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偽りの音  作者: 葡萄鼠
10/10

番外編*1*

本編後のIFストーリーです。

「もしも……」の世界。可能性の一つのなので、苦手な方は読まれない方がいいと思います。

 あの人の元を去ってから、どれほどの時間が過ぎただろうか。

 渉のことを考える事さえ辛くて、考えないようにして過ごした日々。貴方のただ一人のお姫様になれると信じていた。信じていながら、どこかでそれは叶わぬ願いだと気づきながらも見えないふりをしてほんのわずかの希望に縋っていた日々。


 それでも、傍にあった温もりを感じていた時間は幸せだった。

 

 どうして手放してしまったのだろうかと、一人離した温もりに気がついた時後悔もした。あのまま、見て見ぬふりをし続けた方がよかったのではないか。そう考えたことは一度や二度ではない。

 何も知らず、渉と出逢う事さえなければと考えたこともあった。そうすればこんな想いをしなくてすんだのに。と。

 それでもきっと私は何度でも渉に恋をするだろう。



 渉の元を去ってから、私は地元に戻り実家住まいをしている。運がいいことに臨時職員としてだが教員免許(もちろん音楽の資格も)を取得していた私は地元の学校に音楽担当として勤めることができた。

 今日は授業が午前で終わりということもあり、私はお休みだったが午後から一時間だけ時間を頂いて音楽室のピアノを弾かせてもらえることになっている。



「あ、河原先生だー」


 ピアノを弾いていると、軽い足音とともに開いた扉からそんな言葉と共に顔をのぞかせたのは一人の女子生徒。授業を受け持っているクラスの一人で、何度か話したことがあったためすぐに名前がでてきた。


「あら、宮下さん。どうしたの、今日はもう授業はないでしょう?」


 そう。生徒たちは我先にと、開放感のまま学校から飛び出して帰って行った。生徒がいたとしても何かしらの用事がある場合ぐらいで、わざわざこんな最上階の音楽室の辺りに人が来るなんてまずない。

 そんな私の疑問に、彼女はアッサリと答える。


「うん。そうなんですけど、ちょっと忘れ物しちゃって。それで帰ろうかな、と思ってたらピアノの音が聞こえてきたので覗きにきちゃいました」


 てへっと、年相応に可愛らしく笑う姿は見ていて微笑ましい。


「あ、そうだ。そのついでにあまったチョコレー渡しにきてて。あと一つ残っているんですけど、良かったら河原先生もらってくれませんか?」

「チョコレート?」

「そうですよ。あれ、もしかして先生今日が何の日か忘れてます?」


 そう言われても、特に何かしらの行事があるわけでもなかったし。ついこの間大晦日とお正月が終わったばかりだ。何かあっただろうか、と首をかしげていると宮下さんがこれまた答えてくれる。


「バレンタインデーですよ。愛の祭典? っていうか、愛憎渦巻くカオスな日?」


 そう言われて初めて今日が2月14日。チョコレート会社の陰謀……もとい、緻密な策略の元に広まっている愛の日。バレンタインデーだと気がついた。


「まあ、私の場合は自分でチョコレートが食べたくて色々ストレス発散も兼ねて作り過ぎちゃっただけですけどね」


 そう言って彼女が差し出してきたのは、簡単ではあるが可愛らしくラッピングされた小袋。先ほどから漂っていた甘い香りの発生源はここだったのだろう。


「最近チョコレートなんて食べてなかったから、嬉しい。ありがとう、帰ってから食べさせてもらうわね」

「はい! 一応毒見はすませているんで、味はともかく不調はでないはずなので安心して下さいね!」

「ええ、ありがとう」


 ニコニコと楽しそうに笑う宮下さんの笑顔に、私もつられて笑みがこぼれる。


「それじゃあ、先生またね!」

「はい。気をつけて帰ってね」

「は~~い!!」


 宮下さんを見送り、自分の手に乗っているチョコレートの入った包みを見つめる。包みからは、先ほどより濃厚なチョコレートの香りが漂ってくる。


 ――そういえば、私も昔はこの日が近づくと友人やクラスメイトと一緒になって何が楽しかったのかはしゃいでいたな。


 と、そんなことを思い出す。

 渉とつき合ってた間。最初はバレンタインデーにチョコレートを渡そうと準備をしていたが、テレビで流れるバレンタイン関連の放送に渉が顔を曇らせていたのを見て渡すのを止めたんだっけ。

 気の所為だったのかもしれない。花織さんのことを意識するあまり、私がそう思い込んで逃げただけだったのかもしれない。今となっては確かめるすべのないことだけれど。


「愛の祭典、ね……」


 この期に乗じて告白する女性は多いだろう。そしてそんな勇気ある彼女たちの中で想いが実る人は何人いるのだろう。そして実った想いは本当に幸せといえるのだろうか。

 己の経験、というにはあまりにも苦すぎるソレにビターチョコを間違えて口にしたときのように顔が醜く歪む。

 ただ甘いだけでよかった。その甘さに酔い痴れて、チョコレートの媚薬にかかったままでいたかった。恋い慕う人の傍に恋人としていられる。ただその一点だけをみていたかった。


 でも、私は気付きたくなかった真実に直面してしまった。


 チョコレート。


 昔は媚薬として用いられていたソレ。

 私には甘いよりも苦い想いを露わにする、妙薬に思える。

 なんの妙薬なのか。それは私にとっては見たくもないが、直面しなければならなかった「真実」であり「現実」のことにほかならない―――……。


ギ、ギリッギリセーフ!!


誤字訂正しました。


2/15

・あまったチョコレーに私にきてて。

・あまったチョコレート渡しにきてて。

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