07話 少年、拾われる
――その日も何でもない一日で終わる筈だった。
エルクレア王国の市民街の小さな教会に住んでいるシスターアリサは、同じ教会で預かっている孤児たちの為に市場で貰った野菜屑などを詰めた篭を腕から下げて買い物を終えて帰る途中、いつもの道の端に何かが転がっているのに気が付いた。
黒く割と大きなそれをアリサは最初、誰かが捨てたゴミだと考え、シスターの本分として持ち帰って処分しようとソレに近づいた。
「はぁ、こんな所にゴミを捨てたら他の人の迷惑になっちゃうじゃない……って、ええ!?」
近づいて覗き込めば、それが煤で汚れた少年だった事に気が付き、思わず飛び上がって驚く。
だがすぐに自分の本分を思い出して、手が汚れるのも構わずに肩を揺さぶりながら声を掛けた。
「ちょっと君、大丈夫!?」
「うう……」
――ぎゅるるる……
返答は腹の虫だった。
その音を聞いていつもの行き倒れだと悟ったシスターアリサは、手慣れた様子で少年――勇樹を担ぐと自分が住んでいる教会に運び込んだ。
気絶している勇樹を教会へ運んだアリサは、先輩シスターの手を借りて勇樹を食堂へと運び、朝食の残りの野菜スープとパンをテーブルに並べた。
すると、料理の匂いに反応して勇樹の鼻が動き、釣られるように手がパンへと伸びる。
緩慢な動作で堅焼きパンを口まで運ぶと、ゴリッという音と共に噛み千切り、煎餅を食べているかのような音を立てながら咀嚼して飲み込んだ。
「……っ!!」
次の瞬間、勇樹はガバッと体を起こすと目の前へ料理に飛び掛かるように食べ始めた。
硬いパンをバリボリと音を立てながら噛み砕き、冷めたスープで流し込んで行く。
「うわ……よっぽどお腹が空いてたんだね。ほら、パンならまだ残ってるからドンドン食べていいよ」
「いたらきまふ!」
差し出された籠を引っ手繰る様に受け取ると、中に入ったパンを両手に持って齧る。
そんな様子をアリサはテーブルの反対側に座って、唖然とした表情で見ていた。
「よ、よくそんな硬いパンをそのままで食べられるね……私や子供たちはスープや水に浸してふやかさないと千切るのも一苦労なのに」
「むぐむぐ……ごくっ、鍛えてますから!」
「どう鍛えたら、そんな風になれるのよ……」
冗談で釘を打ったら抜けなくなった事もあるパンを平気な顔で食べる勇樹を、アリサは驚きを通り越して呆れた表情で呟いた。
そんなアリサの呟きなど気にする事なく、勇樹はパンと手を合わせて食事を終了していた。
「ふぅ、人心地についた。どうも御馳走様でした」
「お礼なんて良いわよ。どうせ残り物だったし、パンなんて長期保存用に焼いたのはいいけれど硬すぎて食べられそうになかった失敗作だったし」
「そうですか? 割とサクサクしてて美味しかったですけど」
「……私が齧った時には歯が欠けそうなくらい硬かったんだけど?」
既に空になった籠を見つめながら首を傾げるアリサであったが、気にしても無駄だと思い直して少年の方を向いた。
「そういえば自己紹介がまだだったわね。私はアリサ、ここのシスターよ」
「僕はユーキ・キサラギ。冒険者……です。うん」
一瞬、この世界へ召喚されてからの行動が思い返されて言葉が詰まったが、一応冒険者カードは持っているので最後の所で踏み止まって頷いた。
「へぇ、その年で冒険者なの。凄いね!」
「え、ええまあ……冒険者、ですよ。アハハ……たぶん」
「ん? 何か言った?」
「いえ、何にもー」
とりあえず自分の中の違和感を握り潰す事にした勇樹は、貼り付けたような笑顔で返事をした。
そんな風にアリサと話していると、廊下の方からドタドタと足音が聞こえて来たかと思うと、小さい子供たちが食堂に飛び込んできた。
「アリサ姉ちゃんが男を連れ込んだってホントー!?」
「その人がお姉ちゃんのこいびと~?」
「姉ちゃん~俺、腹減った~」
「死ね」
「なんかこの人、臭くない? お姉ちゃん、ダメよ。こういうお金の無い人を拾ってきちゃ。元の場所に返さないと」
雪崩れ込んできた子供たちはそのままアリサを囲い、思い思いの主張を繰り広げる。
子供たちのこういう行動に慣れているのか、アリサは適当に相槌を打ちながら飛び付いてくる子供たちを軽々と往なしてゆく。
「えーっと、この子たちは? あ、止めて止めて。食べたばっかだから揺すらないで、リバースしちゃう」
「ウチの教会は孤児院もやっててね、この子たちはそこの子供たちよ」
「ああ、孤児院の……」
よく見ると入って来た子供5人は、普人の子供は1人だけで残りは獣人の子供ばかりであった。
勇樹はこのまま何もリアクションを起こさず、されるがままになっていては子供たちにやられ放題だと考えて、髪や服の袖を引っ張られながらも椅子からすくっと立ち上がり、子供たちに向かってニコッと笑い掛けた。
「やぁやぁ子供たち、僕は冒険者のユーキ・イトーって言うんだ。皆よろしくね! そしてそこのお前! さっきから的確に僕の向う脛を蹴るんじゃない! 痛いよ!」
「死ね!」
「こ、こらジャック! 止めなさい!」
犬耳少年のジャックはアリサに叱られると、食堂を飛び出してしまった。
アリサは普段とは違うジャックの様子に、心配そうに入口の方を見つめた。
「ゴメンね。あの子、普段はあんな子じゃないんだけど……」
「あははは、あの年の子供はあんなもんだよ。きっと大好きなお姉ちゃんを取られるとか思ったんじゃない?」
「それなら良いんだけどね」
「なーなー、なんで兄ちゃんはウチに来たの?」
「アハハハ、実は行き倒れを少々……」
リザードマンの子供に聞かれ恥ずかしそうに答えた勇樹に、アリサは思い出したように手を叩いた。
「そうだ、どうしてユーキ君はあんな所で行き倒れてたの? 格好を見る限りお金が無いようには見えないけど……」
アリサは勇樹の服装を見て、汚れは目立つが解れたり繕った跡が無いので新品の服であると見抜き、さらに身なりも泥や煤で汚れてはいるが、体臭がきつくない事からキチンと体を洗っていると見抜く。
その2つの事柄から、少なくとも勇樹はお金に困ってはいない筈だと考えていた。
「あーうん、これには色々と深い事情があったりなかったりする訳でして……」
「どうしたの急に、しどろもどろになって……まさか、変な輩に身ぐるみはがされたとか!?」
「それは違います。えーっと、実は……」
曖昧な答えでお茶を濁そうとした勇樹であったが、それがアリサの想像力を働かせる結果となってしまった為、仕方なく事実を話した。
その結果……
「はぁ~、趣味に夢中になって食事を忘れてたぁ? どんだけ夢中になってやってたのよ……」
「いや~はっはっはっ、お恥ずかしい」
思いっきり呆れた表情で深く溜息を吐かれ、勇樹は照れを誤魔化すように笑った。
反省の色すら見えない勇樹にもう一度溜息を吐いたアリサは、困った様な笑顔を浮かべて勇樹に提案した。
「その様子じゃあ、また行き倒れそうよね……じゃあ、こうしましょう? 貴方は朝と晩にウチにご飯を食べに来なさい。その代り、時々ウチの仕事を手伝ってくれないかしら?」
「え、でもそんなの悪いですよ」
「いいの! ウチってシスター2人と子供たちだけでしょ? だから、男の人の手が欲しいのよ。それに冒険者なんだからそれぐらいしなさい。それに毎回通るたびに貴方を拾うのは面倒よ」
「あははは……」
もう2度と行き倒れないと断言できるほど、勇樹は自分を知らないワケではなかった。
結局、アリサの押しに負けた勇樹は提案を呑む事となった。
一応、ここの責任者は先輩のシスターだそうなので挨拶しておく事になった。
アリサの先輩であるシスターヘレンは白髪交じりのお婆さんシスターで、縁側でお茶を啜っているのが似合いそうな好々爺である。
「おやおや、アリサちゃんのお友達だったのかい。ここに運ばれてきた時はびっくりしたけど、もう大丈夫なのかい?」
「はい、お騒がせいたしました! もう大丈夫です!」
正確には友達ではないが態々そこを突っ込んで面倒臭い方向に行かれるのも億劫なので、勇樹は笑顔で肯定した。
「そうかい、アリサちゃんはシスターのお勤めが忙しいからって、年の近いお友達っていないから仲良くしてあげてね」
「な、シスターヘレン!」
ヘレンの言葉に慌てるアリサ。
そして、アリサは顔を赤らめながらヘレンに詰め寄って、頻りに弁解していた。
一方勇樹は、特に気にする様子もなく普通に受け答えしていた。
「バカだけど体力には自信があるので、ジャンジャン用事とか頼んでくださいね! 一応こう見えても自分、冒険者なんで!」
「そうかい? じゃあ、早速で悪いんでけど薪を運ぶのを手伝っておくれ。場所はアリサちゃんが知ってるから」
「了解しました!」
こうして勇樹は街中にある小さな教会でお世話になる事になった。
が、翌日には約束をすっかり忘れて勇樹が工房に引き篭もってしまった為、その次の日からは朝にアリサが宿まで出向いて勇樹を捕まえて教会まで引きずる破目となったのは――また別のお話。
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。




