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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
ウェンブリー編
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第3章:臨戦者の道理(9)

 展覧会3日目――――最終日、午後。

 予想された通りの盛況を見せる会場内のホテルの従業員用仮眠室にて、アウロスとグレスは本日最初の休憩を取っていた。

 時刻は16時。10時から始まった特別招待客への展覧会は、後2時間で終了と言う事になる。

 最も危険性が高い3日目と言う事もあり、2人の間には待機中にも拘らず、一定の緊張感が漂っていた。

「この展覧会の目的……?」

「ああ。知ってるなら教えてくれ」

 そんなアウロスの問いに、グレスの眉が角度を変える。

 このレアメタル展覧会は、単純に入場料で儲けると言う目的には留まらない。

 各地方のセレブや王族を呼んで展覧会のステータスを上げ、郊外からの客を多く呼び寄せ、交通機関や【パロップ】全体に対して経済効果を生ませる事で足場を固める事が出来るし、更なる優良取引先を見繕う事も視野に入れている。

 しかし――――最大の目的はそれらではない。

「彼は大富豪であると同時に、世界的なレアメタルコレクターだ。元防具屋と言う事もあって、金属に関する造詣が深い。そう言う人間は定期的にこう言った催しを開いて、他のコレクターに自慢する事で自尊心を満たすものらしい」

 グレスのその答えに、アウロスは一定の満足を得たものの、余り気分は晴れなかった。

「成程。広義的に見れば利益にも繋がるし、満足も得られる。そりゃ開きたくもなる、か」

「その分だけ、生命を絶たれる危険も増えるのだがな」

 半ば呆れ気味にグレスが吐き棄てる。

 そう言う人間を何人か知っている――――そんな経験を踏まえてのものなのか、妙に実感が篭っていた。

「そう言った所で、その恩恵で仕事を貰えているのも事実だろ」

「……いちいち痛い所を突付いて来る辺り、ミストに良く似てるな」

 グレスは苦笑しつつそう呟く。

 言われた側にとっては、余り面白い指摘ではなかった。

「そう言えば、ウチの上司と知り合いって話だったな」

「ああ。教え子の観点から見てヤツはどうだ?」

「上昇志向がかなり高く、信者を持つだけのカリスマもある。用心深さと大胆さを兼ね備えていて、尚且つ行動力もある。一言で言えば『人の上に立つ器』なんだろう」

 アウロスのミストに対する評価は高い。

 それを聞いたグレスは、心なしか嬉しそうだった。

「元々10年に1人の逸材と言われる程の才能だ。陳腐な言葉だが、天才としか表現しようがない。昔から要領も良かったしな」

「昔から、ね。学生時代からの友人、ってとこか?」

「良きライバル……にはなれなかったがな」

 グレスの目にここではない風景が映る。

 その遠い視界は、何処か憂いを帯びていた。

「あの男の下で学ぶのは、魔術士としても、研究員としても最高の環境だろう。魔力量などそれに比べれば微々たる問題だ。気にせず精進するんだな」

 この2日間で、アウロスの魔力量の低さは既に露呈していた。

 魔力量の数値を問われたアウロスがその数値を口にすると、隊員から漏れなく失笑が沸いて出た。

 それ以降、彼らの態度は『大学からの派遣者』から『唯のお荷物』へ変動し、嫌味の代わりに親切な対応を頂いた。

 無論、弱者への優越感がふんだんに詰まった。

「雑談はこれくらいにするか。仮眠でも取っておけ。あくまで仮眠だからな。お前は寝るな」

「……?」

 妙な念押しに疑問符を頭に乗せたアウロスだったが、気にしないで横になる事にした。

 着慣れないローブに身を包んでいる事もあって、寝心地は余り良くない。 

『我々には報酬に見合うだけのプロフェッショナルな仕事が常に要求される。体力も魔力量もないのなら、せめて形だけでもしっかりしておかなければな』

 魔力量を聞いて以降、微妙に教師のような口調が目立つようになったグレスの好意によって配布されたそのローブは、戦闘用としてしばしば着用されるスタンダードなタイプの物で、動き易さの割に衝撃の吸収性は中々のものがある。

 とは言え、所詮は布。

 剣や槍をもれなくシャットアウトと言う訳にはいかない。

 魔術士の防御手段はあくまで結界がファーストチョイスだ。

「隊長。時間です」

 結局、寝る間もなく次の仕事場へ。

 会場のクワトロホテルは【パロップ】の中で最も外装の派手な建築物で、それに見合うだけの集客数を誇っている。

 それだけに、その恩恵に与ろうと、周辺には飲食店や武器・防具屋、或いは装飾品などを売っている露店などが点在しており、『クワトロ通り』と呼ばれているここら一帯の道は常に活気で溢れている。

 加えて、現在は大イベントの真っ最中。

 昼間でありながら人通りはかなり多い。

「……疲れた」

 4時間近くその通りを歩き続けたアウロスは、思わず本音を声に出した。

 人口密度の多い場所で不審者を探しつつ長時間歩くのは、それだけで疲労が溜まる。

 加えて、ここまでの2日間の肉体的疲労、昨日までとは違う会場の殺気立った雰囲気による精神的疲労――――その双方からイジメに合い、アウロスの体力はボチボチ限界に近付いていた。

 着慣れない戦闘用のローブはそろそろ汗臭さが臨界点を突破しつつあり、これも精神の摩擦を助長している。

 唯一の救いは、周辺警備は二手に分かれて行うので、1人でいられる事だった。

(滞在は1週間って契約だから、あと1日は居られる、か)

 その1日でやりたい事が全部出来るかどうか――――と、明らかに警備とは関係のないところで頭を悩ませつつ、視線は一応巡回モード。

 しかし、思考と行動を切り離し両立させると言う行為は高等技術を要し、疲弊し切っている状況では大抵上手く行かない。

「痛っ!」

 案の定、駆け足で背後から迫って来た誰かを避けきれず、ぶつかってしまう。

 華奢な身体のアウロスだったが、それ以上に相手がひ弱なのか、当たり負けはしなかった。

「どこ見てんだコラー!」

 輩のような物言いだが、声は甲高い。

 アウロスはこれらの事から子供だとを想像し、振り返ると――――思いっ切り予想通りの少年が涙目で鼻を押さえていた。

「悪かったな。アメやるから泣き止め」

「子供扱いすんなー!」

 少年は差し出された糖分補給用の黒褐色の安いアメを、激怒しつつ受け取った。

「じゃ、俺は行くぞ。仕事中なんでな」

「まて」

 アウロスはさり気なく立ち去ろうとするも、少年はアメをゴリゴリ舐めながら引き止める。

「お前、警備の者か?」

「ああ、そうだが……」

「なら丁度良い。オルナを会場まで連れて行け」

 そして、アメをガリガリ噛みながら偉そうに命令した。

「オルナってのはお前の名前か?」

「良い名前だろう。母上が付けてくれたのだ。さあ連れて行け。すぐ連れて行け」

 口調とは裏腹に、オルナは明らかに焦っていた。と言うか不安がっていた。

「お前……まさか迷子か? 年幾つだよ」

「迷子じゃないやい! 迷ってなどいるものかー! もうすぐ8歳だー!」

 憤慨しつつも質問にはしっかり答えた。

 素直な性格のようだ。

「迷子の面倒も警備の役目か……仕方ないな。付いて来い」

「迷子じゃないって言ってるだろー! バカにすんなー!」

 オルナはプンプン怒りながら一生懸命付いて来る。

 特に子供が好きと言う訳でもないアウロスだったが、少しだけ癒された。

「おい」

「ん?」

 呼びかけられたアウロスが立ち止まって振り向くと、焼いたトウモロコシを食している大人をジーっと眺めているオルナが視界に入った。

 芳ばしい香りに鼻腔をくすぐられ、締まりのない口を無防備に曝け出している。

「あれ食べたい」

 そして、涎を拭きながら、初対面の人間に対して傲慢極まりない要求をして来た。

 トウモロコシ自体は高価な代物ではないが、現在アウロスの所持金は緊急用の小銭のみ。

 万一に備え、財布はギルドに預けてある状態だ。

「アメやっただろ」

 よって、毅然とした態度で拒否の意を呈した。

「あれ食べたい!」

「アメやっただろ」

「あれ食べたい!!」

「アメやっただろ」

「……うー」

 約10年の人生経験の差が眼力に現れていた。

「ったく、どこのお坊ちゃんだお前」

「総大司教のお坊ちゃんだ!」

 皮肉混じりに言ったアウロスの問いに対し、素直な答えが返ってくる。

 同時に、アウロスの頬に冷たい汗が流れた。

「総大司教……?」

「そうだー! 参ったか! あれ食べさせろ!」

(参ったな……)

 心ならずも危険物を抱えてしまった格好のアウロスは、困惑を隠せない。

 今更言葉遣いを変える気などサラサラないが、無碍に扱えば人生が終わりかねない。

 総大司教の逆鱗に触れて生き延びられる魔術士など、この国には殆どいないのだ。

「仕方ない」

「やったー!」

 子供らしくはしゃぐオルナの手に握らされたのは、黒褐色の安いアメだった。

「何だこれー! さっきのと同じじゃんかー!」

「トウモロコシはママに買って貰え」

「嫌だー! 食べさせなかったら総大司教に言ってクビにしてやるぞー!」

「ほーう」

 アウロスの目が怪しく鈍く光る。同時に指輪も光った。

「な、何する気だよぅ。そそそんな事したって怖くないんだからなっ」

 怯える子供を相手に対し、アウロスは無表情で魔術を編綴して行く。

 そして――――


 ……ボン!


「うにゃ!?」

 オルナが掌に乗せていた丸いアメにアウロスが指を付けると、小さな爆発音と共にアメが氷の結晶のような夥多の細粒となり、プリズムを思わせる何色もの光を発しながら、キラキラと地面に舞い落ちて行った。

「うおぉ! すげー! 何だコレ! 花火か!?」

「どうだ。さっきのと同じじゃなかったろ」

 オルナが感嘆の声を連発して目を輝かせる様子を見て、アウロスは内心ホッとした。

 インパクトのある演技で主題を眩ます――――子供相手に最も有効なその手段がすんなり上手く行った事もそうだが、それ以上に魔術の成功に対しての安堵が大きかった。

 まるで手品のようなファンタジーに富んだこの魔術は、簡単なようで実際は非常に難易度が高い。

 まず音だけを出し、次にアメを瞬時に気化させ、それに平行して【細氷舞踏】を応用して微小な粒を作り出し、光をスペクトルに分解する。

 これらの作業を、子供の掌の上と言う小さい範囲で、正確に、迅速且つ安全に行うのは、相当の技術を要する。

 もしここに高等な地位の魔術士がいたならば、驚愕と畏怖の表情でアウロスを見やった事だろう。

「にーちゃんすごいな! 花火の人か!?」

「警備の人だ。ほら行くぞ……ん?」

 自分達への視線を感知し、アウロスは瞬時にその目を探った。

 殺気ではないものの、明確な敵意を含んでいるその視線は――――6つ。

 その内の2つは、黒ぶちのメガネ越しに向けられていた。

(あいつ、どこかで……)

 アウロスの視線と交錯した刹那、脱兎の如く逃げ出す。

 見覚えがあるにしろ、ないにしろ、明らかに不審者である以上は追わないといけない――――立場なのだが、総大司教の息子を置いてきぼりにする訳にもいかず、結局身動きの取れないまま見失ってしまった。

「行かないのか?」

「あ、ああ。んじゃ……」

「少年!」

 改めて会場へ向かおうとした2人に、グレスの切羽詰った声が届く。

 その表情から、何となくすべき事を悟ったアウロスは、オルナの肩に手を置き、前に差し出すように押してやった。

「総大司教の御子息が行方不明との通達があった。これより我々は仕事を御子息の捜索へと切り替える」

「切り替え早々申し訳ないが、これが御子息だ」

「……は?」

 捜索は1秒で終了した。



「では、オルナ様の身柄の引渡しを行う。くれぐれも同じ過ちを犯さないようにな」

「……」

 グレスからオルナの身柄を送還されたフランブル隊の男達数名に、安堵の顔は何処にもない。

 こぞって苦虫を噛みつぶしたような表情をしていた。

 中には青ざめている者すらいる。

 彼らにとって致命的とも言える失態は、アウロスとグレスの2人によって黙殺され、ギルド内のみで処理される事となったが、ここにいる連中がフランブル隊長から何らかの罰がある事は明白だ。

 そのフランブルもメンツが潰れ、拉げた矜持は大きな痣となって胸次に残るだろう。

 外回りの警備と内部・要人の警備と言う圧倒的な格差は、この場では完全に逆転していた。

「にーちゃん! またあれ見せろよ!」

「はいはい。大人しくしてたらまた見せてやるよ」

「絶対だからなー!」

 両脇に格好だけは一人前の魔術士2人を携えつつ、オルナは最後までアウロスの方を見て何やら叫んでいた。

「随分と懐かれたようだな」

「どうだか」

 アウロスはぶっきらぼうに吐き棄て、踵を返す。

「それにしても、お前には余程の運が付いているらしいな。お陰で当分デカイ顔をされずに済む」

「普段からデカイ顔されてるのか。まあデカイ顔だけど実際」

 アウロスの軽口に、グレスは声を殺して笑いながら並行を始めた。

「フランブルと言う男は、実力はあるのだが……人を見下し、蔑む事ばかりを堪能する歪んだ性格でな。ま、オレにはあの男ぐらいがライバルには丁度良いのかも知れん」

 自嘲気味に吐き棄てられたその言葉に、アウロスは先程耳にした言葉を思い出す。

『良きライバル……にはなれなかったがな』

 自分自身への失望や対象への敬意よりも深い、切ない響き。

 アウロスにも少しだけ、それに共鳴出来る部分があった。

「……と、こんな事をお前に言っても仕方ないな。さて、手柄を立てたとは言え気は抜くな。警備に戻るぞ」

 グレスは表情を引き締め、拳も握り締めつつ力説した。

「引き締めておられるところ申し訳ありませんが、交代の時間です」

 長髪四天王の1人に恐る恐る告げられ、ほのかに赤面するグレス隊長の顔を――――アウロスは特に触れる事なく、無言でツカツカと歩いて行った。


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