第九十五話 まゆと弥生のダブルアタック 前編
第九十五話 まゆと弥生のダブルアタック 前編
テストで全教科満点を取ったらキスさせろとまゆが迫ってきた。陽菜と言う彼女がいる身なので、そんな約束は出来ないと断ると、じゃあ陽菜の許可が下りれば大丈夫なのかと、こともあろうに陽菜を呼び出しやがった。
「お姉ちゃんがここに来るんだ!」
妹会長は姉の来訪を無邪気に喜んでいる。俺の気も知らないで。
「お前、怒られるぞ……」
「え? どうして?」
妹会長は呑気に首を捻っていた。まゆとのキスを賭けた勝負に対して、勝手にOKを出したと陽菜に知れれば、怒られるに決まっているだろう。勝負事が絡むと、周りが見えなくなるタイプなのだろうか。
「来たみたいよ」
まゆが窓ガラスの外を見るように促していた。
ジムの窓ガラスから陽菜がこちらに向かってくるのが見えた。恐る恐る陽菜の顔色を窺ったが、とりあえず見た感じは怒っていないようだったので、ホッとした。
「お待たせ!」
ジムに入ると、速度を緩めることなく、こちらに向かって歩いてきた。
「お姉ちゃん!」
妹会長が駆け寄るが、陽菜は相手にもしないでつかつかと、俺とまゆのところに来た。
「用件だけさっさと言うね。駄目!」
挨拶抜きで開口一番断りを入れた。やっぱりか。
「いきなりね」
「早い方が良いでしょ。長々と言い回しをしても結論は同じだから」
確かに。俺も変に腹の探り合いとかされるよりは、こっちの方が良いわ。妹会長は不満の様だけど。
「え~、つまんない! やらせてあげようよ、勝負!」
こいつとしては、まゆが勝って、俺とキスして、それが元で喧嘩して破局になる展開がお楽しみなんだろう。そうはいくか!
「あなたは黙っていてね!」
妹会長に向かって諭すような口調で微笑んでいるが、俺には分かる。内心は激怒しているということが。おそらく帰宅したら、手ひどく説教される運命なんだろうなと、妹会長を見た。
「まあいいや。無理を言っても、優司くんが受けると言ってくれなきゃ意味ないしね」
意外にもすんなりとまゆは引いた。賭けが成立しそうにないことを悟ると、ジムをさっさと後にしていった。とりあえず脅威は去ったと安心しようとしたところ、「諦めないから」と、不吉な言葉を久しぶりに聞いた気がした。
「一刀両断だったな」
「優司くんの太刀裁きも見たかったかな」
痛いところをついてくる。怒られないだけましかもしれないが、情けない彼氏としては苦笑いするほかない。
「さあ、私たちも行きましょうか」
「ああ、そうだな」と言おうとして気付いた。陽菜が一緒に行こうと誘っているのは妹会長の方だった。
「私、まだパンチの練習が残っていて……」
「いいから、来なさい」
「……はい」
嫌われてしまったのかと思ったが、この後、きついお仕置きをするつもりらしい。ここに来たのも妹会長を連れていくためだったようだ。
これから説教されて号泣することになるであろう妹会長の後姿を見送りながら、俺も教室に戻って勉強しようと思った。
……そう言えば、ジムの鍵って開けっ放しで良いのだろうか。などと心配してみたものの、俺は鍵を持っておらず、かけようもないので、そのまま後にした。
ジムで妹会長と本気で衝突してしまい、意地でも平均九十を超えなくてはならなくなったので、俺は次の休み時間から真剣に教科書とにらめっこを始めた。
そんな俺の姿がよほど物珍しいのか、早智がニヤつきながら近づいてきた。からかう気満々なのが見て分かる。
「あんたにしては真面目じゃないの。休み時間にまで勉強するなんて、高校受験の時以来じゃないの?」
「うるさい。気が散るから話しかけるな」
素っ気なく突っぱねたが、それで退く早智ではない。消えろと言ったのに、強引に話しかけてきた。
「ふう~ん、そうやって教科書の中身を丸暗記しているわけだ」
「全部覚えれば、どこから出されても答えられるからな。いつもはヤマを張っているけど、今回は路線変更だ」
所詮テストの問題は教科書から全て出題されるのだ。それなら、教科書の内容を全て頭に入れてしまえば九十どころか、百点満点も容易ではないか!
「理論的には、得策に聞こえなくもないけど、頭の悪い作戦ね。応用問題が出たらおしまいね」
馬鹿に馬鹿と言われてしまった。しかも、俺も薄々気付いていたことだから、反論もままならない。
「あのねえ……。暗記だけで平均が九十を超えてくれたら、誰も受験で苦労しないわよ?」
高校受験しか経験していない早智が知ったふうな口で、俺を諭してきた。俺だった、言われるまでもなく、この勉強だけでは不十分なことは良く分かっている。だからといって、他に明暗がある訳でもないので、暗記一辺倒で勉強しているだけだ。
「せめてテストの問題が分かればねえ……。暗記だけでもいけるんだけど」
大袈裟にため息をつきつつ、何かを期待するような眼差しをちょくちょく向けてきた。
「念のために言っておくが、テスト問題を盗むようなことはしないからな。俺に期待しても無駄だぞ」
あとで回し読みする目的で、俺を唆していることはすぐに見当がついた。幼馴染みゆえにこいつの悪知恵だけは簡単に見抜けるのだ。
「ばれた?」
舌をペロンと出して、茶目っ気を演出したが、やはり俺を利用する気だったか。
俺をからかうのにも飽きてきたのか、俺に不正をする気がないと知ると、早智はどこかに行ってしまった。
早智がどこかに消えると、俺はまた教科書を熟読し始めた。集中できてはいると自負しているが、やはり不安は残る。
このままテスト後に妹会長の猫パンチに沈む運命なのか。
思いを巡らせていると、前方に誰かが経った気配がした。また早智が来たのだろうか。それとも、ホイケルか? どちらにせよ、俺の邪魔をする気なら許さん。
対応によっては怒鳴るつもりで顔を上げると、そこにいたのは弥生だった。
「よお、久しぶり」
「久しぶりです」
弥生ははにかんだ笑顔で挨拶を返してきた。
「今日は何の用だ?」
わざわざ他のクラスから来てもらって何だが、勉強中だったこともあり、用件だけ聞いてさっさと帰ってもらうことにした。
「あのう……、一つ聞きたいことがあるんですが」
「何だ?」
勉強のことでなければ、大体のことには答えられる。
「豊嶋さんとキスをする約束をしたと聞いたんですが」
「デマです!」
キスするように迫られたのは事実だが、陽菜とタッグを組んで退けている。噂の情報源については、うるさく問いただすようなことはしない。どうせ俺を快く思っていないまゆのファンの犯行だろう。連中の相手をしている暇など、今の俺にはない。
俺からきっぱりと否定されると、弥生は一旦ホッと胸を撫で下ろしていたが、すぐに次の質問をしてきた。
「でも、生徒会長と賭けをしているというのは本当ですよね。負けたら顔を殴られるって……」
「誰に聞いた?」
内緒にしていた筈なのに、もう知れ渡っているのか。弥生が知っているくらいだから、他の生徒の耳にも入っているのだろう。俺を良く思っていない男子生徒から、妨害が増えるのは必死だった。畜生、ただでさえピンチだというのに。一体どこの誰が……。あの時にいたメンバーで周りに話しそうな奴と言えば……、早智か。
「生徒会の会計の人がブログで事細かに書いていました」
「あの女~~!!」
思わず叫んでしまった。いきなり大声を出されてしまい、弥生は驚いていた。
俺に黙って勝手に言いふらしやがって。敵は早智だけじゃなかった! しかも、ブログで公開しやがった。この学校の生徒でない人間にも拡散しているということじゃないか。
「ブログには他の事も書いていました。陽菜さんの他に、複数の女子とキスしたこととかも」
怒りのあまり、言葉が出なかった。個人情報保護という感覚が丸っきり欠如している。そのことで俺がどれほどの風評被害を被ることになるのか、全然分かっていない。
「生徒会の会計の人ともキスしたそうじゃないですか。私の方が先に好きになったのに反則です」
いやいや、好きになった順番にキスをするなんて暗黙の了解はないから。俺は彼女持ちだから、本来は他の女子とキスとかしちゃいけない立場だから。複数の女子とキスしたのは全部アクシデントだから! って、今問題にすることはそこじゃない。
「何故それを……」
「本人がブログで自慢していました」
「またあいつか~~!!」
またも叫んでしまった。本日二回目ということもあり、弥生は驚かなかった。
早く過去の出来事として処理してしまいたいことを世間に吹聴しやがって……。ていうか、手当たり次第に暴露している。芸能記者と同レベルだ。早く口を塞がなければ、安心して眠ることも出来ない。
「これで妹会長からほっぺにキスされようものなら、俺の立場はさらに悪くなるな……」
あんなお子様でも、男子人気は高いのだ。ほっぺと言えども、また新たに敵を増やすことになるだろうな。
この学校のロリコン率の高さに頭を抱えながらも、俺の勝利への意欲は衰えなかった。お子様にドヤ顔をされるくらいなら、男子に睨まれた方がマシだ!
半ば自棄になってテスト勉強を再開したところに、弥生の言葉が割り込んできた。
「優司くん、提案があります」
「……何?」
嫌な予感しかしなかったが、無視するのも気が引けたので、聞き返してしまった。また面倒事が増えるということだけは経験則から確信していた。
いつもより遅い時間の投稿になりましたが、続きを投稿します。明日はいつも通りの時間に間に合わせますので、気が向いたときにでも読んでいただければ幸いです。




