第八十話 今夜は寝させてもらえない!?
第八十話 今夜は寝させてもらえない!?
ヘリコプターに乗って、別荘に戻ると、みんなに出迎えられた。陽菜に怪我はないかと聞かれたが、妹会長共々無傷であると説明した。後で早智に、大けがをしたと嘘をつけば、看病してもらえたのにと言われたが、本気で心配してくれているそんな不謹慎な真似をすると後が怖い。
妹会長は泣きつかれて寝てしまっていた。
「お説教は明日の朝までお預けね」
愛おしそうに妹の頭を撫でながら、寝ている妹を抱き上げようとした。
「今の台詞をそいつが聞いたら、飛び起きるぞ」
陽菜の代わりに、妹会長の軽い体を抱き上げながらからかいつつ、陽菜と並んで歩く。
「何か今の私たちの光景ってさ……」
「うん?」
「夫婦みたいに見えないかな?」
俺が夫で、陽菜が妻。妹会長は二人の間に生まれた子供と言う訳か。
「ははは……。見えない」
こんなに手のかかる子供はノーセンキューだ。少々強めに断ったためか、陽菜は残念そうにしていた。
「でも、助かったよ。ヘリコプターに運良く見つけられて。もし、あのまま通り過ぎられていたら、未だに暗い洞窟の中だったわけだからな」
そうなっていたら、今頃懐中電灯の残り残量もまずいことになっていたに違いない。暗闇の恐怖で半狂乱になった妹会長を宥めなければいけない自分を想像すると、背筋が凍った。
「違うわ。優司くんたちが助かったのは偶然じゃないの!」
「え?」
訝しる俺の前で、陽菜は妹会長がいつも付けている黄色のリボンの裏を見せてくれた。そこには何か機械のようなものが備え付けてあった。
「この子、昔っから良く迷子になっていたから、すぐに見つけられるように発信機をいつも付けているリボンに忍ばせているの」
分からないようにつけていると言っているが、傍から見ても結構目立つぞ。こんなに目立つ発信機に気付かないでいる妹会長って一体……。
まあ、何にせよ、助かったのだから、文句はない。
ちなみに、花火によって発生した火災は救急チームの働きによって、事なきを得たらしい。
さすがに今回は見過ごしてもらえなかったようで、父親にきつく絞られたと、皇一は愚痴をこぼしていた。一日の内に何度もヘリコプターと救急チームを要請する事態になったのだ。仕方のない結果と言える。
昼にはバーベキュー。夜には花火、その後で遭難。しかも、どれでもヘリコプターによる送迎、救急チームの緊急出動と言うおまけ付き。さすがに疲れたので、早々に寝てしまうことにした。夜更かしする元気は俺には残されていない。
「おい……。おいってば!」
日付が変わった頃、ベッドに入って熟睡していた俺を誰かが起こそうとやってきた。睡眠を妨害されたイライラと、まだ眠っていたいという欲求から、目を開けることもなく、寝た振りを続ける。
「お~い! 起きろ~!」
しかし、声の主はなかなか諦めようとしない。
「……ぐっすり寝ているな」
やっと諦めて出ていくかと思ったら、侵入者は俺に顔を近付けてきた。
驚いて目を開けると、俺と唇を重ねようとしている夏凛の顔があった。
「お前! 何をしようとしているんだ!?」
「チッ! 起きたか」
舌打ちを隠そうともせず、キスが未遂に終わったことを悔しがった。
「起きているんなら、ちゃんと返事をしろよ。キス出来ると思ったじゃないか」
「違うだろ! 寝ていることを良いことに勝手に唇を奪おうとするな!」
まだ高鳴っている心臓を抑えながら、体を起き上がらせた。
「どうしてここにいるんだ? ここはお前の部屋じゃないぞ!」
「皇一に頼んで代わってもらったんだ。だから、今は俺の部屋で間違いない」
てっきり夜這いを仕掛けてきただけだと思っていたのに、みんなに内緒で部屋を変わってもらっていたとは。
皇一~~。ここにいない人間に怨恨の言葉を投げかける。
「鹿内さんは今頃大はしゃぎだな! 彼女、皇一に気があるんだろ?」
俺の怒りをスルーして、夏凛は別の部屋の盛り上がり具合を楽しそうに想像している。もしかしなくても色仕掛けで攻めている頃だろうが、今の問題はいかに部屋割りを元通りにするかということだ。
「本当はお前が入浴している時に、間違えたふりをして全裸で突入する予定だったんだ。なのに、お前は風呂に入らずに、ベッドへ一直線だ」
「疲れていたんだよ」
無理を強いて、入浴しなくて良かった。今の俺に夏凛のアタックを押し返すだけの体力は残っていない。されるがままにされて、陽菜を激怒させていたに違いない。まあ、今の状況を見られても結果は同じだけど……。
「という訳だ。せめて明日の朝に入れ」
「断る!」
アタックを予告されて、誰が入るというのだ。……と思ったが、美少女が入ってきてくれると言うのなら、世の中のほとんどの男は喜んではいるんだろうな。おかしいのは俺の方か。
「体が臭うと、美咲さんに嫌われるぞ。俺は構わないけどな」
陽菜を引き合いに出しても、入る気はない。二三日入らないだけで、臭うものか。自宅に帰ってから入れば十分だ。
「お前が風呂に入ってこないって言うんなら、すぐにでも入るよ!」
「じゃあ、入らない」
「うわあ! 嘘しか感じない」
俺が夏凛の出まかせをあっさり見抜くと、またも舌打ちが返ってきた。
「なかなか強情だな」
「当たり前だ」
こうなりゃ、何が何でも風呂には入らん。夏凛がいる限り、眠ることもしない。持久戦だ! そんな俺の決意をあざ笑うかのように、夏凛はポケットから何かの薬を取り出した。
「そんなこともあろうかと、秘密兵器を持参して正解だった!」
「秘密兵器?」
詳しく聞きたくなかったが、一応聞いてみた。
「じゃ~~ん! 睡眠薬!」
旅行に来る前にも同じことを言った気がするが、作戦を先にばらしたら意味がないだろう。
「おお! 確かに。またもうっかりしていた」
わざとらしく驚いていた。こう言うと、わざとやっているようにも聞こえるが、演技ではないらしいな。こいつはもしかしなくても天然らしい。
「まあ、次からは言わないように気を付けるよ。そういう訳で、早速飲もうか」
「断る!」
催眠薬と分かって(さらに飲んで意識を失った後で何をされるか分かっている状態)、素直に飲むバカがどこにいる?
秘密兵器まで通用しなかったことで、さすがの夏凛も根負けしたのか、大きくため息をつくと(ため息をつきたいのは俺の方だけど)、両手を上げて降参のジェスチャーを取った。
「分かったよ……。嫌がる相手に無理に飲ませるのは、俺の主義に反するからな。今夜は引き下がるよ」
「夏凛……」
こんな夜更けに夜這いを仕掛けておいて、今更何を言っているんだというツッコミをグッと飲み込んで、言うべき言葉を話す。
「そんなことを言って、俺が寝た頃に戻ってきて、挨拶なしで襲うつもりだろ?」
「ばれた?」
舌をペロンと出して、素直に認めた。
いつまでも夏凛のペースのままだと、埒が明かないので、そろそろ俺の方から発言することにした。
「それ、お前が飲んだ方が良くないか?」
「え?」
「だからさ。それを飲んでお前が動けなくなる。それを俺が好きにする……」
「おお……!」
見る見る顔が高揚していく。何て最高の案を思いつくんだ、とか考えているんだろうな。無論、二つ返事で乗ってきた。そして、すぐに俺に飲ませる筈だった睡眠薬を水なしで飲むと、その場に倒れた。
眠ったままピクリとも動かない夏凛をベッドに寝かしつけた後、体を何度か揺すってみたが、反応はない。完全に眠りこけているようだ。
「……こいつが馬鹿で良かった」
誰がいかがわしいことなどするものか。俺には陽菜がいるのだ。お前は夢の世界で欲求を発散させていると良い。
もう一つのベッドに横になると、そのまま眠りについた。やっと眠れるよ、全くヤレヤレだ。
今回の旅行で夏凛が優司にアタックする宣言をしていたのに、何事も起きないまま、バーベキューやら花火やらをしていたので、このままではまずいと密かに焦っていましたw 優司としては災難ですが、個人的には安堵しています。




