15話 少年、ブラックモスに挑戦する
(´・ω・`)ラストがゴブリン3匹では弱い気がしたので、相手を増やしました。
――『ブラックモス』、それは勇樹にとって忘れたくとも忘れられない相手である。
目が合ったと思った瞬間、突然背後から胸を貫かれて、勇樹は初めて死に戻りを経験した。
その時の事を、勇樹は克明に覚えている。
目が合った瞬間の全身が石化したかのような緊張感、背骨に氷柱を押し付けられたかのような鋭い殺気、頭ではなく本能が勝手に体を動かしてその場から離れようとした感覚。
どうしようもなく敵わないだろうと考えていた相手の名前を出され、勇樹は思わず頭の中が真っ白になる。
「えーっと? 今とんでもない事を言われた気がするんだけど……レベル何だって?」
『レベル『250』オーバー、下手をすれば300に近いかもしれん。まあ、先ほどの強化魔法をあと10ほど追加して掛ければ、傷の一つくらいは付けられるかもしれんのう』
「あと10って……これでも結構限界まで掛かってて、今も反動で節々が痛いんですけど……」
『何を情けない事を言っておるんじゃ。攻撃だけを10程度で辛うじて傷が付けられるか分からないのだから、防御面は更に増やさねばあっさりと貫通して殺されてしまうぞ?』
「……そこまでして挑まなくてもいいと思いまーす」
『大馬鹿者、その程度も出来なければ、お主ら異世界人がこの世界で生きて行く事なんぞできんぞ? 数が難しいのであれば一つ一つの質を上げんか』
「一体、何と戦う想定をしているんだ……」
勇樹は愚痴りながらも戦備品を集め始めると、強化魔法の効果の上昇と更なる効率化を検討し始めるのだった。
翌日からまた、勇樹の死に戻りの生活が始まった。
初日は慎重に気付かれないよう《気配遮断》を全開にして、観察する為に食事中のブラックモスへと近づく。
しかし、100mも近づかない内に勇樹の接近が気付かれてしまい、ブラックモスが軽く放った魔法が勇樹を貫いて、胸に十円玉ほどの穴を開けて転送された。
その後も繰り返し接近を試みるが、その度に迎撃を受けて死に戻るのを繰り返して、何も出来ずに一日が終わってしまった。
2日目は何とか強化魔法をノルマ数に押し込めて、ブラックモスへ挑んだがあっさりと串刺しにされて飛ばされた。
挑む度に少しアプローチを変えて、強化効果を均等に割り振って再挑戦するも、それでは効果が低くなるだけで全く意味をなさなかった。
次に思い付いたのが、始点の強化魔法から段階で効果を上げて行く方法を思い付き、それを限界まで掛けて挑戦したがあっさりと退場した。
それを3日間、勇樹は様々な方法の魔法を試しながらブラックモスに挑むが、悉く跳ね返されてあっさりと殺され戻る日々を繰り返す中で、ドラグニールの言わんとしていた事を理解した。
それは偶然、奇跡的に左腕を吹っ飛ばしながらも勇樹の攻撃がブラックモスへと届いた瞬間の事だった。
剣が当ると思った瞬間、切っ先がブラックモスに接触する寸前に光の膜が現れて、剣が弾かれてしまったのである。
呆気に取られた勇樹は、当然の如く踏み殺された。
「どういう事!?」
死んで戻ってきた勇樹はすぐに起き上がると、ドラグニールがいるであろう方向の空に向かって叫んだ。
するとその様子を覗いていたのか、すぐに返答が来た。
『うむ、その様子だとアレの“魔力障壁”にしてやられたようじゃな』
「魔力障壁!?」
『まあ、簡単に言えば高位の魔物なら極普通に備えておる、自身を守るための魔力による鎧じゃよ。アレが有ると無いとでは、討伐ランクとやらも1つか2つは違うのじゃぞ?』
その言葉で漸く、勇樹はドラグニールが何十もの強化魔法が必要だと主張した意味に気付く。
「ねえ、まさかだけど……その魔力障壁を突破する方法って力技しかない?」
『そんな事はないぞ? 【魔法破壊】などの呪解魔法を使えば破る事もできよう。幾重にも攻撃魔法を畳みかければ綻びの一つも現れるやもしれん』
「実質無いのも同じですよねソレ!?」
あまりの無茶振りに勇樹は悲鳴に近いツッコミを入れた。
ちなみに、Aランクモンスターが持つ魔力障壁を打ち破ろうとするならば、強力な魔法の掛かった伝説級の魔法武器か、上級魔術師が月に一度しか使えない最上級魔法を撃ち続ける事で、漸く削り出す事が出来る。
勿論、その間も削れた自然回復はする上に、相手が大人しくしている保証はない。
そもそも、Aランクに指定されたモンスターとは自然災害が形を成したような物であり、目撃情報があれば周辺の国が挙って軍を動かして対応しなければならないレベルの存在である。
Sランク冒険者であった勇者がいた頃には定期的に狩り出されていたが、勇者の死後は一気に討伐される数が減り、今ではめっきり倒される事も無くなっていた。
つまり、魔法でどうにもならない現状では『魔法を上げて物理で殴る』という方法しか勇樹の選べる道は無いのであった。
勇樹のツッコミにドラグニールは心外そうな声を上げる。
『何を言うか。お主が魔法の才がある《勇者》だったならば、その選択肢も十分あったわい。じゃが、お主ではどちらかに特化させるには時間が足りんわ』
「ぐぬぬ……でもさぁ、この強化魔法で強化するにも限界があるんだよ。どうやり繰りしたところでキャパシティってのはあるワケだし、性能一つを強化するのに魔力の無駄が多すぎるんだよ」
『ふむ、ではどうする?』
「そこだよね……そもそも魔力自体は、剣の切れ味も体の防御力も同じように強化できるのに、漠然と“強化”は出来ない理由はなんだろう? 強化魔法には必ず『どこを、どの程度、どのように』って指定が入るよね。だから、単純に『剣を強化しろ』だと魔法自体が発動しないし、一つの魔法にやりたい事を全部入力して行ったらとんでもない量の魔力が必要になる……」
悩みだした勇樹にドラグニールは何も言わず、勇樹の答えが出るのをそっと待つ。
暫く下を向いてブツブツと呟いていた勇樹は、何かに気付いたように顔を上げた。
「そういえば、僕がここで動く為にやってる魔力の膜も魔力障壁なの? という事は、これも魔法になるの?」
『うむ、やっている事は同じじゃな。広義的には魔法に一種じゃが、それがどうかしたのか?』
「僕のコレと原理が一緒という事は、覆っている魔力が段違いという事か……ならまだ可能性はある」
勇樹はそう言って立ち上がるとゆっくりと息を吐いて集中し始めた。
「考えてみれば習得方法からしてそうだったんだから、そういう方法がある可能性も考えれば良かったんだ。マンガでもよくある強化法……!」
全身に力を込めた瞬間、勇樹の身体から魔力が蒸気のように揺らめき出す。
そして、その溢れ出る魔力をゆっくりとコントロールして、全身に廻らせて始める。
最初は所々で揺らめいていたが、暫くすると完全にコントロールを掴み、魔力が綺麗に勇樹の全身を循環していた。
完全に魔力を掌握した勇樹は、徐に拳を握り込むとテントを立てている大樹に向かってパンチを放った。
ズン……という鈍い振動と共に大樹が揺れ、勇樹の拳はその太い幹に完全にめり込んでいた。
「やった! 成功だ!」
幹にめり込んだ拳を引き抜きながら、勇樹は喜びの声を上げた。
勇樹のやった事……それはマンガやネット小説でよく見かける、『魔力自体に意志を込めて廻らせる』という原始的な強化方法だった。
そして、これの習得により魔力を注ぐだけで全身が強化できるようになり、練習して半日が経った頃には効率良く強化する感覚を捕え、一々味覚を犠牲にして強化魔法を唱える必要が無くなっていた。
そうして一日中、魔力操作の訓練に時間を費やしたサバイバル生活28日目。
初遭遇してから漸く勇樹はブラックモスの前に立った。
何度もちょっかいを出された事と、今までとは雰囲気が違う勇樹に警戒して、ブラックモスは勇樹を睨み付ける。
『グルッ』
「あはは、凄い。本当に効かないや」
歴戦の騎士でも心臓が止まりそうなブラックモスの【威圧】を前にして、勇樹は平然と笑みを浮かべる。
勇樹が魔力を纏えるようになった事で、強化の効率が良くなった以外にも利点があった。
それが魔法効果への耐性――全身を廻る魔力が完璧では無いものの、ブラックモスの放つ【威圧】を跳ね除けていた。
身体が縮こまらず、意識がクリアであれば十全――勇樹は剣を構えてブラックモスへと駆け出した。
「先ずは牽制! 【水球】!」
《詠唱破棄》によって詠唱が省略され、勇樹の前に野球ボール大の水弾5つが現れる。
そして勇樹の合図と同時に、水の球がブラックモスに目掛けて飛んで行く。
一見、ただの水の塊をぶつけるだけの魔法に見えるが、実際に当たると木の幹をめり込ませるほどの威力がある。
一発でも角ウサギを気絶させる威力がある魔法を前に、ブラックモスは気負いもなしに息を吸いこむ。
『ブシュッ』
力強い鼻息と共に、勇樹の水弾が眼前で破裂してしまう。
飛び散る水飛沫が視界を覆った瞬間、魔力を脚力強化に回した勇樹が加速した。
そして、再び開けたブラックモスの目の前に、魔力光を放つ剣を降り下ろそうとする勇樹がいた。
「シッ!」
息んだ気合いと共に、剣が光の弧を描きながら降り下ろされる。
直後……金属を打ち合わせたような音と共に火花が散って、剣が弾かれた。
しかし、それも織り込み済みの勇樹は、足の裏に仕込んでいた風魔法を発動させて、スラスターの要領でブラックモスから離れる。
その直後、勇樹のいた空間を切り裂く様に、漆黒の角が通過した。
「次はコレだ!」
勇樹は腰に手をやると、奇妙な印が描かれた木札を取り出して、ブラックモスの前にばら撒いた。
木札が地面に落ちたと同時に勇樹が叫ぶ。
「【遅延魔法・解放】、【泥沼】!」
勇樹の発動ワードを合図に、木札に描かれた印が消えて魔法陣が展開され、木札を起点に地面が泥沼に変わり始める。
自重でズブズブと沈み始めた足を見て、ブラックモスは……四肢に力を込めた。
踏ん張るように力を込めただけで、ブラックモスの身体から魔力が衝撃波のように吹き出し、魔法発動の媒体となった木札と勇樹の魔法陣を諸共吹き飛ばす。
圧倒的な力の前に――勇樹はほくそ笑んだ。
その一瞬、たった一瞬だけブラックモスの意識を自身から逸らす……それこそが勇樹の狙いだった。
「【風射】!」
《気配遮断》をフルに発動させながら、足の裏を起点に風魔法を噴射。
高く跳び上がってブラックモスの頭上を飛び越え、更に空中を蹴って背後へ回る。
そして、剣に仕込んだ最後の遅延魔法を開放する。
「【遅延魔法・解放】、【上風鋭刃】、《スラッシュ》」
風の刃を纏う剣と《剣術》スキルを乗せて、剣を横薙ぎに振るった。
金属が叩きつけられるような音と共に火花が散る。
『グルッ』
「チッ」
障壁に傷すら付かなかった事に小さく舌打ちをすると音もなく跳び上がり、ピンボールのように近くの木の幹を足場にして、再び障壁を斬りつけて同時に蹴って跳ねる。
《気配遮断》によって姿をくらまし、ピンボールのように跳ね回り、どんどんその速度を上げて、ブラックモスが追い切れない速度で障壁を斬りつけていく。
――キンッ、キンッ、キンッ、キンッ、キンッ!
背後で火花が散り、振り向いた頃には姿が無く、また背後で火花が散る。
ブラックモスが反撃する間もない攻撃に、とうとう小さな悲鳴が上がった。
――ピキッ
ブラックモスを覆う障壁に小さな亀裂が入った瞬間、魔力光を放つ剣を振り上げた勇樹が、その小さな亀裂に向かって剣を叩きつけた。
ガラスが割れるような音と共に障壁が切り裂かれ、同時に勇樹の剣も過剰な強化と使用に耐えきれず砕け散った。
障壁を斬り裂いた直後、勇樹は再び風魔法で空中を蹴り、更に前へ出る。
一度も破られた事のない障壁が破られた事に激しく動揺するブラックモスに対し、勇樹は冷静に残った柄を捨てて腰の短剣を手に取る。
それに気付いたブラックモスが威嚇するように牙を剥いた直後、残った魔力を全て注いだ短剣を降り下ろした。
風魔法による三次元機動からの強化魔法を付与した連続攻撃。
そして、強固な障壁が破れた瞬間、砕けた剣を捨てて解体用の短剣を強化する。
そして、ブラックモスが気付いた時には剣を振り上げた勇樹が目の前にいた。
時間にすれば瞬き程度の僅かな瞬間……だが、その一瞬の差が、勇樹の刃をブラックモスへと届かせた。
「命取ったらぁ!!」
『グオォォォンッ!!』
短剣の刃がブラックモスの顔に当たった瞬間、ブラックモスが咆えた。
《威圧》を乗せた咆哮は突風のような物を生み出し、勇樹を容赦なく吹き飛ばして近くの木に叩きつける。
木に叩きつけられた勇樹は当り所が悪く気絶するが、ブラックモスも無傷ではなかった。
目の下に勇樹が渾身の力で突き立てた短剣が刺さり、血が涙のように流れていた。
短剣が刺さった痛みと傷つけられた怒りで、激しく地面を踏み鳴らす。
そして激昂するままに、気絶している勇樹を双角でしゃくり上げた。
最早、抵抗する気力すら残っていない勇樹は、木の葉のように宙へ舞い上がる。
そして、トドメと言わんばかりに落ちてきた勇樹を双角で殴り飛ばして、勇樹は転送された。
勇樹が消えた後も、ブラックモスは暫く怒りのままに咆え猛っていた。
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。




