第八十一話 別れ際の爆弾発言
第八十一話 別れ際の爆弾発言
夏凛に夜這いされるというショッキングな出来事があった翌日、俺は朝七時に目覚めた。学校がある日でも八時まで寝ている人間が、こんなに早く起きるのは珍しいことだった。
上半身を起こして隣のベッドを覗くと、夏凛はまだ熟睡していた。
一番乗りを密かに期待してリビングに行くと、皇一が雑誌を片手にコーヒーを飲んでいた。
「やあ! おはよう!」
「おはようじゃない。よくも夏凛を差し向けてくれたな」
人に災難を吹っかけておいて涼しい顔をしやがって。掴みかかろうかとも思った。
昨日、ボヤ騒ぎを二回も起こして、父親にきついお灸をすえられたばかりだというのに、夜這いの援護射撃をする皇一の、神経の図太さにはある意味で尊敬する。
少しすると、早智も起きてきた。寝起きらしく、皇一がいるというのに、寝癖でボサボサになった頭をかきながら、大きなあくびをしている。
「おふぁよう……」
たぶん俺に向かって挨拶しているのだろう。皇一がいるとは夢にも思っていないのがよく分かる。案の定、皇一の姿を確認すると、一気に慌てふためいた。
「アレ!? 皇一さん? 嫌だ! もう起きていたんですね。今のは、……違うんですよ」
しばらく見苦しく言い訳をした後、皇一がいるのなら私に伝えろという意味を込めて、俺の足を蹴ってきた。笑いを堪えながら、皇一がコーヒーを飲みたがっていると言うと、すぐさまキッチンに駆けていった。コーヒーを飲みたがっているのは、本当は俺だと知らずに。だって、皇一はもうコーヒーを飲んでいるし。
早智を騙して作らせたコーヒーを飲みながら、昨夜の出来事について聞いてみた。
「お前の方はどうだったんだ?」
夏凛と違って、睡眠薬を飲まされた程度なら、こいつは活動を停止しないだろう。皇一を押し倒すくらいは普通にやるに決まっている。俺が聞いて面白い話になるのは必至だ。
「へ!? 何の話?」
ハトが豆鉄砲を食らったような顔をして、早智は聞き返してきた。
「何の話って、昨晩皇一と夏凛が部屋を入れ替わったから、お前と皇一が同室になっただろ。それでどうなったのか聞いているんだよ」
早智は相変わらずきょとんとしたままだ。
「……ひょっとして、知らなかった?」
皇一の方を向くと、「鹿内さんに話すのを忘れていた」とほほ笑みながら話した。何て言うことだ。早智は何も知らずに、ただ寝ていただけだったのか。
「皇一さんと同じ部屋で一晩過ごせると言う千載一遇のチャンスだったのに、こともあろうに、寝ていただけなんて。不覚にも程がある。我ながら、何たる不覚! 一生の不覚! とにかく不覚!」
改めて、皇一と夏凛が部屋をチェンジしていることを教えてやると、早智は不覚を連呼しながら、両手で顔を覆った。教えない方が良かったかな。
早智の大声で目覚めたのか、陽菜と夏凛も起きてきた。個人的には、この二人には時間をずらして起きてきてほしかったのだが、そう上手くはいかないものだな。
陽菜が右隣、夏凛が左隣の席に座った。両手に花の状態だと、早智にからかわれたが、実際にこういう状態になってみると、居心地が悪くて仕方がない。
「昨日はよく眠れたみたいだね。だいぶ顔色が良くなっているよ!」
「そう?」
わざわざ言われるほど、昨日の俺はひどい顔だったのだろうか。疲労困憊だったのは否定しないが。
「で?」
夏凛は陽菜の前だということもわきまえずに、体を密着させて、自分が寝た後のことを興味津々で聞いてきた。何もしていないが、正直に話すのもつまらないと思ったので、でっち上げで話してみることにした。皇一のイタズラ好きな性格が移ってきたのかもしれない。
「ああ! 寝入っているお前に、あんなことや、こんなことをしてやった。今思い出しても眉唾物だな!」
「おお!」
嘘に決まっているのに、夏凛は身を乗り出して話に食いついてきた。起きた時の着衣の乱れ具合から推測できそうなものだが。
「遂に優司を落とすことに成功したか! 終わってみると、意外に呆気ないものだな。なかなか上機嫌だ。朝食は俺が全部作ろう!」
夏凛は飛び跳ねんばかりの華麗なステップを披露しながら、キッチンの方に去っていった。本当は早智と陽菜が作ることになっていたが、早智が頭を抱えて落ち込んだままなので、陽菜一人に負担させるよりは丁度いいかもしれない。
さて、嘘話で盛り上がった後は、陽菜にだけはしっかりと説明しておかないとな。本気にされると、面倒なことになってしまう。
「……念のために言っておくけどな」
「説明しなくても分かるよ。優司くんも結構策士なんだね!」
笑いを堪えるのに必死な様子で、陽菜は俺を讃えて、朝食の手伝いに行った。理解が早くて助かるよ。
この時は夏凛を上手く騙せたことを無邪気に笑っていたが、このことが夏凛の恋心を加速させてしまったことを知るのは、少し後になってからだ。
陽菜が去ってから、皇一と夏凛が部屋を交換していることをまだ話していないのに、彼女が何故か事情に精通していることに気付いた。不思議に思って、朝食の後で聞いてみたところ、朝リビングに来る前に夏凛から直接聞いたとのこと。「皇一が勝手にやったことでしょ!」と笑って話す陽菜を見つめながら、理解力のある彼女で良かったと心底安堵した。もし、早智のような単細胞だったら、血で血を洗う、凄惨なバッドエンドまっしぐらだろう。
朝食のメニューはホットケーキと、スクランブルエッグ、炒めたソーセージにプチトマトという簡素なものだった。ホットケーキの甘い匂いにつられたか、妹会長がやっと起きてきた。
朝食を食べ終えて、二時間ばかりまったり過ごした後、迎えに来たヘリコプターに乗って、三日間お世話になった別荘を後にした。
ヘリコプターが向かった先は六聖館高校だった。校舎内に併設されたヘリポートに無事着陸する。
「どうして、高校の屋上に、ヘリポートがあるんだよ」
「皇一がよく利用するからよ!」
陽菜の説明によると、六聖館を運営している皇一の親が、学校を新築する際に、校舎と一緒に造ったという。金持ちがやることは一味違うと、早智が感嘆の声を上げていた。
ヘリコプターから降りたところで、今回の旅行は解散となった。
「名残惜しいけど、ここでお別れだ。今回の旅行は楽しかったよ」
本当にそう思っているかどうかは不明だが、表面上は名残惜しそうに皇一が別れの挨拶をした。
「はい、私も楽しかったです……」
せっかくの旅行なのに、チャンスをものに出来なかった早智は、無念さを噛みしめながらも、懸命の笑顔で答えていた。
俺を含めた他のメンバーは、皇一との別れにあまり感慨深く思っておらず、簡単に今回の旅行のお礼を言って別れた。
皇一と別れた後、陽菜とブラブラ帰ろうかとしたが、妹会長に阻止された。
「お姉ちゃんは私と一緒に帰るの! だから、あんた達とはここでバイバイ!」
そう言って、強引に陽菜の手を引いて、待たせていた迎えの車に乗って、帰ってしまった。陽菜とは別れ際に手を振って、「また学校で」と言いあったが、せわしない別れだった。旅行を通して、妹会長と少しは仲良くなったと思ったんだが、まだまだ距離は開いたままらしい。なかなか手ごわい相手だ。
続いて、夏凛も用事があるから学校に寄っていくと言うので、このまま家に直行する俺達とここで別れることになった。
「じゃあ、また学校で会おうぜ、ダーリン❤」
「ダーリン!?」
突然の呼び名変更に対応できない俺に、投げキッスをして夏凛は意気揚々と去っていった。不意打ちだったので、呼び名について突っ込むのが遅れてしまい、やっと声を出して突っ込もうとしたときには、夏凛はかなり向こうに移動してしまっていた。
結局、後には、呆然とたたずむ俺と早智だけが残された。
「ねえ、生徒会の会計の子だけど、すごい勢いで勘違いが加速していない?」
詳細を知らない早智にも大体のことは分かったらしい。俺もこのままだと、まずいことになりそうだということをおぼろげながら感じていた。
しかも、事態の悪化はこれだけに留まらなかった。夏凛にダーリン呼ばわりされたことと、投げキッスされた現場をまゆに見られてしまっていたことに気付いていなかったのだ。
旅行の話は今回で終了です。次回からは新展開ですので、興味がありましたら、お楽しみください。




