19.3話 少年、成人になる(中編2)
(´・ω・`)最初この話は前後編で終わらせるつもりでした。
けど、気が付けば話数が延び延びに……(自業自得)
勇樹とニゲルが黄金の実に手を着けた事を切っ掛けに、邪悪王樫が放った信号は緑地内に響き渡った。
――ワシャワシャワシャ
二対の赤い光を灯した影が、木々の隙間から勇樹たちを追い掛ける。
足元の地面が盛り上がり、木の根が勇樹たちを捉えようと触手のように伸びて、木々の隙間から花からカマキリが生えたようなモンスターの花弁蟷螂が飛びかかり、行く手を塞いでくる。
勇樹とニゲルはそれらを切り払いながら、全速力で駆け抜ける。
「チッ! このままじゃアイツらの餌だぞ!」
「わかってる! でも、こうも引っ切り無しじゃ、今どこに居るかも……」
見える所全てを木々に囲まれ、その木々もモンスターの擬態であり、勇樹たちを追い込むために徐々に動いているので一切目印に出来る物がなく、勇樹たちは自分たちが緑地のどの位置にいるのかを完全に見失っていた。
幸い、緑地の核となる邪悪王樫は地中深くに根を張っている為に、その場から動く事が出来ないので緑地自体の形が変わる事はないが、決して狭くない緑地内で方向感覚をズラされるのは致命的だった。
頭上から襲い掛かってくる花弁蟷螂を槍で払いながら、ニゲルは焦る声色で勇樹と並走して話し掛ける。
「あんまり時間もないぞ! 何せココは植物の宝庫だ! 状態異常で動けなくされる前に、何とかした方がいいぞ!」
「まあ、僕は《猛毒耐性》がカンストしてるから、滅多な事じゃ状態異常には掛からないけどね!」
「何があったら、そんなもんが上がり切るんだよ……」
拷問訓練でも受けた暗殺者でもない限りは、そうそう持っているのも珍しいスキルを勇樹が持っている事に、ニゲルは思わず溜息を吐いた。
ニゲルが溜息を吐くのを見た勇樹の脳裏に、日本にいた時のある物が過った。
「そうだ“火”! 植物は火に弱いって相場が決まってる! 燃やせないまでも、火事を起こせば混乱くらいは起こせるかも!」
「それはダメだ! ここを焼き払うと俺達が生活できなくなる!」
「明日の生活の前に、僕たちが今日のご飯にされちゃうよ!?」
現状を突破できそうな案をニゲルに否定されて、勇樹は思わず悲鳴のような声を上げてしまう。
追手から逃げながら攻撃を躱しながらでは他の案を考える余裕もなく、真綿で首を絞められるが如くジワジワと包囲網が狭められていく。
茂みの向こうからの気配が尋常じゃない数になっている事に気付いたニゲルは、観念したように大きく息を吐いて勇樹に提案した。
「仕方ねぇ……一か八か、俺の【竜咆】で焼き払うぞ! といっても、俺のブレスじゃあ木一本焼くのが精々だがな!」
「何でもいいから早くして! そろそろ限界!」
行く手を遮るように伸びてくる触手を切り払いながら勇樹が叫ぶと、ニゲルは足を止めて牙の生え揃った口を開けると、大きく息を吸いこんだ。
そして口を大きく開くと、口内に魔法陣が出現する。
「行くぞ! 【竜咆】ッ!!」
次の瞬間、ニゲルの口から火炎放射器のように炎が吹き出し、木の陰から飛び出そうとしていた花弁蟷螂や、食肉植物たちが伸ばした触手を焼き払う。
そしてここに一人、空気を読まずに目を輝かせたバカがいた。
「火!? 竜人が火を吹いた!? いや、でも竜の末裔らしいだからおかしくない……? でも、一瞬見えたのって魔法陣だよね!? 一体どうやってるの!? 炎を吹いてる時に口は熱くないの? それはどの程度の……」
「だー! んな事、言ってねぇでさっさとここを突破すんぞ!」
突然火で炙られた事で、勇樹たちを囲おうとしていたモンスターに動揺が走る。
何せ、緑地があるのは水が少なく空気が乾燥している山の頂上、一度火が点いてしまうと消火が難しい事を植物たちは本能的に知っていた。
そして、包囲網に穴を開けるだけならば、葉っぱや枝の先端を焼く程度の火力で十分だった。
ブレスの炎を嫌って植物たちがパニックを起こした所為で包囲網が若干緩み、勇樹が緩んだ箇所を見逃さずに切り込んだ。
「よし、そこが開いた! 強引に抉じ開けるよっ!」
「了解ッ!!」
2人で行く手を塞ごうとしていた花弁蟷螂を切り払い、強引に押し退けて包囲を脱出したのだった。
命からがら花弁蟷螂たちの包囲網を突破した勇樹たちだったが、ここで一つ問題が発生した。
包囲を強引に突き破る際、密集した敵の中を進む必要があった。
当然、その中では乱戦となり、四方八方が敵だらけで味方の位置など把握のしようも無い。
その結果、見事に勇樹はニゲルとはぐれたのだった。
気が付いた時には既に手遅れ、小声で呼び掛けながら周囲を探してみても返事の一つもなく、帰って来るのは木々のさざめきだけである。
勇樹はニゲルを探す事を諦めて、取り敢えずこの緑地から抜け出す事を優先した。
「とはいえ……どうやってここから出るかなぁ」
勇樹が歩きながら周囲を見回すと、既に周囲の植物たちが黄金の実が出す匂いを感知して、勇樹の方ににじり寄っている。
そして確認して分かったが、いつの間にか黄金の実が一つなくなっていた。
括っていた糸の一つが強引に引き千切られた跡から、犯人はすぐに予想が付く。
そして、それらの要因から勇樹はある判断を下した。
「なら、僕が探さなくても自分で何とかできるって事だよね。じゃあ、後はどうやってここから出るかな……」
実のところ、勇樹はニゲルが自分を出し抜こうとしていた事には気付いていて、逃げている最中も黄金の実を盗もうと機会を窺っていた事も分かっていた。
この試練は個人に課されている以上、黄金の実は自分の手で持ち帰る事が前提であり、自分の獲物を他人に預けるなど言語道断という風潮がある。
測られるのは個人の力量である事から、こういう事は十二分にあり得た事だった。
なので勇樹はニゲルがここで別れたという事は、それなりの考えがあって別れたと判断し、勇樹も自分が試練を乗り越える事を優先した。
「はぁ、せめてあの大きな木がどの方向にあるのかさえ判れば、背を向けて一直線なのになぁ……」
勇樹は愚痴りながら鬱蒼と茂る葉っぱの隙間に見える空を見上げて、小さく溜息を吐いた。
視界の端には悠々と枝から枝へ駆けて行く小動物が映り、腹いせに何かぶつけてやろうかなどと考えた直後、勇樹は「あっ」と小さく声を漏らした。
「なんだ、簡単な方法があるじゃん」
勇樹はそう呟くと、近くの木を足場に蹴り上がると木の上まで駆け上がった。
一方その頃、勇樹から離れたニゲルはピンチに陥っていた。
竜人族の武器は身の丈ほどの長さもある槍である。
勿論、ナイフなどの予備武器は携帯しているが、基本的には槍が主要武器であり自身の誇りを象徴する物でもある。
だが、当然の事ながら木々が密集している緑地内で槍を振るう事など出来る筈もなく、そんな場所での戦いなど想定すらしていなかった。
案の定、黄金の実に誘われて迫ってくるトレントの群れの所為で槍が振るえなくなり、石突を引っ掻けてしまった拍子に槍も奪われ、襲い掛かる敵を爪と尻尾で応戦していた。
最初こそ順調に迎撃していたが、相手を倒すたびに粘性のある体液が纏わりつき、引き裂く爪の切れは落ち、地面が粘液で滑って足を取られそうになる。
「チクショウ! 何でこんなに戦い難いんだよ!」
ニゲルは愚痴を叫びながら、絡め取ろうと伸ばしてくるトレントの触手を爪で引き裂き、飛びかかってくる花弁蟷螂を尻尾で殴り飛ばす。
先ほど勇樹と囲まれていた時には勇樹と会話する余裕があった筈が、今は襲い掛かってくるモンスターを倒すので精一杯だった。
元々、槍やブレスが他より覚えるのが遅かったニゲルは、勇樹の修業をドラグニールの次に近くで見て、この試練に勇樹も参加すると聞いて真っ先に利用する事を決めていた。
無論、ニゲルも努力をしていないワケではない。
だが努力している自分の横から物覚えが良い者が抜き去って行くのを何度も経験して、物事を捻くれて見るようになっていた。
赤賢竜に気に入られていて、竜人にはない奇天烈な発想をする勇樹の後を付ければ、自分では想像しえない方法を取る筈……もしそれで失敗すれば見切りをつけて勇樹を囮に試練に挑めば良い。
そんな算段を立てて見事に勇樹は黄金の実を手に入れ、それを掠め取る事にも成功した……筈だった。
「だのに、何でこんな事になるんだよ。チクショウ!」
粘液で滑る所為で体に変な力が入り、一撃で切り裂けていた触手が二撃三撃と加えなければ切り裂けなくなり、身体が泥に浸かっているかのように重く鈍くなっていく。
振り払う力が弱くなった一瞬の隙を突かれ、トレントの触手がニゲルの尻尾を捕えた。
「な、しまっ」
疲れ切っていると言っても、ニゲルにはまだブレスを吐く余力は残っている。
しかし、幼少時から「緑地に火を点けてはならない」と言い聞かせられ続けてきたニゲルは、その瞬間すらも躊躇してしまう。
そんな隙を緑地の植物たちは容赦なく襲い掛かってきた。
「チッ、離しやがれ! こんチクショウ!」
手足をトレントの触手に絡み取られ、花弁蟷螂が容赦なく身体の上に群がり鱗に牙を突き立てて行く。
命の灯火が消えかかる音が聞こえたニゲルは、最後の力を振り絞って大きく口を開いた。
「こんな所で……死んでたまるかぁ!」
朦朧とする意識の中で、ニゲルは全魔力を注いだブレスを天に向かって放った。
放たれたブレスはバーナーの如く火柱が激しい光を放ちながら天を突き、高熱と閃光でニゲルを捕えていた植物たちが怯んで拘束が緩む。
だが、そんな無茶なブレスはたった数秒で魔力切れを起こして止まってしまった。
ブレスが止まってワラワラと近づいてくる花弁蟷螂を霞む視界に捉えながら、近づいて来たら一匹でも多く噛み殺してやろうと牙を剥いたその瞬間――
――ズドンッ!!
『キキーッ!?』
一匹の花弁蟷螂が物凄い勢いで飛んできて、ニゲルに集ろうとしていた群れ諸共吹っ飛んで来た。
予想外の展開にニゲルも思わず目を見開く。
「な、なんだ……」
「全く、何か考えがあって別れたのかと思えば……こんな所で何してるのさ」
「お、おまえ……」
倒れているニゲルの目の前に、鱗一つ生えていない足が降り立つ。
ニゲルはゆっくりと視界を上げて行くと、そこには数日間ニゲルが見て来た――勇樹の背中があった。
「おまえ、なにしに……」
「いや、木の上を伝って緑地を抜けようとしてたら、邪悪王樫の近くで火柱が立ったからなんだろうと思って見に来たんだよ。というかニゲルこそ何してるのさ。ここなんてすぐそこが邪悪王樫だよ?」
「ハ、ハハ……」
自分が裏切った勇樹に助けられ、裏切った結果が緑地の奥へと逆戻りだったと知り、ニゲルは全てを観念した。
「で? お前は態々こんな所まで何しに来たんだよ」
「とりあえず、火柱が気になったのが一つ。後は……なんとなく?」
「ハッ、何だそりゃ……」
明確な根拠や理由などを全部放り投げた回答に、ニゲルは力なく笑った。
そして、ニゲルは理解した。
勇樹は興味本位でここへ来ただけで自分を助けるつもりなど毛頭なく、勇樹にはこの状況を自力で抜け出せる余裕がある事に。
対して満身創痍のニゲルには例え勇樹のフォローがあっても、ここから逃げ出すだけの余力はない。
完全に助からないと悟ったニゲルは、悔しそうに小さく呟いた。
「クッソ、死にたくねぇ……」
「…………」
ニゲルの呟きを背中で聞いた勇樹は、徐に革の小袋から小さな包みを取り出した。
この小袋も勇樹がドラグニールに頼んで竜の砦から持って来て貰った物である。
勇樹は周囲を警戒しながら意識が朦朧としているニゲルの口を強引に抉じ開けると、包みを開いて中に入っていた粉を流し込んだ。
そのまま無理矢理口を閉じて数秒、ニゲルが目をカッ開いて暴れ出す。
「ンーッ!? ンーッ!?」
「はーい、ゴックンしてくださいねー」
「ンーッ!!?」
必死に暴れて抵抗するも、さっきまで死にかけていた者の抵抗など高が知れていて、抵抗虚しくゴクリと喉が動くのを確認してから勇樹はニゲルの口から手を離した。
ニゲルは肩で息をしながら飛び起きて、勇樹に詰め寄った。
「今のはなんだ!? 俺に一体何を飲ませやがった!?」
「何って薬草を乾燥させて磨り潰した粉だよ。味は耐性スキルが付くくらい最悪だけど、回復効果は保証するよ!」
「んなもんを死に掛けてる人間の口にブチ込むんじゃねぇよ! あまりの不味さに死に掛けたわ!」
「元気になってよかったね!」
牙を剥いて詰め寄るニゲルに対して、勇樹は良い笑顔で親指を立てた。
その回答にニゲルの頭の中でブチッと何かが千切れるような音が聞こえた。
「ざっけんなァっ!!」
ニゲルが咆えた。
そして、その咆哮を合図に睨みを利かせていたので動かなかった植物たちが一斉に襲い掛かる。
ニゲルは怒りをぶちまけるように、襲いかかる植物たちを殴り飛ばして行く。
その様子を見た勇樹は、嬉しそうに手を叩いた。
「おー、凄い凄い。さっきまで死に掛けてたのに、もうそんなに動けてるよ。良かったね!」
「良いワケあるか! あんなクソ不味い物、人が飲んでいいモンじゃねぇだろうが!」
「あははー、何言ってるのさ。コレはまだ乾燥してるから飲み易い方だよ。生の葉っぱなんて効果は高いけど、青臭いし汁が舌に絡み付くし苦みも増し増しで……ホント苦しかった……」
「お、おう?」
最後の一言を呟いた一瞬、勇樹の目が死んだ魚のように光が無くなり、その雰囲気にブチギレ状態だったニゲルも思わず戸惑って言葉に困ってしまう。
「お陰で《猛毒耐性》なんてスキルがカンストするし、他の耐性スキルも気が付けば幾つか取得してるし、しかも耐性って言っても苦しい事に我慢できるようになるスキルだから、苦しい事には変わりないんだよ?」
「お、おう……そ、それより、早くここから出ようぜ! 俺はもう動けるからよ!」
虚ろな目で危うい笑みを浮かべ始めた勇樹に危ないものを感じ取ったニゲルは、露骨に話題を逸らすように邪悪王樫が見える反対の方角を指差した。
ニゲルの提案に黒いオーラを漂わせていた勇樹は、薄ら目に光を取り戻してオーラを霧散させる。
「よし、じゃあ木の上を伝って行くから、一旦コイツらを蹴散らそう。それじゃあ、ブレスよろしく」
「おうよ!」
ニゲルは目の前の花弁蟷螂を槍で薙ぎ払うと、息を思いっきり吸い込んで周囲にブレスを放った。
火炎放射器のようなニゲルのブレスで、勇樹たちを囲っていた植物たちが怯んだ隙に2人は軽く幹を駆け昇り、邪悪王樫に背を向けて枝を蹴った。
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。




