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ロスト=ストーリーは斯く綴れり  作者: 馬面
ウェンブリー編
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第3章:臨戦者の道理(5)

 デ・ラ・ペーニャ有数の鉱山地帯である【トアターナ地方】は、トレジャーハンティングのメッカとして、金銀財宝に胸を躍らせるハンター達を数百年前から誘い続けている。

 鉱山内部は地下1kmを越える深さにまで坑道があり、発掘作業に係わる人間の数は優に千を超える。

 地下資源はと言うと、ミスリルの原料となる白銀、対魔術用の防具に使われる水鋼などを始めとするレアメタルも沢山採れるが、最大の採取量を誇るのは【魔石】の原料となる【黒エーテル】で、デ・ラ・ペーニャの生産する全魔石の18%がここで採れる黒エーテルによって造られている。

 その中心都市である【パロップ】は、経済的に非常に豊かで、大勢の富豪が競わんばかりに豪邸やら娯楽施設やらを建て、その見栄えは他国の王都に匹敵する――――とさえ言われている。

 しかしその一方で、数多くのトレジャーハンターや金に目の眩んだゴロツキが間断なく流れてくるので、治安が良いとは言い難い。

 王都であれば騎士団から衛兵を募って警備させるのだが、この地には騎士は勿論の事、傭兵すらいない。

 デ・ラ・ペーニャには傭兵ギルドが存在せず、魔術士ギルドがその役割を担っているからだ。

 そういった背景から、ギルドが大学や他国の傭兵ギルドに派遣を依頼する例は多い。

(……何だこれ)

 どうにか無事、ギルドのあると言う住所に辿り着いたアウロスは、その建築物を見て暫し唖然とした。

 魔術士ギルドの外見は塔を模している所が多い。

 教育機関である魔術学院と違い規制団体としての性格が強い為、威圧感のある建物の方が都合が良いからだ。

 特にデ・ラ・ペーニャの魔術士ギルドは、他の国のギルドと比べ担う役割が広く、魔術士の仕事の斡旋や権益保護以外にも、自治や情報流通と言った傭兵ギルドや諜報ギルドの性質も含有している。

 魔術士支援の為の総合的なギルドと言えるだろう。

 それ故に、典型的な塔を想像していたアウロスだったが、実際には塔どころか――――城だった。

 外壁や堀もちゃんとあり、橋を渡って門につくと『魔術士ギルド【デュイス】』と書かれた立て札があった。

【パロップ】には魔術士ギルドは一つしか存在しないので、ここで間違いはない筈だ。

(領主が棄てた城を再利用したんだろな……)

 手書きの案内札や石垣の改築と言った、後付け的な部分を所々に見つけながら歩く事10分。

「【ウェンブリー魔術学院大学】から派遣された者だ。依頼者に連絡をしてくれ」

 ようやく本丸まで辿り着いたアウロスは、疲労困憊の面持ちで受付係と思しき長髪女に取次ぎを頼んだ。

 すると、幽鬼の如く無言で奥に消えて行く。

「……」

 待つ事10分――――長髪女が一人で戻ってくる。

 顔が髪で隠れているので、表情が全くわからない。

「そっち、階段、ある。3の階、奥、部屋、入れ」

 物凄いカタコトの言葉だったが、意味は通じた。

 アウロスは了承の旨を告げ、パンパンに張った足を引きずるように階段を上がり、3階の奥にある扉の前に立つ。

 廊下の壁、床、そして扉には過剰とも言える華美な装飾が散見され、元領主の趣味が伺えた。

 その装飾と無骨なギルドの雰囲気とのアンバランスさに珍妙な気分を抱きつつ、控えめに……と言うより力なく扉をノックする。

「入れ」

 その口調から、中にいるのは隊長クラスだろう――――そう推測しつつ、アウロスは扉を開けた。

「ようやく着いたか。待ちかねたぞ」

 部屋はどうやら応接室のようで、無駄に広い室内の中央には無駄に大きいテーブルが陣取り、無駄に赤い絨毯がその下を彩る。

 無駄に高い天井からは、無駄に王冠型のシャンデリアが吊るされ、蝋燭の炎がゆらゆらと明かりを提供している。

 そしてその真下に、無駄に筋肉質の魔術士が不機嫌な表情で仁王立ちしていた。

「【ウェンブリー魔術学院大学】前衛術科、アウロス=エルガーデンと申す者です。ミスト助教授の指示に従い派遣されて来ました……」

「ふむ、ご苦労だったな。取り敢えず掛けてくれ……おい、どうした?」

「……ふぎゅ」

 定格通りの挨拶を終えたアウロスはそこで体力が切れ、膝から折れた。

「なっ……おい、お前! 来て十秒で潰れる助っ人がどこにいる!? コラ聞いてるのか!」

 聞くどころか、意識すら余りなかった。



「大学からの派遣などに期待はしていないとは言え……」

 目を渦にしたアウロスは、屈強な肉体に抱えられて救護室へと搬送されていた。

「ウェンブリーからここまでの旅で体力を使い果たす程のもやしっ子が来るとは想像もしていなかったな」

「なら体力のある奴、と指定すべきだったな。そっちの落ち度だ」

 ベッドの上で意識を取り戻したアウロスは、悪びれるでもなく皮肉を口にした。

 疲労が一定量を超えると、言葉遣いに気を回さなくなる。

 アウロスの悪癖だ。

「随分と口の利き方がなっていないな」

「丁寧に語りかけて欲しいのなら、相応の自己アピールでもしろ」

 自己紹介を命令された筋骨隆々の男はこめかみに青筋を立てつつ、怒りを抑えるように口を開いた。

「グレス=ロイド。グレス隊の隊長だ。年齢は31、明らかにお前より年も立場も上だろう」

「そいつは失礼しました。それじゃ、仕事内容を聞きましょうか」

「……まあいいだろう」

 隊長の器が発動したのか、グレスは怒りを露わにする事なくアウロスの進行に従う。

「3日後、かなり大掛かりなイベントがこの街で開催される。その警護をウチの隊で行う事になった」

 そこまで言ってグレスは押し黙った。

 続きは自分で推測しろと言わんばかりの、露骨な品定め。

 この手の誘いに弱いアウロスは、すんなり乗る事にした。

「……この街でのイベントという事は、レアメタルかそれに関係する品物の展覧会ってとこだろう。となると、要人の警護と展示品の擁護の両面で人員を割く事になる。恐らく、契約で人数が決められてる。俺はその数合わせか」

 希少価値の高い物品の展覧会はその分、厳重な警備を要する。

 それを満たす手段の一つとして、ギルドと契約する際に人数を指定してくるケースがままある。

 ギルドは余り横の連携が取れていない為、隊ごとに人の貸し出しは余り行っていない。

 とは言え、大学に助っ人を呼ぶのはかなり稀なケースだ。

「体力はないが頭はそれなりか。如何にも大学の魔術士らしいな」

「……大学の魔術士に何か不満でもおありで?」

「ロクな奴がいない。それだけだ」

 一言で切り捨てた。

「成程。じゃあ俺も遠慮なく自分の先入観をひけらかそう」

「どう言う意味だ?」

「ギルドなんてゴロツキの溜まり場だから敬語なんて必要ない、ってこった」

 そう言い放ち、アウロスはニヤリと笑う。

 それに対し――――

「……はっはっは! 随分と命知らずな奴だな」

 言葉の割に殺気は微塵もない。

 グレスは余裕を持って受け止めて見せた。

「契約や大学に護られてるからな」

「俺がそんなのは気にせず、気に食わない奴をぶっ潰す人間だったら?」

「隊長になんてなれなかったろうな」

 伊達に隊長を名乗っていない――――それがアウロスのこの遣り取りでの収穫だった。

「生意気な男だ」

 それを何となく感じ取っていたのか、グレスの声から棘が減る。

 まだまだ残ってはいるが。

「今日はもう良い。宿でも探すなり、ここで寝るなり、勝手にしろ。これから俺はライセンスを更新しなければならん」

「ああ、年に一度の、って奴か。傭兵ギルドでもやるんだな」

「傭兵ギルドではないがな」

 やっている仕事は特に差異はないのだが、魔術士ギルドと言う名称に拘る人間は多い。

 野蛮なイメージの強い『傭兵』と言う言葉がお気に召さないらしい。

「にしても、いちいち更新の為に自分のライセンスを持ってくるのって面倒じゃないのか?」

「何の話だ。更新の手続きは、書面に必要事項を記入するだけだ」

 グレスは自分の肩を叩きながら、ゆっくりそう告げる。

「そうなのか? まあ、傭兵ギルドだからその辺は適当なのかな」

「違うと言ってるだろうが。兎に角、今日はここまでだ。明日8時に俺の隊の部屋に来い」

「待て。手紙を預かってる」

 そう言い残して去ろうとしたグレスを引き止めつつ、アウロスは皮製の鞄から封筒を取り出した。

「ミストからか」

「ご名答」

 差し出された封筒は直ぐに受け取られ、封が切られる。

 中には手紙が 1枚だけ入っていた。

「……」

 それを黙読したグレスの顔に、苦い笑みが浮かぶ。

「随分と可愛がられているようだな」

「……何が書いてあった?」

 アウロスの顔には苦みだけが浮かんだ。

「煮るなり焼くなり好きにしろ。最前線でこき使っても全然構わない、とさ」

「……マジか」

 懸念した通りの内容に辟易し、頭を抱える。

 普段年齢ネタで散々弄った仕返し――――と言う分析が、空しく脳裏を横切った。

「デスクワーク担当だって言ってんのに……」

「その代わり、実験室を好きなだけ使わせてやれとの事だ」

 下げて上げる。

 それも、普段のミストらしい文章だった。

「宜しく頼む。その条件がなきゃ何の為に来たのかって話になる」

「実験室は地下にある。使用は許可するが、仕事に支障を及ぼすなよ」

「微妙な所だ」

 アウロスの本音の返事に、グレスは心の底から息を落とす。

 その精神的疲労を目の当たりにしたアウロスは、出張前夜の事を思い出し、鞄の奥を探った。

「そうそう、忘れてた。手土産持って来たんだ」

 その言葉にグレスの表情が微かに緩む。

「ほう、土産か。中身は何だ?」

「知らん」

 人の全身が脱力感に苛まれる一部始終を、アウロスは目にした。

「……ミストのヤツめ……ロクでもない野郎を寄越しやがって……」

 グレスは退室しながら聞こえる音量で愚痴を零していたが、アウロスは意にも介さず、勢い良くベッドから身を起こし、背伸びをする。

 体力はしっかり戻っていた。

 最大値が低い分、回復するのも早い――――と言う訳ではないだろうが。

(地下っつってたな)

 自由時間を得たアウロスは、主目的地である実験室に向かう為、救護室を出た。

 半分気を失っていたので現在地の把握が出来ていないが、階段さえ探せば事足りるので、大した問題はない。

 しかし、城と言う事もあって廊下が異常に長い。

 ここ数日で1年分くらいの距離を移動したような感覚を持っているアウロスにとっては、それだけでも十分難儀だった。

 数分歩き、ようやく階段を発見。そのまま下りる。

 救護室は2階だったらしく、2フロア分下りると明らかに感じの違うフロアに出た。

 幽鬼の棲み場と言う表現がピッタリの場所で、陽光の少なさと湿気の多さが地下だと言う事を教えてくれる。

 暫く歩いていると、【実験室】と書かれたプレートがぶら下がっていた。

 真下には古ぼけた扉もある。

 ようやくの目的地到達に、アウロスの口から安堵の溜息が漏れた。

 尤も、中身を見るまでは完全に懸念を消せない。

 猜疑心は、好奇心に勝るとも劣らず旺盛であるべき。

 そう思いつつ、アウロスは扉を開けた。

「……マジか」

 そこには、猜疑心を正当化するには十分過ぎる程の、実用に至るまでは長い道のりを歩かなければならないであろう、極めて乱雑で……つまりはゴミ屋敷があったとさ。


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