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第9話 暴虐のラオベン

 

 響きわたる男の怒号と、医者の叫び。


「とんでもないのはどちらか。透視術を使ったところ、彼女のお腹には今すぐ治療せねば一生引きずるかも知れない腫れものが……」

「うるさい! 東国の呪術紛いなどまやかしにすぎん!!」


 フェアリーナは勿論、クレオまでが思わず震えあがってしまった。

 蹴り上げるかのように扉が開かれ、現れたのは勿論、ラオベン・ストルブルム。

 フェアリーナを確認するや否や、彼はニヤァと唇を歪めた。


「やぁ、こんなところにいたんだね。僕のフェアリー。

 早く家に戻ってきておくれ。君がいてくれなきゃ、誰が僕の食事を作ってくれるんだい?」

「い……いや!」


 毛布を被りながら震え上がるフェアリーナ。そんな彼女の腕を、無理矢理掴んで引きずり出そうとするラオベン。

 クレオが慌てて止めに入った。


「何をなさいます!

 フェアリーナは治療中なんですよ!?」

「おぉ……クレオ。君もここにいたのかい?

 とっても可愛くなったねぇ。見違えたよ」


 フェアリーナの手首を強く掴みつつ、ラオベンはクレオを振り返りニヤリと笑う。

 その視線はクレオを品定めするかのように、上から下まで無遠慮に眺めまわしていた。

 顔立ちだけは相変わらず整っているものの、その笑みは背筋をぞくりとさせる。

 それでも勇気を振り絞り、ラオベンに抵抗するクレオだったが。


「彼女を屋敷に連れ戻して今まで通り連日連夜働かせるなど、とんでもありません! 

 お医者様から言われなかったのですか!?」

「こんなボロい教会にいる医者どもなんて、ただのヤブに決まっているだろう。彼女は仮病だ、僕が診たんだから間違いない。

 全く……小金を稼ぎたいが為にありもしない症状をでっちあげるなんて、医者の風上にもおけないよ。見た目どおりの、薄汚い奴らめ!」


 そんなラオベンの怒号は当然、開かれたままの扉の向こうにも聞こえている。

 騒ぎを聞きつけた医者や治癒師、患者たちまで駆けつけてきたが、ラオベンのこの言いざまに、揃って不機嫌を露わにしていた。

 それでも、誰も抵抗できないのは勿論――ラオベンが伯爵の息子ゆえ。


 ひとしきり喚き散らしたと思ったら次の瞬間満面の笑みを浮かべ、フェアリーナとクレオを手を差し出すラオベン。


「さぁ、いい子だフェアリー。

 早く帰ってきておくれ。君に頼みたいことが山積みなんだからね~♪

 そうだクレオ、君も戻ってきなよ。今だったら特別に、一日一回ぐらいは歌うのを許してあげてもいいよ?」

「……!!」


 あまりの怒りに言葉さえ失い、クレオはギリッと唇を噛みしめる。

 だが、その時。



「やめたまえ。

 彼女たちへのこれ以上の暴虐は許さん」



 むんずとラオベンの腕を掴んだのは、リーベルの頑丈な手。

 あくまで軽めに掴んだように見えたが、それだけで思わずラオベンは悲鳴を上げた。


「い、痛、イタタタタタ!

 何をする、この無礼者が!! 夫が妻を連れ帰ろうとして何が悪い!!」


 リーベルの存在に初めて気づいたかのように騒ぎ出すラオベン。

 しかしリーベルも一歩も退かず、その腕を掴む指に怒りをこめる。


「夫婦とは互いに慈しみ尊び、初めて成立するもの。

 ラオベン殿。貴公とフェアリーナ嬢はその意味で、決して夫婦などではない。

 一方がもう一方を脅迫し、無理矢理隷属させているにすぎぬ!」

「何だと……?

 誰にものを言っているか分かっているのか、貴様?」

「む……」


 偉丈夫ではあっても、一介の冒険者でしかないリーベル。

 その群青の瞳は静かな怒りに染まっていたが、さすがに貴族相手にそれ以上踏み込むのは危険だった。

 黙りこんでしまったリーベル。一旦は掴んだ腕も、離さないわけにはいかなかった。

 しかしそれでもリーベルは、クレオを守るように彼女とラオベンの間に立ちはだかっている。

 それを見たラオベンは、整った顔を醜悪に歪めて笑いながら、フェアリーナに言い寄った。

 リーベルに触れられた腕のあたりを、わざとらしく撫でながら。


「フェアリーナ。君がどうしても嫌だというなら……

 クレオをかわりにもらっていこう」

「!?」


 このとんでもない発言に、フェアリーナは勿論、クレオも真っ青。

 リーベルも思わず息を飲む。


「だってそうじゃないか。君は僕に真実の愛を誓ってくれたのに、それを反故にしようとしてるんだ。なら、元々の婚約者だったクレオを僕が連れ戻すのは当然だろう?」

「なっ……

 人倫を何と心得て……っ!!」


 思わず憤怒の呟きを漏らすリーベル。それすらラオベンはせせら嗤う。


「人倫ねぇ。お前のような薄汚い乞食同然の男がクレオに近づくこと自体、倫理に反してるだろう。

 もし強引に止めるつもりなら、王にお願いしてこの教会ごと焼き払ってもいいんだよ?

 僕の父は王宮にも結構出入りしているし、何より僕自身、王から期待されている身だ。

 いざとなればこんな教会、すぐにでも綺麗さっぱり焼野原にできる」

「ほう。国王陛下に……か」


 感情をどうにか抑えながらも、その眼に怒気をこめてラオベンを睨むリーベル。

 固唾を飲んで状況を見守っていたシスターたちも、ラオベンの脅しに一気に青ざめ、救いを求めるかのようにクレオたちを見回している。


 だがそんな中、小さな悲鳴が響いた。



「や、やめて!

 私、戻るから!!」



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