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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
ウェンブリー編
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第4章:偉大なる詐術者(23)

 一夜明け――――

 まだ痛みの引かない右腕をガチガチに固定したアウロスは、まずウォルトの元を訪れる事にした。

 無論、魔具に関する打ち合わせの為。

 その手土産は、頭の中で朧げではあるが形になりつつあった。

「失礼します」

 ミスト研究室から階段を隔てて直ぐ横にある扉を開けると、やたら活気に満ちた議論を展開している様子が目に飛び込んでくる。

 クールボームステプギャー=ベレーボ率いる魔具科の研究室は、この大学内でも特に優秀な人材が多い。

 優れた研究成果に対して魔術学会から与えられる賞の数もかなりのもので、豪華な羊皮紙にその栄誉を称える文面が記された賞状も沢山飾られている。

 そんな実績もあってか、魔具科の研究者はどこか自信に満ち溢れた人間ばかりが揃っている。

 その中にあって、職人気質のウォルトの存在はやや浮いているらしく、部屋の隅で一人黙々と資料を製作していた。

「む、ミストんとぅこのガキか。何の用じゃ?」

 アウロスの声に反応したのは、そのウォルトではなく――――大量の白い毛だった。

「あれ、いらしてたんですか」 

 魔術大学では教授・助教授クラスの人間であっても、研究室で部下と接している事が割と多い。

 クールボームステプギャーはその中でも特に部下とのコミュニケーションを重要視している人間で、彼は暇さえあれば部下の仕事振りを見守り、指導に勤しんでいる。

 定年間近の教授にも拘らず、かなり活動的だ。

「ここにいるとぅ若返るでの。とぅころでその腕はどうしたんじゃ? 実験でヘマでもしでかしたか」

「ま、そんな所です。それで、ウォルトを借りたいんですけど」

「おう持ってけ。ウォルト! 相棒が来とるぞ!」

 ウォルトの反応を確認し、再びアウロスに視線を戻すと、突然恭しく一礼した。

「例の件、便宜を図ってくれたらしいな。上司として礼を言わせて貰うぞい」

「俺は何もしてませんよ。したのはウチの上司ですから、毛……頭を上げて下さい」

「それだけではない。貴様と絡んでから、奴も以前より活発になっての。ようやく一人立ちと言った所じゃ」

 現役最古参の教授が一介の研究員に頭を下げる光景に、周りの研究員が目を丸くする。

 実際、こう言った場面は大学内ではまずお目に掛かれない。

 縦社会の構造は上に行けば行く程より顕著になるのだから。

「お待たせしました。あの……」

 そんな様子にウォルトも多少戸惑い気味だ。

「こっちの研究は後回しで構わんから、このガキに優先的に協力してやれ」

「は、はい」

 そして、そんな孤高の研究者に対し、アウロスは苦笑しながら視線を向ける。

「じゃ、学食にでも行こう。昼まだ食べてないんだ」

 クールボームステプギャー研究室一同が好奇の目で見送る中、二人は研究室を出た。

「……僕は余り期待されていないのかな」

 自分に任せている研究を『後回しにしろ』と言われた事に不満があるらしく、ウォルトは少し落ち込んだ様子で、俯きながら歩く。

「辛気臭いな。あのじいさんが俺の研究に期待してると解釈して貰いたいもんだ」

「そ、そうかな……って、その腕どうしたんだい!?」

「今頃気付いたのか。ちょっとドジってな。ま、ヒビだから長引きはしない。実験に関しては少し日程をズラそうと思う」

 平然と宜うアウロスとは対照的に、ウォルトは頬に汗を浮かべて固定した右腕を眺めていた。

「それよりも、朗報だ。アプローチの方向性が決まった」



「……」

 学食に着いて説明を受けたウォルトの表情は、本日の天候と同じく曇っていた。

「難しい顔してるな」

「実際、難しいと思う。問題点が多い」

「へーっ、どんな?」

「例えば……って、うわっ!」

 トレイを抱えた女性二人――――ラディとクレールの参入に、ウォルトが悲鳴を上げる。

 やや細い眼と同じく、内面も少々細々しいようだ。

「そんなに驚かなくても……私達もこの怪我人に呼ばれてたのよ。何かもう私たちってチームって感じだし。ね!」

「私は……そうね。そう思っても良いのなら」

 どこか心細そうなクレールの言葉に、否定を投げ付ける訳にもいかず。

 アウロスは何となく後頭部を掻いていた。

「何でも良いよ。それじゃ打ち合わせ開始。あ、その前に俺ゆでパスタ」

「ゆでパスタって……そんなのあんの?」

「裏メニューな。塩はセルフであるから、それ掛ければ立派な塩パスタだ」

「と言うか、ゆでないパスタなんてあるのかな……僕はいつもので」

 常連らしい。

「じゃ、改めて今後についての話し合いを始めよう。まずは……」

「さっきの話だけど、僕は難しいと思う」

 落ち着きを取り戻したウォルトの厳しい意見に、場が締まる。

 否定的な言葉にも拘らず、アウロスは満足気に微笑んだ。

「この技術を市場に出すのはとても現実的とは言えないよ。まず、能力、コスト共に未知数で僕らの手の中に収まるかどうかもわからないし、何より魔術士にとっては憎悪の対象だからね。生物兵器は」

「……生物……兵器?」

 一変。

 それまでのほほんと食事をしていたラディの黒目が大きく揺れた。

 そして、真顔のままアウロスに視線を向ける。

「どう言う事か説明して」

「あ、ああ」

 その普段とはまるで別人のような剣幕に狼狽しつつ――――説明。

「……そんな事が本当に可能なの?」

 ラディの表情は少しずつ元に戻ったが、まだどこかぎごちない。

 更に、それを指摘する事すら躊躇わせる空気をまとっている。

 アウロスは取り敢えず聞かれた事への回答を優先した。

「実際、生物兵器を金属に憑依させる技術は現存してる。当然可能だ」

「それは多分大丈夫だと思う。問題は、魔術士と生物兵器の軋轢の歴史だよ。君はどう思っているんだい?」

 ウォルトのその指摘の通り――――生物兵器に対する魔術士の受け入れ態勢は、全くと言って良い程ない。

 それはアウロスも知っていた。

「生物兵器に対する魔術士の嫌悪は俺らの想像以上だろう。特に年配者。頭固いからな」

 かつて敵対した――――と言うより見下ろしていた――――ものへ頼ると言う発想は、彼らにはない。

 それが通説だ。

 誇りと言うよりは驕り。

 自他問わず、この世で最も厄介な感情の一つだ。

「だが、それはあくまで表面的なものだ」

「表面的?」

「裏では、魔術士が生物兵器について調査及び研究している――――そんな話が実はかなり多いのよ」

 ようやく普段の状態に戻ったラディの割り込みに、反応を示したのは――――クレールだった。

「中には生物兵器の生みの親とされてる【トゥールト族】と癒着してる魔術士もいるくらい、ね」

「この大学や教会にもいるだろな」

 このような発言を声高に叫べば、当然ながら首が飛ぶ。

 保守的な思想は異端を排除する一方で、だからこそ異端を求めるのだ。

「表向きには生物兵器の研究は禁止されている。だが、いや……だからこそ、か。その研究に手を出す魔術士は多い。止められるとやりたくなるのは人間の本質的な心理だからな」

「生物兵器は対魔術士用の技術だから、魔術士がそれを知る事は自己防衛にもなるし、何より魔術士にとって最大の敵は魔術士だから」

 戦争時を除けば。

 優れた魔術士になるには、他の優れた魔術士と比較され、追い越さなければならない。

 必然的に敵は内側に限定される。

「だから、生物兵器に対してはナーバスである一方で、受け入れられ易い背景もあるんだ。研究が解禁されればコソコソする必要もなくなるし、金に出来る機会も増えるからな」

「……つまり、権力者の権力を借りて市場に穴を開ける?」

「あんまり良い気はしないけどな」

 ラディにそう答え、アウロスは息を落とした。

「でも、もし生物兵器が市場に出回れば、【トゥールト族】を筆頭とした少数民族が黙ってないんじゃ……」

「相応の待遇で敬意を払えば良い。彼らからも協力者を集う」

「な……」

 ウォルトとクレールの声がダブる。

 尤も、声と言うよりは絶句だったが。

「それはさすがに無茶よ。私達が想像も出来ないくらいの根深い対立構造があるのよ?」

「百も承知だ。それでも、どうにかしてみる」

 難しい事はわかってて、敢えてそこに挑む。

 今の研究と何一つ変わらない。

 それを否定する事は、土台そのものにケチを付ける事に等しい。

 ウォルトは苦笑いを浮かべながらも、これ以上の否定を控える事にした。

「それじゃ、仮にそれが上手く行くとして……必要な性質を持った生物兵器はどこで手に入れるんだい?」

「入手方法はともかく、何か知ってそうな奴に一応の心当たりはある。そこを当たってみようかと」

「金属は? どんな金属でも生物兵器と合成出来る訳じゃないだろう?」

「そっちも心当たりがある」

 平然と言ってのけるアウロスに、研究者二名が驚愕と感心の混じった眼差しを送る。

 特にクレールは羨望すら覗かせていた。

「……何か凄いね。あれだけ長い間進展しなかった研究をここまで具体的に進められるなんて。私なんて何の新鮮味もない論文にこれだけ苦労してるのに」

「苦労してるのは、妙な事に足引っ張られてるからだろ。んじゃ、次はこっちの件を話し合うか。ラディ、報告」

「あいよ」

 気だるげに返事し、自前のメモ帳を取り出す。

 表紙に【スターダスト・メモリー ~震える手で君の愛を包む軌跡~】などと記されているのが肉眼で確認されたが、誰も何も言わなかった。

「と言っても、正直役立ちそうな情報ってあんまりないのよね。大抵はバカ息子のバカっぷりに対する怨みネタばっかだしー」

「あのバカ息子、そこまで評判悪いのか」

 バカ息子とは、言うまでもなくガルシド=ヒーピャを指す。

「中身のない権力主義って感じ。典型的なバ~カボンボンね。ただ、明らかに問題を起こしたと思しきケースでも尻尾は出さない狡猾さはあるみたい」

「……」

 クレールの表情が濁る。

 彼女もまた、そのスキルによる被害者だ。

「親の方は?」

「こっちは何せプロテクトがあるから……せいぜい、たまーにフラっといなくなる時があるってくらい。これも別に珍しい事じゃないしね」

「ちょっと待った」

 その情報に引っ掛かりを覚えたアウロスは、進行の停止を促した。

「どったの?」

「実はだな――――」

 先日、ルインから得た情報を掻い摘んで話す。

「……それってつまり、ライコネン教授が教会と癒着してるって事?」

「確証はない」

 そう前置きしつつ。

「今、ミスト助教授にとって邪魔なのは前衛術科の二つしかない椅子に座っている二人の教授だ。その二人のどちらかに御退場願うならば、弱みを握るのはある意味最大の正攻法だろう」

「となれば、確率的に二分の一って訳ね」

「あの……」

 会話から取り残されたこの件唯一の部外者が立ち上がった。

「さっきから、何の話を?」

「あれ? ウォルっちはこの件噛んでないの?」

 ラディの言葉に時間が凍る。

「……そのウォルっちってのは何だ」

「やーね。ニックネームに決まってんじゃない。ロスくんと同じよ」

「ロスくん?」

 怪訝な表情でクレールが反芻すると、何故かラディはニヒルっぽく笑った。

 あくまで『ぽい』と言うだけで、渋みなど皆無だ。

「アウロスのロスでロスくん。ちょい捻り加えてる所がラインダンスばりにエレガントでしょ?」

 全く持って意味不明な言葉の羅列に、一同揃ってイラっとした。

 空気を察知したラディの顔が冷汗で濡れる。

「え、ええと、何の話だっけ。そうそう! あのね、これは……」

「盗作騒動の事は知ってるでしょ? その容疑者が私」

「ええっ!?」

 クレールの素っ気無い発言に、ウォルトが珍しく大声で驚愕を露にする。

 と言うのも、現在査問委員会に掛けられている最中なので、彼女が容疑者である事はまだ外部には漏れていない。

 ウォルトが知らないのは必然だった。

「濡れ衣だけどね」

「つまり、かくかくしかじかと言う訳で」

 説明中――――終わり。

「……そう言う事なんだ。大変だね」

「一応聞いてみるけど、ヒーピャ親子について何か知ってる事ないか? 噂の範囲でも良いから」

「例えば教会のお偉いさんとランデブーかましてる現場を目撃ドキュン、とか」

 アウロスとラディの『お前うるさい』『いーじゃん別に』的なやり取りを尻目に、ウォルトは思案顔で視線を落としていた。

「……そう言えば」

「え、あるの!?」

 聞いた割に凄く意外そうにラディが叫ぶ。

 情報屋の彼女にとって、もし本当にあるのならある意味屈辱だ。

 一方、アウロスは少しだけ耳を大きくするような心持ちで聞く態勢を整えていた。

「いや、そんな現場を見た訳じゃないけど。ちょっと心当たりと言うか……僕が以前脅されていたウェバー=クラスラードって男、覚えてる?」

「ああ」

 実はつい先日再会した、と言う事実は敢えて伏せつつ首肯。

「その男が言うには、既にこの大学には教会と繋がっている人間がいるって話だった」

「あ、それ私も聞いた。盗み聞きだけど」

 アウロスにも覚えはあった。

 当時は特に気に留めなかったが、何気にスクープではあったのだ。

「で、それ以前にも一度同じ旨の事を聞いた事があったんだ。その時に言ったのが『息子の為に苦労なされている立派な親だ』」

「決まりね。もう一人の前衛術科教授には確か息子さんはいなかった」

「さすが情報屋、そこまで調べてるのか。と言うか、聞いてみるもんだな。一番無関係な人間から一番有益な情報が出てくるとはね」

 世の中そう言うものである。

「でも、こう言っては失礼だけど……」

「ウォルトの発言に証拠能力はない。そんなのはわかってる」

 クレールの指摘を最後まで聞かず、アウロスは断言する。

 その顔には、既に次の一手を模索する形跡が見て取れた。

「でも、それだと結局は権力に屈する事になるんじゃないの?」

「証拠は連中の口から引きずり出せば良い。これまでして来た事は、その為に必要なカードを用意する為の作業だ」

「……どゆ事?」

 アウロス以外の全員を代表してのラディの疑問に、アウロスの顔が綻んだ。

「バカ親子と話し合いの場を持つ。出来る限り公的な場に近い条件で」

「なっ……」

 再び研究員の二人がハモる。

「無茶よ! 私達みたいなぺーぺーが教授と話し合いなんて!」

「僕もそう思う。話を聞く限り、先方に席を共にする意思があるとは思えない」

 二人の主張は正しい。

 ただ単に話をするだけなら、教授室の扉は決して固くないのだが、自分に不利な要素を含んだ来訪となれば、その扉は鉄格子よりも固くなる。

 権力とはその為の力なのだから。

「そこはまあ、ウチの上司に一肌脱いで貰おうかと」

「ダメっ!」

 反射的な大声による拒否に、室内の空気が乾く。

 声の主であるクレールはそれを感じ、おずおずと俯いた。

「あ……と、兎に角ダメよそんなの。この大事な時期にあの人の心象を悪くしかねないでしょ?」

「あの人、ね」

 ラディが半眼で呟く。

 その視線の先にある顔は興奮とそれ以外の成分で赤くなっていた。

「ミスト助教授にはちゃんとチップを渡すさ。その上で返事待ちだ。じゃ、ちょっくら行って来る」

「だからダメだってば! 人の話を……」

 ほぼ同時に席を立ち、二人はフェードアウトした。

「……何か凄い事になったね」

「……」

「ラディさん?」

「あえ!? あ、ご、ゴメン。聞いてなかった」

「いや、別に謝らなくても……。にしてもアウロス君、会計もしないまま行っちゃったけど良いのかな」

「あ、ホントだ。あのヤロ、人を散々食い逃げ扱いしてたクセに。後で脅し……もとい、驚かしてやろ」

 ラディも席を立つ。

 言葉も表情もおふざけモードなのだが、普段の軽妙さがどこか影を潜めている。

 通常の彼女とは明らかに違っていた。

 とは言え、それをウォルトに判別出来る筈もなく、その場は唯のドタバタ劇として幕を閉じた。


 ――――この翌日、クレールとヒーピャ親子との『話し合い』の場が設けられる事が正式に決定した。

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