19.2話 少年、成人になる(中編1)
インターネットやSNSは怖いです。
“自分の意見に賛同する人”と“それ以外のガヤ”という状況が簡単に作れてしまうので、気を付けないと歯止めが利かなくなってネット外にまで影響が出てしまいますね。
合図の鐘と共に参加者全員が山頂へ向かって、里の中を駆け抜ける。
竜人の里は四百人程度の小さな集落で、天竜の鱗を中心に広がっており、石を積み上げたドーム状のイグルーのような形の住居が、間隔を空けながらも無秩序に建てられている。
里の周囲には腰くらいの低い外壁が、外との境界を示すように一周していて、出入りする為の門が麓と山頂の方角に設置されている。
そして、天竜の鱗が刺さる広場から里の門へは、唯一舗装された直線の道で繋がっている。
試練の参加者たちが駆け抜けるその両脇には、応援する大人たちや試練を受けられない子供たちが疎らに並んでいた。
声援が飛ぶ中を5人の参加者が走り抜け、スタート地点の門を潜った瞬間、勇樹は嫌な気配を察知して咄嗟に前へと転がり込んだ。
その直後、勇樹の居た空間を両脇から伸びた2本の槍が空を貫き、槍の持ち主たちが地面に転がる勇樹を見ながら大きく笑い声をあげた。
「シュルルル、大きなネズミが這っているかと思えば、軟弱な普人だったか」
「シュロロロ、鬱陶しくウロチョロしているから、獲物かと思ったぞ!」
意地の悪い笑みを漏らすドルドネと愉快そうに笑い声を上げたクィルは、足を止めた勇樹をせせら笑いながら抜き去っていく。
足を止めてしまった勇樹は、その背中を見送りながら少し考え込む。
「そうか、ルールは『黄金の実を持ち帰る』だけだから、実質何でもアリなのか……コレは色々波乱のありそうな試練だなぁ」
どう考えても碌な事にしかならなそうなルールに気付き、勇樹は面倒臭そうに溜息を吐いた。
すると、勇樹が後ろからついて来ない事に気が付いたニゲルが、足を止めて大きく叫ぶ。
「何やってんだお前、置いてかれてんぞ!」
「あー、今行く! まあ、色々考えるのは目的のブツを手に入れてからでいいか……」
ニゲルに呼ばれて、走り去って行った2人組を思い浮かべながら、勇樹は先に待っているであろう展開を頭から振り払いながら立ち上がった。
山頂への道中は草木も生えぬ、岩だらけの険しい山道を走り抜ける。
勇樹も何とか竜人たちの後を追うが足元はゴツゴツとした小石だらけで走り辛く、普人と竜人では身体の構造が全く違うので、慣れぬ砂利道に足を取られて最後尾になっていた。
しかも、所々には死角となる大岩も転がっているので、油断はできず……
『シャー!』
「チッ」
岩陰から飛び出してきた石鱗蛇を、勇樹は手甲を着けた手で叩き落とす。
くしゃりとペーパークラフトでも潰したような感触が腕に伝わり、そのまま腕を振り抜いて石鱗蛇を容赦なく吹っ飛ばした。
生命力が強いモンスターはどんな過酷な環境にも適応する為、雲の上の乾燥した不毛の高所でも数種のモンスターが生息している。
それがまた希少な栄養源にもなっているのだが、試練参加者からすればただの障害でしかなかった。
襲い掛かるモンスターを迎撃しながら、太陽が頭の上に昇る頃には勇樹も山頂の緑地の目の前までやって来ていた。
緑地に近づくにつれて、何故かその入り口付近に参加者全員が立ち往生しているのが見え、とりあえず勇樹は何をするでもなく立ち尽くしているニゲルに声を掛けた。
「あれ? ここで何してんの?」
「ああ……お前も来たか。ほれ、アレを見てみろよ」
ニゲルが指差した方向には、里の入り口で勇樹に槍を向けた2人組が、地面に向かって槍を振り回していた。
「チッ、来るな! 来るな!」
「こっちか!? こっちにも! チッ、キリがねぇ!」
そこから少し離れた所では、前回からの参加者の2人が槍を抱えて岩に座り込んでいる。
その光景から何も読み取れなかった勇樹は、神妙な顔で呟いた。
「……竜人に伝わる舞踊か何か?」
「んなワケあるか。あの緑地はな、アレ全体がモンスターの塊なんだよ。足元の『雑草モドキ』や『噛み付き蔓』、茂みに隠れた『花弁蟷螂』とか『歩きキノコ』とかも居やがる。お陰で安易に踏み込めば、あっという間に囲まれてココの養分にされちまうんだよ」
「う~ん、何でだろう?」
何故そんな場所を、試練の場所に選んだのかを不思議に思いながら、勇樹が漠然と眺めていると、小さな木の実が枝の隙間から落ちてきた。
続いて、その後を追うようにリスのような小動物が木の上から降りてきて、地面に落ちた木の実を拾って食べている。
勇樹はその小動物を眺めながら、緑地に入ろうとするドルドネ達との違いを考えた。
同じ地面に足を着けているにも拘らず、何故竜人たちには緑地のモンスターたちが反応するのか……そして、その違いにすぐに判明した。
初めに勇樹は、物は試しと緑地に足を踏み入れてみる事にした。
すると、襲って来るかと身構えていた勇樹に反応する気配が全くなく、何事かを首を傾げた。
そして、未だに入り口で苦戦している竜人たちと自分を見比べていると、ある事に気付いて勇樹は緑地に踏み入る時に発動していた《気配遮断》スキルを解除した。
それだけでは反応が無かったので適当に殺気を放った途端、劇的に反応が現れた。
「あ~、なるほど」
襲い掛かる植物を切り払いながら、勇樹は何かに気付いたように小さく声を漏らす。
そして、確かめる為に同じ事を二度三度と繰り返すと、勇樹は一つの仮説に思い至った。
「あー、つまりこれはアレか」
「お、何か気付いたのか?」
「うん、ちょっとね。ココじゃ何だからちょっと離れた所で試してみよう」
勇樹はニゲルを引き連れて他の参加者から離れると、自分の仮説が正しいか確かめるべく緑地に足を踏み入れた。
その行動にニゲルが若干慌てる。
「お、おい。そんな不用意に踏み込んだらモンスターたちが……」
「ダイジョーブ、ボクをシンジテー」
わざとらしい棒読みで返事をしながら、勇樹は二歩三歩と緑地の中へ入った。
だが、緑地の植物は何の反応もせず勇樹はそれを見せつけるようにニゲルの方を得意げに振り返った。
「どうよ」
「マジかよ……向こうからじゃあ、何やっても襲われてたのに……何でだ? ここにはモンスターはいねぇのか?」
「いいや? 多分そこら辺に居ると思うよ?」
「いやいやいや、じゃあなんでここのモンスターが反応しねぇんだよ!」
「フッフッフッ、簡単に言えばアレだよ」
そう言って勇樹は木の上にいる小動物を指差した。
「アレだってここに棲んでいる以上は、ここの植物に何かしらのダメージは与えてる筈だよね? だけど、ここで伸び伸び生きてるって事は襲われない理由がある筈。で、これがその答え」
「何だよ。その答えって……」
「“殺気”だよ。多分、ここの植物たちは敵意を持って侵入してくる相手に対して、迎撃するような習性があるんだよ。だから、気配を消しながら入れば大丈夫ってワケ。多分、これって狩りに必要な技能を試す為なんじゃないかなぁ」
「で、でもよ。今までの試練参加者は夜が明けてから戻って来てたぜ? こんな簡単な事なら、遅くとも夜には帰って来れる筈だろ?」
「うーん、多分それは別の方法で入ったんじゃないかな? それを知ってるから、他の2人はジッと待ってたんじゃない?」
勇樹にそう言われ、ニゲルは何とか森へ入ろうとしていた|勇樹に槍を向けた2人組を遠目で見ている2人組を思い出す。
無口で泰然としているルジールならまだしも、粗暴で武人気質のベネルまでが大人しく何かを待っている様子で、緑地の外で転がっている岩に座り込んでいた事を思い出して、思わず小さく声を漏らした。
「という事はなにか? 待っていれば何かあるってのか?」
「多分だけど、ここいらの植物は暗くなったら活動が鈍くなるんじゃないかな? で、恐らくそれをあの2人は前回の試練で知ったんだよ」
「そう言う事か……なら、ここでアイツらを出し抜ければ、俺達が一気にトップに躍り出るってワケか!」
「言うほど優位じゃないけどね! 敵の腹の中で一瞬の敵意を漏らせば即敵が押し寄せるスニーキングミッションなんて、マゾゲー以外の何物でもないよ!」
「それをやろうとしているお前は何なんだよ……」
胡乱な目を向けるニゲルの問いに対し、勇樹は笑って誤魔化してクルッと反転した。
「さぁ! 日が落ちて彼らが入って来れるようになる前に、さっさと目的のブツを分捕ってこよう!」
「いや、間違ってねぇけど言い方……」
実も蓋もない言い方をする勇樹にニゲルは思わずツッコミを入れる。
しかし、あえて聞いていないふりをする勇樹が奥へ進むと、ニゲルも慌ててその後を追い掛けた。
気配を隠しながら入った緑地に中は――2人が拍子抜けするほど普通の森だった。
木々の隙間に動く物が蛇や小動物ではなく植物系モンスターでなければ、踏みしめる土の感触も、鼻腔を抜ける森の香りも、隙間から地面を照らす木漏れ日も、勇樹が祖父と暮らしていた時に遊んでいた近所の山と見間違えそうなほど、穏やかで静かな森であった。
故に2人の緊張の糸はこれ以上ないくらい張り詰めていた。
「……ヤバい、気配が全く感じ取れない。植物モンスターヤバい」
「まぁ、動物みてぇに呼吸してたり、感情があったりするワケじゃねぇからなぁ」
「その所為で近づかれても全然気づけない。攻撃の直前までその気配に気が付けないのは、目隠しされた上に切っ先を突きつけられているみたいで超怖い」
視界の端で、木陰から勇樹たちに向けて毒針を発射しようとしている花を見つけて、勇樹は力なく苦笑いを浮かべる。
生物の気配を敏感に感じ取る植物たちに囲まれ、一瞬でも気を引き締めれば周囲の植物が一斉に襲い掛かってくるという状況で、不意を打ってくる攻撃に対応しなければならなかった。
飛んでくる攻撃をまるで虫を払うかのように打ち落とす作業には慣れている勇樹に対して、後を着いて来るニゲルは子供の頃から戦士として訓練され、骨の髄まで叩き込まれている。
その為、攻撃を受けると反射的に構える癖がついていた。
ニゲルが気配を乱す度に、察知した勇樹から剣の腹で叩かれて、大人しくさせられるのを繰り返しながら、2人は邪悪王樫のいる緑地の中心部まで辿り着いた。
草むらを掻き分けると、中心に大樹が聳える円形に開けた場所へ出た。
大人4人が輪になっても余りそうな太さの大樹を見上げると、枝には太陽に照らされキラキラと輝く黄金の実が成っている。
「おお! アレがウワサの木の実ですか!」
「スゲェ……俺が試練で一番乗りかよ」
「いやぁ、まだ物は取ってないからそこまで喜ぶ事ではないかなぁ」
大樹を見上げながら感動しているニゲルの呟きに対して、勇樹は苦笑いしながら大樹を見上げる。
何時までもそうしてはいられないので、勇樹はニゲルを肘で付くと黄金の実を指差して、移動を開始する。
目の前の大樹こそが邪悪王樫である事に間違いない筈なので、まず二人は登れるのかを確かめる為に刃先で軽く小突いてみる。
表面を僅かに傷つける程度だったが、反応する様子はなかったので2人は頷き合って大樹を登り始めた。
高いステータスも相まって、天を突くほど高く聳える大樹をスルスルと登って行き、あっという間に黄金の実がある場所まで登り切った。
「な、なあ、これでいいんだよな!? コイツを取ればいいんだよな!?」
「まあ、落ち着きなって。とりあえず、このままだと逃げ場がないからコレを使おう」
そう言って勇樹が手に取ったのは、腰に巻いておいた縄だった。
勇樹は腰から縄を解くと木の腕輪から細い糸を伸ばして幾つかの黄金の実に結び付けて、それを縄の先端に束ねて結ぶ。
その様子を見ていたニゲルは、感心した声色で呟いた。
「はぁ、色々持ってるんだな。いつもそんなに色々と持ち歩いてんのか?」
「ははは、いつもは持ち歩かないよ。ただ赤爺からこの課題を聞いた時から必要だなーと思って、赤爺に頼んでここに来る前にいた場所から持って来て貰ってたんだよ」
「おまっ、赤賢竜様になんて事を!?」
小声で抗議を上げるニゲルを無視して、準備を終えた勇樹は下を指差して大樹から降りる合図を送る。
その合図にニゲルは渋々ながら口を噤んで頷いた。
勇樹の持って来た縄では、どんなに伸ばしても地上までは届かないので、2人は緊張で喉を鳴らしながら一つの結論に達した。
「じゃあ、行くぞ?」
「おーけー……」
下を見ながら緊張した面持ちのニゲルと、しっかりと縄を握り締めた勇樹は足を投げ出すように座ると、体重を前にズラして……ふわりと腰を浮かせた。
当然、重心は更に前へ傾いて行き、2人の身体は宙へと投げ出される。
眼前には澄んだ空気で鮮やかな緑が広がり、冷たく爽やかな風が吹き抜け、僅かな浮遊感に包まれた直後に……身体がグンッと下へ引っ張り込まれた。
「「っ!?」」
互いの声さえ聞こえない風切り音と、ぐんぐんと近づく地面に背筋を凍らせながら、2人は壁走りの要領で必死に足を動かして幹を駆け落ちる。
一歩でも足を滑らせればすぐに星の引力に捕らわれてしまう瞬間、勇樹の腕に絡み付けた縄がピンッと張って、縄に括られた糸が勇樹の自重と共に木の実を引き千切った。
――ブチッ
耳をすまさなければ聞えない程度の実を切り離す小さな音を切っ掛けに、緑地の音が消えた。
その直後、勇樹たちが駆け抜けている周囲の枝がウネウネと動き出して、その真の姿を現し始める。
『キュロロロ!!』
幹の人間の顔のような形になっていた部分が動き出して、巨大な洞の中に光球がボンヤリと浮かび上がり、洞の中でキョロキョロと目のように動き回って、最後に幹を駆け下りて来る勇樹たちを捉えた。
『キュロロロッ!!』
「ヤベェ、見つかった!」
「あはは、大分荒ぶっていらっしゃる」
久々の大きな獲物に狂喜乱舞するかのように、目覚めた邪悪王樫は幹から触手のような枝を伸ばして、一斉に勇樹たちに襲い掛かる。
降り注ぐ触手の雨を、勇樹たちは指の間から零れる砂の如くすり抜けて行く。
それと同時に勇樹が腕に絡みつけている縄を手繰り寄せて、一気に黄金の実を手に入れた。
それを見たニゲルはクルクルと宙を回転しながら歓喜の声を上げた。
「ヨッシャー! これで目標クリアだぜ!!」
「いやいや! 帰るまで油断できないよ!?」
黄金の実が飛んで行かないよう手早く袋に放り込むと、地面が直前まで迫っている事を視認した2人は大きく幹を踏み込んで落下の勢いを殺し、そのまま転がるように地面へと着地した。
しかし、黄金の実を取って地上へと戻って来た2人を待っていたのは、緑地に擬態していたモンスターの群れであった。
四方八方から放たれる気配に、2人は武器の柄を握り込んだ。
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。




