05話 少年、初めての依頼
掲示板の前から人が減った頃を見計らい、勇樹はようやく動き出した。
疎らになった人混みを掻き分けて掲示板の前まで来ると、自分の要望に会いそうな依頼を探し始める。
とはいっても、粗方の依頼は剥がされた後であり、残っているのは四隅をきちんと留めてある常時発行の依頼か、仕事が辛いか依頼料が安い単発依頼くらいだった。
「えーっと、残ってるのは『閉店まで皿洗い』に『外壁の修繕』、それに『街の溝浚い』と『厩舎の掃除』……」
前者は労働時間が半日以上と決まっているが食事などの特典が付き、後者は完全歩合制だがノルマを達成すればその時点で終了となる。
但し、単純な肉体労働である前者に対し、後者は他の冒険者も中々取りたがらない程、 “臭い”“汚い”“きつい”の3拍子揃った格安依頼だった。
一通り掲示板を見回した勇樹は、迷うまでもなく2つの依頼を選んだ。
そして、受ける依頼を決めた勇樹は若い女性職員がいる受け付け……には一切目もくれずに真っ直ぐ大あくびをするアーノルドのいる受け付けへ向かった。
満面の笑みで近付いてくる勇樹を、嫌な顔のアーノルドが鼻クソをほじりながら迎える。
「『街の溝浚い』と『厩舎の掃除』をお願いします!」
「ハァ……こっちくんなって言っただろうが。ほら見ろ、そっちの受け付けは若くて綺麗なネーチャンがいるんだぞ?」
「確かにそうですけど、ここの方が圧倒的に早いですよね?」
そう言って向けた視線の先には、まだ始まったばかりの朝のラッシュに応対する3人の女性職員のいる受け付けがあった。
3つの受け付けそれぞれに十数組の冒険者達が並んで待っており、男性冒険者の番が回って来ると示し合せた様に全員が一々女性職員にちょっかいを掛けている。
女性職員も慣れた様子であしらうものの、中には熱心に話し掛ける冒険者もいるので、中々に行列の進みが遅い。
勇樹はしたり顔で振り向くと、アーノルドが苦々しい表情で頭を掻いた。
「へいへい、俺がやりゃあいいんだろ。此間までここに座ってれば給料が出る簡単な仕事だったのに、真面な仕事ができで涙がちょちょぎれてくらぁ」
「よかったですね! オジサンに労働の喜びを知って貰えて僕も持って来た甲斐がありました!」
「ハッハッハッ、ぶん殴ってやろうか」
「あははー、拳よりも依頼受理の手続きをさっさとしてください。この後の予定も詰まってるんで」
「チッ、ほらよ。さっさと行ってクソ塗れになって来い。今日はもう来んな」
勇樹は冒険者カードを受け取ると、アーノルドの温かい声援を背中に受けながら冒険者協会を出た。
勇樹がまず向かったのは、門前にある公的な預り所からの『厩舎の掃除』依頼である。
厩舎と言っても依頼を受けただけの勇樹がやるのは、朝から昼にかけて手が離せない世話係の代わりに、餌の干し草を運んだり糞を片付けたりするだけの仕事である。
当然だが人間よりも大きい馬の餌や糞を運ぶだけでも重労働であり、中には騎乗用の魔獣も含まれているので、その量は文字通り山の如しである。
冒険者協会から真っ直ぐやってきた勇樹に、時間にルーズなのが珍しくない冒険者が時間通りにやって来たと驚かれる場面もあったが、少し遅れてきた冒険者たちと一緒に道具を渡されて厩舎へと案内された。
厩舎に入ると獣臭と糞尿の臭いが混じった生暖かい風が吹き、殆どの冒険者が顔を顰めながら割り当てられた小部屋を掃除し始めた。
「あー、何というかこの懐かしい香りと生暖かい湿気。その昔、近所の家畜小屋の掃除をさせられた事を思い出すなぁ……あの時はこんなに糞はなかったけど」
勇樹は田舎の祖父の家で暮らしていた頃を回想しながら、目の前に積み上げられた糞の山を見て遠い目をした。
糞を掻き集めながら軽く周囲を盗み見てみると、他の冒険者は勇樹の半分の量で四苦八苦しているのが見えた。
勇樹が割り当てられたのは騎乗用大型魔獣を入れて置く部屋で、担当する部屋はクジを引いて決めたのだが、運悪く一番キツイ部屋が割り当てられていた。
糞を掻き集めては、それを猫車に載せて運び出すのを繰り返す内に、ある事に気が付いた。
「というか、みんな仕事遅くないですか? こっちはそろそろ終わりそうなんだけど……」
「いや、寧ろ一人で黙々と運び続けられるお前の方がおかしい」
糞を捨てながら呟いた勇樹にツッコんだのは、馬を世話していた厩舎の世話係の男性だった。
勇樹は世話係の言葉に首を傾げた。
「えー……でも、冒険者だったらコレくらいは普通なのでは?」
「ははっ、冒険者ってだけで高レベルやスキル持ちになれるってんなら、こんな糞掃除の依頼なんか受けずにモンスター狩りに行っちまうさ。何せあっちの方が割りは良いからな」
「あー、そっか。そうですよねー」
勇樹は周囲が特殊過ぎていたので感覚がマヒしていたが、一応勇樹はこの世界に同時期に来た異世界人の中では誰よりも早く高いレベルに達して、特殊な事情でレベルは一桁になったものの高いステータスはそのままになっている。
通常なら勇樹と同世代の冒険者なら、《筋力》のステータス値は二桁になれば優秀な部類に入るが、勇樹の《筋力》値は四桁を誇っている。
その上、レベルは上がっていないが勇樹自身が身体の変化についてくるようになってきたので、ステータスの数値以上に細やかな作業も可能となっていた。
そして、この高ステータスによる力技こそが“臭い”“汚い”“キツイ”の3K依頼を選んだ理由であった。
初めから、勇樹にしてみれば『長時間拘束されてひたすらドミノを並べるような単純作業』か『出来上がり次第で終われる砂山遊びのような仕事』の選択でしかなかったのである。
その後も、勇樹は一部屋を掃除するだけでヘトヘトになっている同業者を尻目に、騎乗用魔獣が入っていた部屋を2つも綺麗に掃除し終えると、暇そうにしていた世話役を捕まえて、ずっと気になっていた騎乗用の生物について話を聞く事にした。
「いいか? 基本的に馬と言えば、このバドンロ種の事を差す。そこそこ速く走れて引く力も強いから、騎馬から馬車馬まで幅広く使われている。性格はわんぱくだが辛抱強いのが特徴だ」
「おー、僕の知ってる馬によく似てるけど、ちょっと足とかが太いかな? でも、こんなんで馬車とか曳けるんですか?」
「そりゃ曳けるだろ。何せコイツらは身体強化魔法を使ってるからな。だから、重たい金属鎧を着た騎士とかだって乗せて走れるんだよ」
「う、馬が魔法を……」
人間やモンスター以外が魔法を使うという想像もしていなかった話に、勇樹は驚きの目でモシャモシャと餌を食べる馬を見ていた。
すると、勇樹たちの近くをバドンロ種とは違う種類の馬が横切る。
「じゃあ、あの細っこしいのはなんて言うんですか?」
「アイツはライット種って言ってな。とにかく足が速い。だが、バドンロ種に比べると体力がないから馬車を曳くとかには向いてないな。性格はせっかちで物音に敏感だから、気難しくて扱い辛い品種でもある。変にちょっかい出すと蹴られるぞ?」
「なるほど……全体的な底上げ強化のバドンロ種と速さ特化のライット種が……はい! じゃあ、あっちの短足寸胴なサイかカバの親戚みたいな馬は何ですか?」
それは運動用の広場の隅で整地用ローラーのような器具を力強く引っ張っていた。
鼻息は蒸気機関車の如く荒々しく、歩みはトレーラーの如く重々しく、鈍重ながらしっかりとした足取りで重しを牽引する。
それを見た世話役は何とも言えない表情になる。
「あー、あのデカいのはロカ種っていう、主に村とかで農作業用に飼われる馬だ。見ての通り速さはねぇが力がスゲェ。重たい荷馬車も軽々運ぶが、足が遅すぎて同じ距離でもバドンロ種の倍以上かかっちまうから、商人や冒険者からは人気がない。性格はのんきで、昼寝をするのが好きな馬だ」
「つまり、平均的なバドンロ種、足の速いライット種、鈍重だけどパワー系のロカ種って事かぁ……あれ? 今日、僕が掃除したのって彼らのではないですよね?」
「ん? ああ、お前は大型用の部屋だったな。それならあそこにいるのがそうだ」
そう尋ねられて勇樹が山のような糞を片付けていた事を思い出した世話役は、数人がかりで水を掛けながら掃除している大岩を指差した。
しかし、大岩だと思ったそれは掃除が終わるとムクリを起き上がって、ブルッと身体を震わせた。
ゴツゴツした鎧のような皮膚に、顔から生えた三本の角、気持ちよさそうに重低音を響かせる生物を見て、勇樹は口を開けて呆然となった。
「な、何アレ……」
「アイツは竜車に使うドリケラスってモンスターだ。扱うのは中々に難しいが、馴らせれば下手なモンスターにも負けねぇ上に、ロカ種以上のパワーとバドンロ種以上のタフさで物が運べる。まあ、餌とかも相応に掛かるからそう数はいねぇけどな」
「おお……」
その姿は正しく三本の角を持つ顔の如く、図鑑でしか見た事ない生き物との遭遇に勇樹は打ち震えて――そして弾けた。
「すみません! ここにいる馬とかアレについてもっと教えてください! やれる範囲でお手伝いしますし、何ならお金も払いますから!」
「い、いや、教えるのは別に構わねぇけどよ。俺だって別にそこまで詳しいワケじゃあ……」
「大丈夫です! 分からないところは他でも調べますから! さぁ、まずは馬の餌についてですけど……」
その後、勇樹の質問攻めは興味が引かれるままに目に着いた物を片っ端から聞き回って、辟易した世話役に逃げられるまで続いた。
勇樹が次に向かったのは“下民街”と呼ばれる下流層が住む居住区域である。
そこで『溝浚い』の依頼を出した“区域長”は勇樹が訪ねると、何も言わずに先端が平たいスコップと簡単な地図だけ手渡した。
いきなり説明もなく渡されて、戸惑いながら区域長とスコップを見比べていると、区域長が面倒くさそうに地図を指差した。
「ここからここまでを全部だ。終わったらまた来い」
区域長はそれだけ言うと家に入ってしまった。
一般人の冒険者への対応としては珍しくもない反応だったが、そんな扱いを初めて受けた勇樹は「あー、異世界にもいるんだなぁ。こういう人」と現代日本にもあった御近所付き合いの希薄さを思い出して変に懐かしんだ。
情報化社会の弊害に日本の将来を憂いながら、勇樹は『溝浚い』の依頼を始める事にした。
側溝は現代日本の都市部と違い、蓋が着せてあるワケではないので落ち葉などのゴミが入り込み易くなっている。
詰まると悪臭を放つ原因にもなるので、冒険者協会では常時発行されている依頼だが、 ただひたすらに底に溜まったヘドロを掻き出しては、集めた物を郊外のゴミ捨て場まで持って行くという、“臭い”“汚い”“キツイ”という三拍子揃った人気のない依頼でもあった。
仕事量からすれば数人で取り掛からないと終わらないが、報酬の安さから人数を増やすと一人当たりの手取り分が減り、しかも人数や時間に関係なく安い成功報酬のみという見返りの低さも、冒険者を遠ざける要因になっていた。
そして、2時間後……
「すみませーん。ちょっといいですかー」
「……何だ、もう止めるのか。途中放棄なら金は出さないぞ」
区域長は面倒臭そうにそう言った。
事実、この依頼はF~Eランク向けなのだが達成率は高くはなかった。
何と言ってもまず地味である事、華々しい活躍を夢見て冒険者になる若者には、誰の目にも触れずただひたすら溝浚いをするという忍耐が無い。
なので大体が「冒険者になってまでゴミ掃除なんかやってられるか」と、途中で投げ出してしまうのである。
今回も当然、勇樹は未達成で帰るのだと区域長は決めつけていた……だが。
「いえ、終わったんでチェックお願いします」
「何!? この区域内をお前一人で終わらせたのか!?」
「はい。自分、鍛えてるんで!」
区域長は驚き過ぎて開いた口が塞がらなかった。
実はこの依頼は達成した場合のみ報酬が支払われるのだが、それには幾つかの問題があった。
まず報酬の第一条件に“指定区域を全て掃除し終える事”と明記されていて、その指定されている区域が数十世帯分と広い。
早く終ればそれだけ利益になるが、そもそも一人で作業して1日で終われる量ではない。
元の報酬もほぼ最低限に近く、時間が掛かったり、早く終わらせる為に人手を増やしたりすれば、雀の涙ほどの報酬にしかならない。
なので、もっぱら依頼を受けるのは底辺で燻っているような冒険者……の筈だった。
「驚いた……本当に綺麗になっている。でも、どうやって……」
今までにも完了を報告してきた冒険者はいなかったワケではないが、全員が悪臭と重労働に根負けして中盤から手を抜き、ゴミが溜まっていそうな部分だけを軽く浚っただけだった。
しかし、勇樹はチェックしたどの箇所もキチンと掃除されていて、少なくとも溜まっていたヘドロは殆ど無くなっていた。
「掻き出したゴミの類は地図に書いてあった集積場に置いておきました。あと、臭いも酷かったんで消毒剤を撒いておきましたけど、念の為にあとでキチンと“浄化”して貰ってくださいね。じゃあ、チェックが終わったら達成証明ください!」
「あ、ああ……」
ワケも分からず呆然としたまま、区域長は勇樹に捲し立てられるままに依頼書に依頼達成のサインをした。
しっかりとサインをもらった勇樹は満足したように頷くと、そのまま冒険者協会へと走って行った。
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。




