プロローグ
小さな頃、プールで溺れたことがあった。
本当に小さな頃で、親によると小学校もまだだったそう。近所の仲良し四人組とその親と一緒に、住んでいた町の隣に出来た、新しい市営プールに遊びに行った時のことだ。
ヒトで溢れかえるプールに浮かぶ、水色の浮き輪。真夏の日差しに照りかえる。
「ねぇ、しってる? くらげって、うみのなかでふわふわ浮いてるんだって」
一番仲の良かった子が水色の浮き輪で浮かびながら話しかけた。家はとても貧乏で、服はいつもボロを着ている子。でも一番頭が良くて、賢いその子が私はだいすきだった。
「いいなあ。じぶんはおよげもしないから、くらげがうらやましいよ」
そうかな。およげた方がきもちよさそうだよ。
「だって、くらげらしいじゃない。ふわふわしてるから、ういているのがにあってる」
笑った顔が太陽みたいだと思った。
その顔ももう思い出せない。
次の瞬間、目の前のあの子はずるりと水中に吸い込まれて。私はただ浮いているだけだった。声も上げられなかった。
プールサイドから声が上がった。見知った顔二つがこちらを見て笑っていた。
「ほら。てんばつがくだったのよ」
「なにもしらないのがいけないんだから」
私は悲鳴を上げてプールへ潜り込んだ。自分だって上手く泳げないくせに、無我夢中で水を掻いた。
水面で揺らめく笑い声。人間の二面性が水の中で溶け込んでいく。息苦しい。
――――気泡で見えない水中で、伸ばされた右手を私は掴めていたのだろうか。
後に聞いた話では、あの子の葬儀には誰一人として参列しなかったらしい。
さて、もうそれも過去の話だ。
次に私が潜るのは、広く深い、電子の海の底。