07:
因幡先生とも、京田さんとも小鳥遊さんとも疎遠となって出会いのころから五年がたった初夏のある日。私は運命のいたずらなのか、京田さんと再会をした。
受講していた講義が休校になり、午前いっぱいと午後三時まで空いた時間を利用してあてもなく街を歩いていた。ふっと横に視線を向けると、初夏にぴったりなパステルカラーの裾に白いレースをあしらったワンピースがショーウィンドウに飾られていて、思わずそれに見惚れながらお店に近寄ると前方から歩いてきた人とぶつかってしまい慌てて謝罪をする。
「す、すみません」
「いえ、こちらこそ……」
聞き覚えのある低く、甘さのある声に我が耳を疑いながら視線を上げるとそこには京田さんが目を見開いて私を見ていた。
「京田、さん?」
「河原さん?」
まさかこんなところで、こんな時間に、この人と会うことになるなんて。驚きで高鳴る鼓動。けれど、別の意味で胸が高鳴り、頬が紅潮するのを自覚していた。
「お、お久しぶりです」
「偶然だね。元気にしてた?」
「は、はい。おかげさまで……。京田さんも、お元気でしたか?」
「ああ、うん」
この時は特に何の約束もしないまま、少し会話を交わしただけで別れた。
けれど、偶然とは不思議なもので。重なる時は重なっておこる。
そして、偶然が幾度も重なり何度か約束をして会うようになっていいった。その回数は自然と増えた。
思わぬ再会の日から、早三か月が経ったある日。京田さんとブックカフェで待ち合わせ(デート?)をし、軽食を取ったあと近くの公園を散歩していた。まだ夏の名残の熱がジリジリと地面を焼いているが、木々の合間から吹く風は少し温度が低くて肌に心地よくなじむ。
「気持ちいいですね」
「ああ、そうだね」
無言の時間が続く。でも、重苦しくもない不思議と心地よい空間ができている。
「――ねえ、河原さん」
「はい?」
そんな中、最初に声を発したのは京田さんだった。名を呼ばれ振り仰ぎながら返事を返すと、彼はとんでもないことを言った。
「よかったら、俺と付き合わない?」
「へ?」
立ち止まり、京田さんと見詰め合う。通り過ぎる風が、葉の擦れあう音が、私と京田さんを囲むように在る気がして。周囲とは一枚の壁があって、隔離されているような、音が、風と葉と、自分の煩いほど響く鼓動以外なにも聞こえない錯覚に陥った。
「今すぐに、とは言わない。でも、どうか考えてみてくれないか?」
京田さんはそれだけを最後に言い、そこから私はどうやって帰ったのかわからぬまま気がついたら家の湯船に浸かっていた。
青天の霹靂。
まさか、あの、憧れ、恋焦がれた京田渉から告白される日がくるとは誰が想像できるだろう。
「う、嘘じゃないよね?」
古典的だが、ぎゅーっと自分の頬をつねると確かに痛かった。
「――でも、どうして私なんだろう」
赤く染まった頬の痛みさえも忘れ、私はのぼせそうるまで思考の海に浸っていた。
考えて、考えて。それでも断る理由がなく少なからずあのころには及ばないものの彼を思い慕う気持ちがあったから私は渉さんから告白されてから三日後。無事に渉さんとお付き合いをスタートした。
私は大学四年で卒論と就活に追われ、中々会うことはできないけれど。それでも会えば幸せな時間を過ごすことができ、会えない間もメールや電話でやりとりをしてとても満たされていた。
渉さんとお家デートをしていたある日。渉さんの家の近くの公園まで散歩にでかけ、喉の渇きを覚え渉さんに一言言って、近くの自動販売機まで飲み物を買いに行った。
缶ジュースとお茶のペットボトルを持って公園まで小走りで戻った。肌をしっとりと伝う、汗。渉さんが待っているだろう場所にはその姿はなく。キョロキョロと視線を彷徨わせると、立ち入りOKの芝生の上で瞼を閉じて寝転んでいる姿を見つけた。
「渉さん?」
確かにそこに見えるのは昔、自分が憧れ、恋焦がれた愛おしい彼の姿。あまりにも綺麗で、穏やかで、ほっと安心するような光景に思わず目に映るそれが現実なのか確かめたくて。彼の名前を口にしていた。
――すると、声が聞こえたのか。偶然なのか。彼が、振り向いた。
振り向いた甘く柔らかく優しく春の陽だまりのような笑顔に、失ったはずの想いが零れだし、胸がトクン……と、脈打った。
――でも、次に発せられた言葉に全てズタズタに切り裂かれた。
「花織」
紡がれたのはこの人の以前の恋人の名前。私じゃない私に向って伸ばされる腕。
「……」
その時、膨れ上がった感情は一体なんだったのか。怒りか、悲しみか、喜びか、憎しみか――。
どんな感情であれ、私はこの時に決めたのだ。渉の手を取った時に、愛する人の望む仮面を被り演じることを。真実の願いを捨て、偽りの愛をとったのだ。
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文法上誤用となる3点リーダ、会話分1マス空けについては私独自の見解と作風で使用しております。