング、栄光の第一位は、ユリエのことを妖精だと知ったときのそれである。


「知っているというわけではありません。彼は、特殊な能力で本の内容を『知る』のです」


「特殊な能力で、知る――」


 ミハイルと宗徳の首は、斜め四十五度を保つ。


「試しに、ご覧に入れましょうか?」


「は、はいっ! お願いします!」


 ミハイルがぴょこんと頭を下げた。つられて宗徳も頭を下げる。


「では、そちらの、かわいいほうではなく、シブいかっこいいほうのお客様のご要望である、今我が国で人気の小説を尋ねてみましょう」


 かわいいほうではなく、シブいかっこいいほうのお客様――。


 店主の言葉が気になったが、まあそれはミハイルも宗徳も、とりあえずなかったことにして聞き流した。


「よろしくお頼み申す」


 宗徳が深くお辞儀をした。


「では、わが相棒、きゅーちゃんよ!」


 きゅーちゃんっていうんだ……。九官鳥じゃなく、オウムだけど……。

 

 ミハイルと宗徳は、同じポイントに引っかかった。


「きゅーちゃん! 教えてたもれ! 今一番のベストセラー、その内容を詳しく、詳しく……! カモーン!」


 カモーン。鴨じゃなく、オウムだけど……、カモーン……。


 ミハイルと宗徳は、また同じポイントに見過ごせないなにかを感じた。


「…………」


 きゅーちゃんは、目をつむった。


 なにか、なにかが降りてきてるんだ……! 本の内容が、降りてくるんだ!


 ミハイルと宗徳は、固唾をのんで、きゅーちゃんの言葉を待った。


「……むかあし、むかし」


 おっ! きゅーちゃんが語り出した……!


 ミハイルと宗徳の手には、いつの間にか汗が握りしめられていた。


 頑張れ……! きゅーちゃん……!


 「……あるところに、おじいさんとおばあさんが……」


 あれ。


 このフレーズは、もしかして……、とミハイルと宗徳は思った。


「おじいさんは山に芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に……」


 きゅーちゃんは、たどたどしい言葉で物語を紡ぐ。


「……あのう。本屋さん……」


 ミハイルが、ペンを走らせ、きゅーちゃんの言葉を必死に書きとろうとする店主に声をかける。


「えっ? かわいいほうのお客様、なんでしょう?」


 かわいいほうのお客様――。


 ミハイルは、まあその言葉はとりあえず置いておこう、と思った。それよりなんとしても言わなければならないことは――。


「その、きゅーちゃんの言葉、もしかして、オウムによく教えがちの、有名な某国の昔話のフレーズなのでは……」


「えっ……!?」


 きゅーちゃんが驚きの声を上げた。


「えっ……!?」


 店主も驚きの声を上げた。


「ベストセラーが降りてきたわけでは、ないですよね……?」


 ミハイルはおそるおそる確認した。


「いえ! 確かに売れてますよ!」


 店主は一冊の本を掲げた。


『桃的な太郎』


「この国では、爆発的なヒットを飛ばしました」


「……そうですか」


 シラッとした空気が流れる。


「……かわいいほうのお客様、お疑いですね」


「いえ……。そういうわけでは」


 そういうわけでは、ある。


「では今度は、かわいいほうのお客様のご要望の退魔に関する本を……! きゅーちゃん、カモーン!」


 退魔の本……。きゅーちゃん、大丈夫かな……。


 目をつむるきゅーちゃん。健気な姿に、少し応援したくなった。悪いのは店主である。


「…………」


 おっ! きゅーちゃんがくちばしを動かした……!


「……きゅーちゃん、お利口さん。きゅーちゃん、かわいい!」


 店主は聞き漏らすまいとペンを走らせた。


「あのう」


 ミハイルが店主に声をかける。


「もはや、これは……。物語でも本の内容でもないですよね……?」


「そんなことはないです! この国の、退魔の本の出だしです!」


 店主は一冊の本を掲げた。


『お利口さんのきゅーちゃんが、かわいく退魔しちゃう件なんだが』


「…………」


 ミハイルと宗徳の首は、ただ斜め四十五度を指していた。




 宗徳とミハイルは「桃的な太郎」、「お利口さんのきゅーちゃんが、かわいく退魔しちゃう件なんだが」を、それぞれ一冊ずつお買い上げしていた。


「……きゅーちゃんの力、ほんとだったのかな――」


 ミハイルが呟く。


「……俺は信じたいな。きゅーちゃんのつぶらな瞳を――」


 きゅーちゃんは、黒目が小さく結構鋭い目をしていた。つぶらな瞳ではない。


「……とりあえず、探していた本があって、よかったです」


 それは、本当にミハイル殿が探していた本なのか、そう宗徳は尋ねたかったが、やめておいた。それを訊いてしまうと、自分の手の中にある「桃的な太郎」についても触れられてしまう、それは避けたいと思った。


「……本屋さんって、楽しいですよね」


「ああ。本屋さんは、楽しい――」


 それぞれ、自分に言い聞かせるようにそっと呟いた。



 ぼんやりとした鉛色の空。小雨の中を二人並んで歩く。斜め四十五度を見上げながら――。

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