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岩見優司のリア充(?)な日常  作者: 霧島こう
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第八十九話 妹会長の本気

第八十九話 妹会長の本気


「駄目だ、こりゃ……」


 カラスが去った後、シュレッターを開いて、中の紙くずを取り出した。だが、細切れにされてしまっていて、修復はとても出来そうにない。


 しばらくみんなで紙くずになった議事録を眺めていたが、ずっと見ていたところで元通りにもなる訳もないので、かなり気が進まなかったが、やり直すことになった。


 ひょんな失敗から、完成間近だったものを、一からやり直す。これは思った以上に精神的にかなり堪えるもので、作業再開後のペースはかなり落ちていた。


 本来なら夜の七時には終わっていた筈の作業が、十時を過ぎても、終わる見込みがなかった。


「碓氷さんがいればなあ……」


 疲労がピークに達した時、蓮杖がボソリと何の気なしに呟いた。目ざとく聞きつけた妹会長が檄を飛ばす。


「そこ! いない人間に期待しない!」


 聞けば、副会長の碓氷と言う先輩は、相当優秀な人らしく、今回のようなことが起こっても、涼しい顔であっという間に処理してしまうとのこと。本当に今いないのが惜しまれる……。


 愚痴を吐きながらも作業をしていると、今度は電気が切れて、真っ暗闇になってしまった。


「今度は何だよ!」


「ブレーカーが落ちたみたいだな」


 もう夜も遅く、教員も残っていなかったので、自分たちでブレーカーのところまで行かなければならなかった。そんなに電気を使っていなかった筈なのに、どこかで電気系統が故障しているのだろうか。


「もう嫌だ~~!」


 あまりにも不運が続くので、ついに妹会長が音を上げてしまった。他のメンバーも疲労困憊でぐったりしていた。俺もその一人。


「もうこうなったら仕方がない……。妹会長にご褒美をあげるしかない」


 蓮杖がたまりかねたように話すと、七海と夏凛も無言で頷いた。部外者である俺はなんのことやらさっぱりで、何のことかと条件反射のように自然に聞いていた。


「どういうことだ?」


「会長をご褒美で釣って、残りの仕事を全部やってもらうんだよ……」


「…………」


 苦し紛れにしてももう少しまともな作戦は思いつかないものだろうか……。あまりに呆れて声も出ない。


「こいつら、何を言ってるんだと言いたそうな顔ね。でも、しばらく何も言わないで私たちを見ていてほしいの」


 俺が文句を言うより先に、七海が一言釘を刺した。


 蓮杖が妹会長に近寄ると、ポケットから飴玉を出した。おいおい、まさかご褒美ってあれのことか?


「会長、碓氷さんの飴玉を食べないか?」


「! 食べる~!」


 意気消沈していた妹会長の目が輝きだした。蓮杖の手から飴玉を受け取ると、口に運んでおいしそうに舐め始めた。悪い予想は当たってしまった。


 あっという間に舐め終わると、もう一つ要求した。


「ねえねえ! もう一つ食べたい!」


「仕事が終わったらやるよ」


 慣れた様子で妹会長の要求をかわす蓮杖。まさかこいつら、日常的にこんなことをしているのか?


「……分かった!」


 しばらく蓮杖を不満げに睨んだ後、妹会長は素直に要求を聞き入れて、自分の席に向かった。


 そして次の瞬間、とてつもない勢いで、パソコンのキーボードを打ち始めた。


「な……!」


 まるで別人のような仕事ぶりに俺は閉口してしまった。


「妹会長は多重人格者なのか?」


「いいえ。そう思うのは無理もないけど、そんな病気にはかかってないわよ」


 若干中二病の気はあるけど、と付け加えた後で、そういう症状ではないことを説明してくれた。


「裁断されたけど、完成間近になっていた書類があったでしょ。あれと全く同じものを猛スピードで作り直しているのよ」


「! 確かにそれが出来れば苦労はしないけど、議事録って結構な枚数だったぞ! 大体の内容は覚えているけど、細部まではとても……」


「今の会長には可能なの」


 良く考えてみれば、議事録を一度は完成させかけているのである。その内容をそっくりそのまま再現するのが一番手っ取り早いのだ。ただ、余程記憶力が良くないと隅々まで覚えておくのは不可能だが……。そんな離れ業を猛烈なスピードで、今妹会長が行っているというのか。


「あの子、記憶力も、演算力も常人を凌駕しているからね。あのくらいの量なら、覚えようとしなくても勝手に頭に入っちゃうのよ」


 妹会長の頭が良いのは、まゆとのテスト対決の一件で知っていたが、ここまで跳ね上がるとは。


 信じられない気持ちで、蓮杖が持っている飴玉を見つめた。


「その飴玉ってそんなにおいしいのか?」


 この飴玉に能力を倍増させる成分でも含まれていると言うのか? テレビゲームや漫画の世界ではよくある話だが、まさか実在するのか?


 信じられない現象を目の当たりにして、俺のテンションは否がおうにも上がっていった。


「なんなら食べてみるか? 能力が上がるのか、ただ美味しいだけなのかがハッキリするぞ」


 差し出された飴玉を深く考えずに機械的に受け取って舐めてみた。


 市販のものに比べて甘くておいしかった。テーブルの上に置かれていたら、口が寂しくなる度に手が伸びてしまいそうな味だった。でも、能力が上がったという実感はわかなかった。その証拠に鞄の中に入れていた数学の問題集をめくってみたが、理解力は全く変化していなかった。


「どうして妹会長だけ、あんな状態になるんだ?」


「違うわよ。いつも手を抜いているだけ。あの飴玉がもらえるとなると本気を出しているだけよ」


 成る程! 合点がいった。さっきのは飴玉をやるから、やる気を出せと言っていた訳か。


「まあ、そういうことになるかな……」


 苦笑いしながら、蓮杖は俺の説明に間違いがないことを認めた。しかし、飴玉一つで本気を出すとは、妹会長らしいエピソードだ。確かにほっぺたが落ちそうになるくらいおいしかったけどな。


 その時、生徒会のメンバーは、誰も飴に手を出そうとしていないことがふと気になった。


「? どうしてお前らは食べないんだ?」


 飴玉はとてもおいしかった。一つくらい頬張っていてもおかしくはない。何気なく聞いてみただけなのだが、生徒会メンバーの三人の顔がみるみる曇っていった。


「いや……。俺たちはいいよ……」


 想像以上に拒否反応があったので、俺も不安に駆られてきた。


「まさか不味いものでも入っているんじゃないだろうな……。麻薬とか、アルコールとか」


 夏凛と蓮杖の顔が一瞬強張った。七海が慌てて説明をして取り繕った。


「不味いものは入っていないわ。中に入っているのは、スーパーでも売っているものばかりよ。でも、不味い組み合わせってあるでしょ?」


 そういうことは食べる前に言ってほしい。不味い組み合わせって何だよ。七海は「体に悪影響はない」と言っていたが、何となく怖い。


 その後、しつこく聞いたのだが、飴玉の中に何が入っているのかについては、いくら聞いても教えてくれなかった。俺が納得できないでいると、夏凛がキスしてあげるから、それで勘弁してほしいと言ってきたので、丁寧に断った。


「いつもは碓氷副会長が与えているんだけど、今日みたいに不在の時は、蓮杖君が与えることになっているの」


 完全に餌付けされているな。これでは碓氷と言う先輩の方が生徒会長に見えてしまう。


「まあ、実際に権力を持っているのは碓氷さんだしね」


 しみじみと夏凛が言った。


「最初に生徒会長に選ばれたのは、現副会長の碓氷さんだったしね」


 夏凛に続いて、驚くべき事実を七海がカミングアウトした。


「あの能力欲しさに碓氷副会長がスカウトしてきたのよ。忙しい時に役立つから。そうしたら、あのお子様、付け上がっちゃって会長の椅子を要求してきたの」


「その要求を全面的に飲んだと?」


 七海は無言で頷いた。


「元々表に立つより、裏で策略を巡らす方が好きな人だったから、渡りに船だったわけね」


 あの性格で生徒会長をしていることが前から疑問だったが、そういうことだったのか。七不思議クラスの謎が解けたぜ。


 パソコンのキーを勢い良く叩く妹会長を見ていると、見事「明日から本気を出す」ことに成功したニートにも見えてきた。ひたすら感心してみているうちに、議事録は完成した。


 一通りの作業が終わると、妹会長は疲れたと両手を上げた後、電池の切れたロボットのようにだらんと力なくのけぞったまま動かなくなった。


 気を失ったのかと心配したが、寝ているだけだった。


「いつも全力を出した後はこうなるの。エネルギーを全部出しつくして、寝ちゃうのね」


 漫画みたいな特技だと思ったが、すごいことに変わりはなかった。


 眠ったままの妹会長にそっと耳打ちしてやる。


「すごいな、お前……」


 正直、目からうろこが落ちた思いがした。これからはあまりお子様呼ばわりできないな。言う頻度を少し減らしてやるか。


妹会長みたいな力があればなあと仕事中に思ったことは多々あります。未だに発揮されませんけどね……。

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