通したい、筋
「キースか……」
ギルダウスは、北西の空を見上げた。
そこは、王都ウイザルドの周りに広がる雪原。
空には夕闇が迫っており、半分透けたはかなげな月が浮かんでいた。
空を移動する一行の姿は、まだ見えない。
ギルダウスは、シーグルトの剣に付けた飾り石、それが空から近づいてくるのを感知したのだ。
飾り石の波動が近づいてくる、それはすなわちキースが近づいてきているということを意味する。
「キース……! 来るなら、来い……!」
ギルダウスは白い大地を両足で踏みしめたまま、星が生まれつつある空を見据えていた。
ドラゴンのオレグの背には、ミハイルと人の姿のままのコンラードが乗っていた。
「コンラードさん! 魔族について、なにか変化はありましたか?」
ミハイルが、後ろに乗っているコンラードに大声で尋ねた。
「ミハイル様。地上に現れた魔族は、場所の移動もその数の増加も感じられません。現れた場所と同じところで、ただひとりでいるようです」
「そうですか……!」
ミハイルたちのすぐ後ろには、ペガサスのルークに乗ったキースと、同じく人の姿をとっているカイがいた。
「カイ! 城への連絡は届いただろうか?」
キースがカイに尋ねた。声が風にかき消されぬよう、自然とキースも大声になった。
「俺から北の神殿のセシーリアに連絡し、北の神殿から城への長距離の伝達の魔法を使った通信ですから――。もしかしたら、まだ情報は届いていないかもしれません」
「そうか……。じゃあ、まだ王都は通常の警備のままか――」
「とはいえ、クラウスがノースカンザーランドに侵入した現在、警備はすでに厳重なはずです」
「そうだな……!」
――ヘリヤ女王陛下……!
キースは、せめて自分たちがたどり着くまで、なにごとも起こらないで欲しい、祈るような気持ちで唇を噛みしめた。
――ギルダウスは、無意味に人々や町を襲う魔族ではない……。しかし、自分が仕える主人の命令が下れば、破壊や殺戮もいとわないに違いない……!
しばらく空を飛んでいると、キースには馴染みとなった感覚が背筋を走った。
――この、冷気、そして、威圧感――!
「あそこです!」
コンラードの叫び声。コンラードが指差した先にいたのは――!
「ギルダウス……!」
ギルダウスは、キースを睨みつけたまま、微動だにしなかった。
「キース! 久しぶりだな……!」
ギルダウスの、低い声が雪原を走った。
「みんな! ちょっと待ってくれ! ギルダウスと、話がしたい!」
キースはペガサスのルークを促し、ミハイルたちより先にギルダウスの前に着陸した。
「キース!」
ギルダウスを前にし、戦闘態勢になっていた皆は、思わず叫ぶ。
「ごめん。少し、時間をくれ。皆、待っていてほしい」
「キース……!」
アーデルハイトがキースの傍に駆け寄ろうとしたが、キースは手で制した。
「皆、少し離れたまま、待っていてくれ。お願いだ」
キースは、皆に背を向けると、ギルダウスに向かって歩き始めた。
カイは、キースの顔を見上げたが、キースの表情を読み、そのまま並んで歩くことにした。
まだ、戦うときではない。まだ、戦う姿勢を示してはいけない。
カイはそう察し、「滅悪の剣」の姿にはならず、キースと足並みを揃えた。
サクッ、サクッ。
キースとカイが、雪を歩く音だけが辺りにこだまする。
ギルダウスと、握手しあえる程度の距離まできて、ようやくキースは足を止めた。
「ギルダウス。元気そうだね」
キースは笑顔で話しかける。まるで、親しい友人に会ったかのように。
「……キース。お前も元気そうだな。体はもう回復したか」
「うん。おかげ様でね。あっ! そうそう、前にくれた激マズの薬、あれほんと、助かったよ! ありがとう!」
「……少し、足を引きずっているように見えたが?」
「ああ! 数日前に捻挫しちゃってね! でも大丈夫! 大したことないよ!」
「そうか。人間の体は、もろいからな。気をつけろ」
「ありがとー! 相変わらず、優しいねえ!」
「……でも、気をつける必要も、もうなくなるかもしれんな」
「……俺が死ぬってこと?」
「ああ。戦いでな」
「あんたとの戦いで?」
「ああ。残念だが――」
ギルダウスとキースは、穏やかな笑みを浮かべていた。カイは、まだ人の姿のままだ。
冷気をはらんだ風が、吹き抜ける。キースの手のひらには汗がにじみ、カイは自分の鼓動――、魔力の中枢の活動する音が聞こえるような気がした。
しかし、あえてキースは笑っていた。カイは、無言のままギルダウスの鋭く深い闇の中のような瞳を見つめていた。
「……一対一でなくとも、私は構わんぞ」
ギルダウスが、諭すかのように呟く。
「そんなの、俺の気が済まないよ」
申し訳ないよ、とキースは首を振る。
「私とは構造の違うお前が、あきらかに不利だ。仲間の手を借りろ」
ギルダウスの低く静かな声。そのよく響く迫力のある声は、耳を貫き、脳まで侵食してしまうのではないかという気さえしてくる。
そのたたずまいだけで、声一つだけで、捕食者と被食者のような、圧倒的な存在の差、力の差を感じさせる。
しかし、キースもカイも、ひるむことはなかった。
「……率直に言うと、俺的にも不利なのが悩みどころなんだ。本当はあんたとは一対一の勝負がしたい。でも、今後のことを考えると、どうしてもそれは俺のわがままに過ぎないって思えてきてね。俺のわがままやこだわりのせいで、仲間や国や世界を危険にさらしたくはないってゆーか」
「戦いの美学より、大切なことが山ほどある。人の世の平和を守るためには、私を倒さねばならない。それを第一に考えろ」
「でもねえ、あんたも楽しみだったんだろ? 俺との勝負」
「確かに。その通りだ」
ギルダウスは、素直に認め、うなずいた。
「だからねえ、それを裏切っちゃうのも気が引けるというか……。でも、クラウスのこともあるし、俺もここで死ぬわけにもいかないんだよね」
カイは思う。これは、キースの時間稼ぎなのだろうか、と。
王都に情報が伝わり、より一層警備が固まるまでの単純な時間稼ぎなのだろうか。
カイは、そう考えつつキースの顔を見上げる。キースの表情を見ていると、カイにはそうとは思えなかった。
本当に、キースは自分の率直な思いを伝えているんだ――。そして、ギルダウスもキースと同じ姿勢でいるんだ――。
話がしたい、それはキースの本心なのだとカイは改めて思う。時間稼ぎの意味もあるのかもしれない、しかし、それ以上にキースはギルダウスの対話を望んでいる、そうカイは感じていた。
「……少し、勝負をするか」
ギルダウスが、ポツリと呟く。
「殺し合いの前に?」
「ああ。単なる試合だ。それならいいだろう」
「いいねえ! それ!」
「……私も、少々気の滅入ることがあって――。少し、体を動かしたいと思っていたところだ」
「ふうん。魔族のあんたでも、色々あるんだねえ」
「まあ生きていれば、色々あるものだ」
ギルダウスの表情に、ほんの少し憂いが横切る。
「そーだねえ。まあ、それもまた生きてこそ! なんだけどね!」
ギルダウスは、キースの返事にうなずくと、少し離れた場所で待機しているミハイルたちのほうを見やった。
「この場では、私とお前が試合だといっても信じてもらえんだろうな」
「うーん。確かに」
キースも、皆の顔を見渡した。アーデルハイトとユリエは顔面蒼白だし、「退魔の杖」を手にしたミハイルと宗徳はすっかり臨戦態勢だし、エリアスとレーヴィもいつ剣を構えて走り出すかわからないような形相だし、オッドにいたっては全身のオーラみたいなものが解放されててなんだか髪の毛が逆立っちゃってるように見えるし、金の瞳が人間離れして光ってて怖いし、ここでギルダウスと剣を交えたら即戦争みたいな状態になるだろうなあとキースは思った。
「……少し、魔界に行くか」
ギルダウスが提案した。
「この前みたいに?」
「少しの間ならば、あの少年も邪魔をしには来ないだろう」
「少年?」
ミハイルのことか、とキースはピンときた。
「あれは、少年じゃなくて青年だよ。あ、ちなみに、こいつ、カイも、ちっこいけど、青年だよ」
「ついでに、俺のことまで言及しないでください」
カイは、キースの「ちっこい発言」には食いついたが、魔界行きに関しては止めなかった。
「あれ。カイ。反対しねーの?」
「どうせ、反対したところであなたの気が済まないんでしょう。それに――」
カイは、ギルダウスをまっすぐ見つめた。
「俺も、筋を通したいんです……!」
カイは、「滅悪の剣」の姿になった。
「では、キース! しばらく、付き合え!」
ギルダウスが叫ぶと、あっという間にギルダウスと「滅悪の剣」を持つキースの姿は、突如現れた漆黒の闇の中へ吸い込まれていった。
ガンッ……!
ギルダウスとキースが魔界に到達するやいなや、「滅悪の剣」とギルダウスの持つ銃剣が火花を散らした。




