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エピローグ

『インターネットドルフィンは、本日を持ちましてサービスを一時停止させて頂きます』


 あの一件以来、ウィザード社提供のメインコンテンツ『インターネットドルフィン』は復旧未定のサービス停止となった。経済の中心にもなりつつあったドルフィンの停止は世間を大きく賑わせ、ちょっとした――いや、思ったよりは大きな混乱を巻き起こした。

 私達はというと、ログイン制限中のドルフィンの中に勝手に入り危険を冒したことを咎められたが、サトウさんの根回しもあり裁判沙汰にならず厳重注意に留まった。

 上司からこっぴどく叱られるサトウさん。それを庇おうとしたオズワルドさんの悪魔に似た笑みは暫く忘れられそうにない。

 ドルフィンでお好み焼き屋を営んでいたバラさんはドルフィン復活までお店を休業し、サトウさんの下でバイトをすると苦笑いしていた。元いた会社に戻るのは気が進まなかったようだが、今のドルフィンは辞めた人間の手も借りたいほどの忙しさで、サトウさんの必死の頼み込みで彼女の助っ人が決まったとのことだ。

 それとサトウさん経由で聞いた話だが、あのハロルド統括の意識が戻ったらしい。ナンバーイレブンさんは意識不明から復帰した彼のリハビリに付き添っているという。彼の社内での処分は今後決まるというが、イレブンさんが彼をどう処罰するのかは聞いていない。ただ、あんな風に裏切られたというのに、病院に足しげく通う彼女の姿を考えると、イレブンさんからの処罰自体はそう重たいものではなくなりそうだ。


 私の話をしよう。あの日以降現実世界に戻ってきた。病院にメガネを持ち込んだことはすぐにバレて、酷く親に叱られてしまった。

 入院生活はそれから一週間程度続いた。私はその間に母に頼み、学校へ行く準備をはじめた。久しぶりに袖を通した制服はくったりしていて着心地は悪い。それでも脱いだりせず、退院後、私は重たい鞄を手に通学路を歩む。


「自分らしく」


 そう言った白髪の彼の言葉が蘇る。それだけで、社会に沈みかけた私が浮いて、詰まる喉からほんの少し、呼吸が出来るようになった。

 私らしく。

 自分の胸に手を当て、心の中で鼓舞した。

 水槽の中で漂うだけだったクラゲの私。今は、息の仕方を思い出したの。泳ぎ方が分からなくても、そこで息をしていける自分にはなれたはずだ。

(少しは、自分のことすきになれたかしら)

 ……分からない。でも、前は向ける。一歩前へ進む足がここにあるから。

 この足は、逃げることも出来る。でも、もう諦めたくない。

 坂を上がって見えてきた校舎に、私はすっと息を吸い込んで一歩、歩き始めた。



***



 目を醒ます。

 そこは真っ白の世界。私は真下へ落ちている。

 頭の髪飾りがリンリンと涼やかな音を立てていた。その音に想いを馳せて、新しくなった世界に私は降り立つ。

 両親を説得させるのにとても苦労したんだ。今日はめいっぱい楽しむの。はじめてここに来た時、十分に遊べなかったし。

 半年ぶりの仮想空間に、夢を見るように目を閉じた。頬を撫でていく風と、雑踏の賑わいに耳を傾ける。それらはここにある。データの塊でも、プログラムの一部でも、ここに。

 現実でない、私のもう一つの大切な世界。

 

「あっ、いた! こっちですぅ!」

「やあ、久しぶり。元気にしてた?」

 猫耳とキャスケットがこちらに向かって手を振る。手を振り返しながら歩み寄ると、その奥からまた別の声がキンキンと甲高く響く。

「ウチの店リニューアルしたんよ! これから来るかい? もんじゃも喜ぶで!」

「うるさいぞ和服女。……久しいな。顔くらいは見に来てやったぞ」

 和服女と鎧の騎士が嫌々ながらも腕を組んでアピールする。その中に彼がいないことに気付いた私は眉を下げた。

 がっかりした次の瞬間。髪飾りがひょいっと取り上げられる。はっとして振り返ると、そこには漆黒のコートを着た白髪の男がニンマリ顔で待っていた。

「よう、子分その一。半年ぶりの再会だが、俺の名前が分かるか?」

「――――そんなの、勿論」


 あなたの名前は名無しのナナシさん。

 そして私は。



「おかえり、エイコ」



 名前を紡ぐその声に、私の右腕がほんのりと熱を宿した。



<電脳クラゲは名前のない夢をみる> FIN

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