第八十二話 まゆと妹会長の争いは犬も食わない?
第八十二話 まゆと妹会長の争いは犬も食わない?
皇一主宰の旅行が終わってから、二週間が経過した。その間、特にこれといったことはなかった。……いや、あった。林間学校に行って来たのだ。俺がまゆと下見に行かされたアレである。最近の俺にしては珍しく、大きな問題が起きることもなく、無事に終わった。敢えて言うなら、ホイケルが女湯を覗こうとしたのがばれて、女子たちに袋叩きにされたくらいだ。馬鹿正直に小島先生の設置した罠に引っかかったのだ。馬鹿な奴め。
自分の罠に獲物が引っかかった小島先生は嬉々として(聖職者としてどうかと思う)、ホイケルに罰を与えていたのが記憶に新しい。
「六聖館に乗り込みましょう!」
ある日の昼休み中にフルーツサンドを頬張りながら、早智がこんなことを突然言い出した。
「行ってどうするんだよ……」
早智の急な申し出に欠伸をしながら、返答だけしてやる。どうせしょうもない目的なんだろうな。
「皇一さんのハートを射止めるの❤」
やはりしょうもなかった。皇一のことをまだ諦めていなかったのか……。先日の旅行以来、大人しくしていたので、諦めたとばかり思っていたのだが、甘かった。
「あのなあ……。あいつはお前に気がないから、アタックを仕掛けても時間の無駄だぞ」
「今はなくても、強引に私の魅力に気付かせるから良いの!」
あまり手荒な真似はするなよ。向こうはお前が思っている以上の権力者だ。やり過ぎて怒らせないようにな。あと、その過程で俺を巻き込むなよ。
「あんな男のどこが良いんだか……」
話に割り込んできた七海が蔑んだ目を早智に向けた。早智も憐れむような目を七海に向けた。
「何も分かっていないのね。皇一さんには良いところがたくさんあるのよ。お金持ちのところとか、すごく広い別荘を所持しているところとか、父親が六聖館の理事を務めているところとか……」
早智の挙げたのは、皇一の長所ではなく、皇一の家の長所だった。遺産を虎視眈々と狙っているのが透けて見える。相続の際は喜んで、泥沼の争いの渦中に身を投じそうだ。
「要は金持ちなら誰でもいいってことじゃないの!」
七海の皮肉は間違いではあるまい。
「そんなに金持ちと付き合いたいなら、陽菜と結婚した後の優司と付き合えば? こいつの愛人になれば、金回りが一気に良くなるわよ」
七海からしてみれば、早智を小馬鹿にしたつもりだったのだろうが、嫌味に気付くこともなく、早智は表情をにわかに輝かせた。
「あ、そうか!」
今まで気付かなかったという顔で、早智は俺に向き直った。いつの間にか襟元をはだけさせている。まさかとは思うが、色仕掛けをしているつもりなのか。
「優司~❤」
聞いたこともないような猫なで声で迫ってくる。マジで気持ち悪い!
「寄るな! 暑苦しい!」
金の亡者でしかない早智のアタックなど、有難迷惑だ。今まで通り、皇一に相手をお願いしよう。
俺の迷惑そうな顔を見て、早智はスイッチを切り替えるように、いつもの態度に戻った。
「冗談よ。金のためとはいえ、あんたに色目を使ったりはしないわ」
「ああ、そうかい」
早智の笑えない話に適当に相槌を打ちながら、オレンジジュースを飲もうとしたが、缶が思いのほか軽い。振ってみて、空になっていることに気付いた。今日は暑いから、いつもより早いペースで飲んでいたらしい。新しいのを買おうと席を立ったところに、早智と七海が目ざとく食いついてきた。
「あ! 飲み物を買ってくるなら私の分のコーラも買ってきて」
「私は冷たいお茶をお願い。あなたの奢りで」
「私も!」
「ちゃんと倍の料金を請求してやるから安心しろ」
乾いた笑いを返しながら、俺は教室を後にした。
「優司くん、ちょっといい?」
自販機の前でジュースを買おうとしたところで、まゆに声をかけられた。
「聞きたいことがあるんだけど、今大丈夫?」
「ああ、いいよ」
早智と七海を待たせているが、あの二人などいくら待たせても構わん。
「先日、生徒会の会計の子に、優司くんがダーリンって呼ばれているところを見かけたんだけど、あれは何なの?」
旅行の最後で、興奮が絶頂に達した夏凛が、俺のことをダーリンと呼んで投げキッスまでしてきたことを思い出した。あの場面を見られていたとは……。
「あれは向こうが勝手にそう呼んだだけだよ」
「ふ~ん。でも、知らない内にまたライバルが増えていたのは確かね」
ライバルも何も、俺には陽菜と言う彼女がいるので、競い合ったところで無駄なんだけどな。
「ねえ、私も優司くんのことをダーリンって呼んでも……」
「勘弁してくれ!」
バカップルじゃないんだから。さらにいうと、カップルですらないんだから! いや、仮に付き合っていたとしても断っていた。もし陽菜が同じことを言ってきても、絶対に断る。
「あ! 岩見優司が女の子と仲良さ気に話している。お姉ちゃんというものがありながら! 鼻の下まで伸ばして、やらしい!」
まゆと話していると、周囲に良く聞こえるボリュームで罵倒された。言って来たのは妹会長だった。
「立ち話をしているだけだ。知られて困るようなことはやっていない。鼻の下だって伸ばした覚えはないよ」
「ふん! 浮気をする男はみんなそう言うんだよ!」
ついこの前は、陽菜と別れろと言っていたくせに。今日はお姉ちゃんとだけ仲良くしろとでも言うのか。
「優司くんの言う通りよ。私たちはやましい話なんてしていないわ」
妹会長に事情を説明する俺に、まゆも加勢してきてくれた。小声で、「本当はラブラブなことを話していたって言いたいけど……」と付け加えていたが、聞こえなかったことにしよう。妹会長はそんなまゆに対しても、敵対心をあらわにした。
「どうかな? あなたが岩見優司に好意を持っているのは調べがついているんだよ、ランキング五位!」
五位というのはまゆのことだろう。王泉の美少女ランキングのことを言っているらしい。自分が四位なのを鼻にかけた発言ともとれた。
対するまゆは挑発に取り乱すこともなく、妹会長を見つめながら、冷静に言葉を返した。
「ランキングは確かにあなたの方が上だけど、脅威に感じたことはないのよね♪ 美咲陽菜、碓氷果穂、そして、三位のあいつを入れたトップ3は、手強いと思っているけど」
まゆが陽菜に対して、そんな感情を持っていたとは意外だった、てっきり自分の方が上だと思っているとばかり考えていた。
「美咲さんを認めているのは本当よ♪ 何といっても、私を差し置いて優司くんの彼女の座についているんだもの」
「近いうちに掠め取ってあげるけどね♪」と、付け加えるのもまゆは忘れなかった。
「ぐ……、私なんて眼中にないというの……!」
先に挑発した妹会長の方がむしろいきり立っている。本当に乗せられやすい性格だな。
主導権を握ったまゆは、さらに妹会長への攻勢を強めた。
「そんなに私のことが気に入らないなら、勝負してみる? まあ、私の圧勝で終わるだろうけど♪」
「いいよ! 望むところだね!」
いつの間にか二人が対決する方向に話が進んでいる。俺はすっかり蚊帳の外だな。
「でも、何で勝負するつもりなんだ?」
「私が通っている塾で、全学年の統一テストがあるんだけど、それで白黒つけるというのはどうかしら? これ、部外者も参加できるのよ」
「いいねえ。吠え面をかかせてあげるよ!」
かくれんぼや鬼ごっこなど、子供向けの勝負にすればいいものを、学力テストで勝負しようなどとは、まゆも大人げないまでに本気だ。
かくして、互いのプライドをかけた勝負が繰り広げられることになった。……俺はもう立ち去ってもいいかな。今回はあまり関係なさそうだし。
「じゃあ、私の方で、三人分申し込んでおくから、今度の日曜に駅前の○○塾の前に集合ね♪」
「了解したよ!」
まだ決戦までは日があるのに、二人の目からは早くも火花が散っていた。ん? 三人?
「って……、俺も受けるのかよ!」
「当然でしょ! 元々あんたのせいで始まった勝負なんだから!」
は? 何言ってんの? これはお前とまゆの果たし合いだろ? 俺は関係ないだろ。
まゆに助けを請うように視線を移すと、気の毒そうに俺を見つめて、「まあ、記念だと思って♪」とだけ答えた。今度は加勢してくれないらしい。
テストは記念にはならないよ……。こんなことなら、二人の争いをもっと本気で止めに入るんだった……。
ひょんなことから、休日に大嫌いなテストを受ける羽目になってしまい、がっくりと肩を落とした。
学生時代なんですけど、定期テストの日程が誕生日と重なっていたせいで、自分の誕生日を快く祝えなかったという苦い思い出があります。読者の方には学生の方も多いですが、勉強頑張ってください。




