第29話 天然百パーセント
様々な動物が、空の旅の相棒となる。
キースはペガサス、アーデルハイトはドラゴンなのだが――。
「わあ! 宗徳はこの動物に乗って旅をしていたのか!」
宗徳の乗ってきた動物は、キースが見たことも聞いたこともないものだった。
「鹿……?」
その動物は、大きく立派な鹿の体に、翼が生えていた。
「俺の親友なんだ。名は吉助という」
宗徳は、はにかみつつそう答えた。
吉助は、黒い瞳でキースを見上げる。純白の両翼、艶のある薄茶色の毛並み、細い白木のような角、そしてピンと立った耳も、どこか神秘的で神々しい印象があった。
「へえ! とても賢そうだねえ!」
吉助は、ペガサスのルーク、ドラゴンのゲオルクと挨拶を交わしているようだった。種は違えど、皆すぐに打ち解け合っているようだった。それぞれ黒い瞳を輝かせ、なんだか楽しそうな雰囲気である。妖精のユリエも動物たちの輪に入り、なにごとかきゃあきゃあじゃれ合っていた。
「なんか、皆嬉しそうだな! 俺もルークたちと一緒に遊ぼうかなっ!」
キースなら、大型動物たちと体を張って全力で遊びかねない。
「キース」
カイがキースに話し掛けた。
「旅のこと、そして俺のこと、少し宗徳さんに話したいと思います。俺たちの旅は、普通の旅じゃない。危険が伴うものです。宗徳さんを巻き込むわけにはいきませんが、説明は必要です」
「そうだな。まあ、絶対に宗徳に危険が及ばないようにするつもりだけど、場合によっては同行しないほうがいいということも――」
「なにを言っている! 俺の刀で皆様の安全を――」
真剣な表情の宗徳に、キースが微笑んだ。
「違う。宗徳の腕を疑っているわけじゃない。ただ、ちょっと俺たち、厄介なものを相手にしているもんでね――」
「厄介なもの――?」
「ちょうど、お昼にいい時間だし、あそこのお店で食事をしながら少し話しましょう」
アーデルハイトが、笑顔で道の向こう側に見える食堂を指差した。
なぜか、全身銀色の人物が注文を取っていた。
皆、それぞれの料理を頼む。
銀色従業員が厨房へ向かったあと、カイが話を切り出した。
「宗徳さん。俺たちがノースカンザーランドを目指して旅をしている理由は、強大な力を持つ魔法使いによって盗まれたあるものを、取り返すためなんです」
あまり詳細なことを話すことはやめておいたようだ。
「魔法使いから盗まれたものを取り返す――」
宗徳は、カイの言葉をゆっくりと繰り返して呟いた。
「どうも、その魔法使いの背後には、人間ではない魔物のようなものがいるようなのです」
「魔物か――!」
「ですから、我々と行動を共にするとなると、宗徳さんにもいつ危険が及ぶか――」
「俺のことなら心配には及ばん! 俺も長旅だが、様々な危機をこれまで刀一本で切り抜けてきた。気になさらずとも大丈夫だ」
はったりや強がりなどではない、とキースは感じ取った。宗徳が数々の戦いをくぐり抜けてきた男であるということは、その身にまとう雰囲気、目の光の鋭さ、そしてなにげない所作から、ひしひしと伝わっていた。
キースとカイは、静かにうなずき合う。アーデルハイトとユリエは、そんな彼らの暗黙の了解のような空気を感じ取っているようだった。
「それから、俺のことなんですが――」
カイは、宗徳の深い茶色の瞳を改めて見つめる。そして、一呼吸置いてから――、
「俺は、人間じゃありません」
自分について、告白をした。
宗徳は黙って、カイの言葉を飲み込むように聞いた。そして、ゆっくりと口を開いた。
「……やはり、そうか」
宗徳は、ぽつりと言った。宗徳の顔に、驚きや動揺は見られない。
「えっ? 『やはり』?」
驚いたのはカイのほうだった。思わずカイは逆に訊き返していた。
「なにか……、どこか……。人とは違う気配だなと思っていた」
ほんの少し息をのみ、カイとキースは顔を見合わせる。
「すごいな……」
キースは、感嘆の声を漏らしていた。宗徳は、すべてを見通すような眼差しで、ただカイを見つめている。
「なにか……。カイ殿はまるで、刀のような鋭さと重みを感じさせる――」
宗徳は、カイの魂の本質を肌で感じ取っていたようだ。
「ビンゴーッ!」
思わず、キースは椅子から立ち上がって叫んでいた。
「キ、キース……」
カイは、キースの袖を引っ張り座るよう促す。
「声がでかいですよ!」
銀色従業員と店内の客が、なにごとかとこちらを見ていた。
「ごめん! ピッタリ当ててたから思わず……」
「ピッタリ当ててた……? ということは、カイ殿はもしかして、刀なのか……?」
「……はい。俺は、剣です」
「そうか……。すごいな」
「すごいだろー!」
なぜかキースが胸を張る。
「俺は、人の姿に変化できる剣です。戦闘時は、剣として戦います。驚かれないよう、話しておくことにしました」
料理が運ばれてきた。宗徳、キース、アーデルハイトのぶんで、人形のように小さい妖精のユリエは皆でつまむ大皿料理と大盛りにしてもらったアーデルハイトの皿から分けてもらうことにした。カイのぶんは食事が必要ないため、ない。
「わあい! 美味しそーっ! いっただっきまーす!」
ユリエが声を弾ませ、小さな手を合わせ挨拶をする。皆も続いて食事の挨拶をした。
「そうか……」
宗徳がユリエをじっと見つめる。
「ユリエ殿は、体が小さいからそんなには食べられないんだな」
「ん? それはそうだろう」
キースが、スプーンで炒めたご飯をすくいながら返事をする。野菜たっぷりのチャーハンのようなものだった。
「初めて見る」
宗徳は、妖精を初めて見るんだな、キースはそう理解した。
「知らなかった」
宗徳は、妖精のことをあまり知らないんだな、なるほど、と思った。
「どこの国のかたですか?」
「は……?」
誰が? 誰のことを尋ねてるんだ……?
「浮遊の術をお使いとは、すごいですね」
「はあ……?」
まさか……、と思う。まさか、そんなことが……、と一同の顔に浮かぶ疑念の色。
「ユリエ殿のような小さいかたは、初めて見ました」
「はいーっ!?」
一同、椅子から転げ落ちそうになった。
「ま、まさか宗徳、ユリエのこと、人だと……!?」
おそるおそるキースが尋ねる。
「えっ!? 人じゃないのか!?」
宗徳が叫んだ。
「誰がどう見ても妖精だろーっ!?」
一同の声が、一つになった。今、皆の心は一つだった。
「ええーっ!?」
宗徳は、心底驚いているようだった。細い目が大きく見開かれていた。
「羽あるし、ユリエは妖精百パーセントだっ!」
「よ、妖精百パーセント……!」
「おう! 混じりっけのない、天然素材の純妖精だっ!」
思わずキースは、ユリエが妖精であることにわけのわからない太鼓判を押す。
「なんで……、なんで俺の正体を見抜けてユリエのことがわからない……」
カイは頭がくらくらしているようで、額に手を当てようやく言葉を絞り出す。
「そうか……。ユリエ殿は妖精さんだったのか……」
「そうだよー。私はシダ植物、ワラビの妖精さんだよー。ワラビはおひたし美味しいよー。よろしくねー!」
ユリエが笑いながら、自分だかワラビの紹介だかよくわからない自己紹介をする。
それにしても。
キースは宗徳を改めて見つめ、笑みを浮かべる。
鋭いんだか鈍いんだか、よくわからんな……。おそらく、天然ってやつ……?
妖精百パーセントのユリエも、宗徳も、天然百パーセントだ、とキースは思う。
宗徳、サイコーだな!
外は穏やかな晴れだった。窓から差し込む柔らかな日差しが、新しい仲間との絆の始まりを祝福していた。
銀色従業員は、食堂をあとにする賑やかな一行を見送り、小さなため息をついた。
誰も、ツッコまなかったな……。私のこと――。
銀色従業員は、銀色のスーツに身を包んでいるだけでなく、肌も銀色、髪も銀色、瞳も銀色だった。
遠い惑星、「ケプラーニャQ」から来た、宇宙人なのだ。
今日も宇宙人と気付かれなかった――。
肩を落とす。
ただ、あなた宇宙人ですよね、と一言訊いてほしかった。
「銀色さんー、早くお皿片付けてー!」
厨房から、注意が入る。はい、すみません、と返事をし、急いでテーブルをきれいにした。
日常の違和感に気付かない。現代人は、忙しすぎるんだ、そう銀色さんは思った。
銀色さんは、今日も誰かのツッコミを待っている。




