第3章:臨戦者の道理(8)
レアメタル展覧会は、3日間の日程で行われる。
最初の2日間は一般人への公開を行い、最終日は貴族を中心とした高貴な身分の人間を呼び、宴を開くと言う事らしい。
そんな展覧会の当日――――早朝。
「では諸君、くれぐれも気を抜く事のないよう、集中して警備に当たってくれたまえ」
主催者であり、同時に会場のホテルのオーナーであり、更にはギルドから派遣された警備員の雇い主であるサビオ=コルッカは、美しい装飾のローブを身にまとった男達の肩を1人ずつ叩きながら激励の言葉を述べ、その中の1人と暫し談笑した後、意気揚々とホテルへ入って行った。
サビオ=コルッカ――――この地に住んでいる人間で、彼の名を知らない人間はいないと言われる程の大富豪の名前である。
貴族のような高貴な血筋ではなく、平民の出でありながら大出世を果たし、僅か一代で都市一帯を牛耳る程の財力を手に入れた。
所謂、成り上がり、或いは叩き上げである。
その為、市民からは好意的な見方をされており、ホテルの業績は年々向上している。
そう言った事もあり、貴族を始め他の由緒正しき血液を体内に有する者達にとっても、無視出来ない存在として君臨している。
尤も、こう言った人物を貴族達は認めようとしないのが通例。
成り上がりは苦労も多い。その為、自分の益になりそうな人物には積極的に繋がりを求める傾向にある。
「俺ら外回りには挨拶もなしかよ……」
長髪四天王の1人が小声でぼやく。
激励の言葉を受けたのは会場内と要人を警護する者達のみで、グレス隊には目も合わさない。
警備は基本的に、外回りの方が危険とされ、命を落とす可能性は内部の方が圧倒的に少ない。
しかし、警備の依頼はほぼ例外なく内部の方を重視する。
その中でも、重要人物の護衛に関しては特別に力を注ぎ、それはそのまま護衛する側の名誉になる。
「よーし、グレス隊集合。これから警備の最終チェックを行う」
そう言った名誉とは縁がない事を改めて思い知らされた長髪四天王は、ダラダラとグレスの元に集った。
髪の毛で表情は窺い知れないものの、そのモチベーション通りならば、想像に難くない。
「さて、まずはローテーションの確認だが……」
アウロスはグレスと組み、最初の4時間を入り口の警備、次に待機、そして周辺の警備と言う順番で回って行く事になった。
「入り口の警備の際は来客の一挙手一投足にチェックを入れろ。外回りは抑止力の意味合いもあるから、堂々と道の真ん中を歩くように。待機する組は2人とも寝ると言う事がないようにしておけ。それでは、各自持ち場に移動だ!」
その号令を合図に、グレス隊はそれぞれの仕事場へと向かった。
「さっさとしろ少年。人数合わせとは言え、気を抜くと許さんぞ」
「はいはい……ふぁ」
やや寝起きのアウロスは欠伸を噛み殺しながら、緩慢な足取りでグレスに続いた。
しかし途中、前の背中が突然止まり、急停止を余儀なくされる。
「よう、グレス」
その原因は、先程サビオと談笑していた男の薄ら笑いだった。
どうやら知り合い同士らしい。
「……何の用だ」
「そんな顔すんなよ。外回りご苦労様って言いに来ただけさ」
余りに露骨な嫌味顔に、グレスの顔が歪む。
「まあ、お前も早く中で仕事が出来るよう精進するこった。はっはっは」
「……」
言うだけ言って去って行った知り合いの後頭部を、グレスは無言で凝視していた。
「何の捻りもなく馬鹿にされてるぞ」
「相手にするな」
バッサリと切り捨てる。
しかし、顔の筋肉は明らかに引きつっていた。
(ああ言う輩は本当、何処にでもいるな)
圧倒的な自己顕示欲を抑える事なく、優越感を満たす事を何よりも優先する人間。
以前勤めていた大学、そして現在所属している研究室、更にはアカデミー時代や戦場下においても、必ず最低1人はいた。
似たような人間が何人も脳の容量を埋めるのは余り本位ではないのだが――――アウロスの記憶は主の意思に反し、それらの顔を明確に区別し、それぞれを保存している。
それは、人間が人間を記号化する事を善しとしない事の表れでもあった。
「それにしても、レアメタルの展示会なんて珍しいな。客は入るのか?」
どうでも良い思考が脳を闊歩している事にウンザリしたアウロスは、気分転換も兼ね話題を変える事にした。
しかし、グレスからの返答はない。
「ま、レアメタルってのは愛好家が多いから大丈夫か。武器防具に係わる連中も来るだろうし……」
「いちいちうるさいヤツだな。警備に集中しろバカ者」
まだ入場時刻には至っていない状況での無駄口だったが、虫の居所の悪い隊長は沈黙を命じた。
静寂のまま時は過ぎ――――10分後。
「……あ、あの。れれレアメタル展示会はここで良いのでしょうか?」
四角い顔をした黒ぶちメガネの男がフラっと現れた。
最初の客らしい。
「はい、ここです。開館までもう少しですので、ここで今暫くお待ち下さい」
「そうですか。いやー、メルクリウスが展示されると聞いて、居ても立ってもいられなくなってしまいましてねえ」
メルクリウスとはレアメタルの一種で、一説では水を司る神の涙が固まって生まれたと言われており、金属にも拘らず液体を吸収すると言う奇妙な性質を持つ。
「しかしその性質が見られるものは99.996%以上の純度のメルクリウスのみで、その希少価値はレアメタル全体の中でも五本の指に入る程高く……」
「は、はあ……成程……いや、オ……私はその……」
丁寧な対応が好感を持たれてしまったのか、こう言った類の話をグレスは延々と聞かされる羽目になった。
「お、ここだここだ」
「さすがサビオ氏の展示会だな。会場も実に素晴らしい」
それから徐々に客が集まり始め、入場を前に長蛇の列が出来る。
アウロスの懸念は杞憂だった様子で、盛況は確約されているらしい。
「それでは、サビオ=コルッカ主催のレアメタル展覧会を開催致します。どうぞ中へお入り下さい」
ホテルの従業員と思しき女性のアナウンスを皮切りに、どっと客が押し寄せて来た。
その一人一人にチェックを入れ、怪しい雰囲気の人間を探し、不審者が見つかれば相応の対応をしなければならない。
しかし、不審者などそうそういる筈もなく、寧ろただ立ってる事自体が何よりも疲労を生む。
警備の仕事で最も必要とされるのは、長時間立ち続けても集中力を保ち続ける粘っこい精神だ。
「隊長、交代の時間です」
結局、何のトラブルもなく最初の4時間が終わった。
「このまま何も起きなければ良いがな」
そのグレスの呟き通り、1日目と2日目は順調に消化して行った。
そして――――
「総大司教様がお着きになったぞ!」
数人の宮廷魔術士をお供に、総大司教ミルナ=シュバインタイガーはゆったりとした足取りで会場の敷地を跨いだ。
デ・ラ・ペーニャは王政を持たず、教会が最も大きい権力を振るっている。
その中において、最高の裁治権をもつ司教職とされているのが総大司教だ。
彼らはそれぞれの聖地において、王に等しい力を有している。
要するに、とってもとっても偉いのだ。
「お早うございます、皆さん」
しかし、総大司教はそう言った身分を余り感じさせない柔らかな物腰で、挨拶の言葉を口にした。
杖を突いて歩くその姿は、初老の女性以外の何者でもない。
しかし、周りの者全ての人間が跪き頭を下げる光景は、彼女が総大司教である何よりの証だった。
「総大司教様」
その中の1人が総大司教の御前に歩み寄り、恭しく一礼する。
「只今より総大司教様の周辺警備を勤めさせて頂きます、フランブル隊隊長フランブル=マグノイアと申します。我ら隊員一人の例外もなく、命を懸けて総大司教様をお守り致します故、一切の不安を取り除いて、悠々と展覧会をお楽しみ下さい」
その男は先日、グレスと対面した嫌味顔だった。
「頼もしい言葉ですね。期待しておりますよ」
あの時とは似ても似つかない面持ちでかしこまるフランブルに対し、総大司教は最大級の労いの言葉を述べた。
そして、心の中でガッツポーズをするフランブルの横を通り過ぎ、グレス隊の前で止まる。
「貴方達も警備の者ですね? 担当は何処ですか?」
「はっ! 外回りです!」
突如声を掛けられ動揺したのか、グレスの返事は微妙に裏返っていた。
「警備の重要性に外も中も、まして特も凡もありません。宜しくお願いしますね」
「命に代えても!」
総大司教ミルナ=シュバインタイガーの一般市民に対する求心力は、非常に高い。
その理由である彼女の人となりがよく現れた労いの言葉に、グレス隊の面々のみならず、周りの人間の殆どが恐縮し、感動した。
「総大司教様! ようこそお出で頂きました! ささ、どうぞ中へ」
主催者であるサビオ=コルッカに促され、総大司教は息子をはじめとする一行共々、何の問題もなく中へと入って行った。
「……何と言う素晴らしい御人柄だ。少年、お前もあの御心に少しでも報いるよう……おい少年! 何をボーっとしている! 行くぞ!」
ただ一人、感情の移動がなかったアウロスの脳裏には――――先日の嫌な予感が去来していた。
そして。
今度はそれが、真っ当な方向で的中する事になる。




