第10話 リーベル、一計を案じる
よろよろと立ち上がったのは、なんとフェアリーナ。
「お願い。
クレオはやっと、好きな歌を歌えるようになったの。
彼女に手を出さないで……」
痛む腹を押さえ、フェアリーナはベッドから立ち上がる。
そして――ラオベンの手を取った。取ってしまった。
「駄目! フェアリーナ!」
思わず呼び止めるクレオ。
今フェアリーナをラオベンの元に戻せば、今度こそ彼女は再起不能にされてしまうだろう。
しかし当然、自分がかわりに行けるはずもない。どうすれば――
思い悩んでいると、突然リーベルがクレオに囁いた。
「クレオ。ここは一旦、フェアリーナ嬢を返すしかあるまい」
「えっ?」
「絶対に、君を差し出すわけにはいかない。
ならばほんの少しの間、彼女には我慢してもらうしかない」
「そんな……!」
絶句するクレオ。
この光景を見つめていた患者たちから、怒号が上がっていた。ラオベンのみならずリーベルにまでも。
「何やってんだぁ、冒険者様! 背中の大剣は飾りかぁ!?」
「そうだそうだ! その剣で、そいつを斬っちまえよ!!」
集まってきた患者たちに、分かりやすくキレるラオベン。「何だと、ゴミどもが……!」
再び自分のものになったフェアリーナを見せびらかすように、その手を掴み上げる。
「今すぐに貴様らの首をはねてもいいんだぞ! ハエのようにうるさい平民風情が!!」
しかし聴衆も黙ってはいない。
「うるせぇ! いい加減にしやがれ、てめぇこそヤブ医者だろうが!」
「クレオちゃんは俺らの天使だ! どうこうする権利なんて、テメーにゃありえねぇからな!」
口論する価値もないと言いたげにそんな彼らを見下げ、フェアリーナを引きずるように部屋から連れ出していくラオベン。
助けを求めるようにクレオとリーベルを振り返りながら、刑場に連れ出される者のように引っ張られていくフェアリーナ。
貴族たるラオベンに睨まれては、いきり立つ人々も殆どが平民ゆえ、どうしようもなかった。
状況に耐えるように、リーベルは歯を食いしばる。
「今すぐに奴を斬ってしまうのは容易い。だが奴は腐っても伯爵家の子息――
私だけならまだしも、君や彼女、この場にいる人々までが罪に問われかねん。
何より彼女は、自ら戻ると言い出してしまった。それを止めることは出来ない」
リーベルの言う通り、この国では平民が貴族に逆らうことはほぼ死を意味する。
それ故、リーベルがそれ以上動けなかった理由はクレオにも理解出来た。しかし。
「これでは、フェアリーナがあまりにも……!」
誰にもラオベンを止められず、教会を去っていくしかないフェアリーナ。
その細い背中を睨みながら、リーベルは言った。
「私に少しだけ時間をくれ。一つ考えがある」
「考え……?」
首を傾げるクレオ。
「三日あれば、全て片が付く。
彼女にはその間耐えてもらうことになるが、仕方がない」
「それは、フェアリーナを助ける算段でしょうか?」
「あぁ……ラオベンを正当に裁き、君たちの人生から徹底的に締め出す為のな。
クレオ、この作戦は君が不可欠だ。申し訳ないが、協力してもらえるだろうか」
クレオは即座に顔を上げた。
その瞳に、迷いは微塵もない。
「勿論です。
ラオベン様のこれ以上の暴虐は、私も絶対に許せませんから!」




