第七十九話 遭難~時々イノシシ、そののち蝙蝠~
第七十九話 遭難~時々イノシシ、そののち蝙蝠~
花火ではしゃぎ過ぎだせいで、ボヤ騒ぎに発展して、逃げ回っているうちに、気が付いたらはぐれていた。妹会長と一緒に。
「はあ……、こいつと一緒なら、一人ではぐれた方が良かった……」
「今言おうとした台詞をそっくりそのまま先に言われた!」
「にゃ、にゃにおう!」
危うく妹会長と口論になりかけた。一緒だったのが陽菜だったら、何のためらいもなく、守ってやるとか臭いことを言うところだが、相手が妹会長ではトラブルにならないように気を張っていなければいけないので疲れるだけだ。
「続きは別荘に戻ってからやるということにして、今はさっさと戻るぞ」
「う、うん」
あまり無駄に体力を浪費したくなかったこともあり、一時休戦。別荘まで戻る……のは無理なので(断崖絶壁だし)、とりあえずさっきまで花火を楽しんでいた河原まで戻ることにした。
幸い、懐中電灯は持っていたので、明かりには不自由しなかった。念のために持参しておいて大正解だった。
「だいたいお前は怖がり過ぎなんだよ! 確かに暗くて転びやすくなっているけど、道のりは昼間と変わらないだろ」
ウサギを幽霊と勘違いして慌てていた妹会長を歩きながらやじった。妹委会長は顔を真っ赤にして反論してきたが、子供の強がりなので、終始俺が優勢で言い返してやった。
「ゆ、幽霊は出なくても、獣の類は出るかもしれないじゃん」
「出ないよ!」
最終的には俺が(お姉ちゃんに言い寄っている)野獣だ、とか言い出すんじゃないだろうなと思いながら、暗闇の中なのに大声で話し続けた。
すると、それを聞きつけたのか、何者かが地響きを立てて、こちらに向かってきた。
「あれ?」
「な、何か来たよ……」
「どうせまたウサギだろ……」
「どう聞いてもウサギよりも大きな何かだよ! 私たちに危害を加えようとしているよ!」
二人で息を潜めて、音にしてくる方を凝視する。すると、向こうからイノシシの群れが走ってきた。
「なっ!? 嘘だろ?」
「わああぁぁぁ! 何が怖いものなんて出てこないだよ! 早速襲われているじゃないか~~!!」
「うるさい! 悪かったよ。俺が間違っていた! ごめんなさい! 謝ったから今は逃げるぞ!」
二人で全力疾走したが、イノシシの方が速い。ぐんぐん距離が縮まっていく。このままでは追いつかれてしまうと判断したので、妹会長の服の襟を掴んで、木の上に逃げた。
俺たちに気付くことなく、イノシシの群れは闇の向こうに走って消えていった。下にイノシシがいないことを何度も確認してから、地面に降りた。
とにかく、イノシシが出る以上、こんなところにいつまでもいる訳にはいかない。電話で助けを呼ぶことにした。
しかし、電話で連絡しようとしたところで、携帯電話を別荘に置いてきてしまったことを思い出した。充電中だったし、どうせ花火を楽しんでくるだけだからと、準備を怠ったのだ。自分の迂闊さにイラついたが、ないものを悔やんでもどうしようもない。
少しムカつくが、妹会長に頼んで電話してもらうことにした。事情を説明すると、「危機感がないね!」と言われてムッとしたが、その通りなのでグッと堪えた。
森の中とはいえ、奇跡的に電波状態が良かったおかげで、すぐに陽菜と電話がつながった。
「あ、お姉ちゃん? もしもし私」
さっきまで泣きそうだったくせに、姉の声を聞いた途端、表情が明るくなった。
しばらく楽しそうに話していたが(その間俺はさっさと助けを呼べとイラつきながら待っていた)、いきなり妹会長の顔が曇った。
「うううぅぅぅ……、ごめんなさい」
どうやらさっきの花火の件を怒られているようで、俯いて今にも電話を切ってしまいそうな勢いだ。せめて、俺たちの現在位置を話すまでは頑張ってほしい。……ただ、現在地をどう説明すればいいのかは、俺にも分からん。
「え? 今、私たちがいる場所? え~とね……」
ようやくその話になったか。多少待たされていたこともあり、安堵の息を漏らしていると、さっき聞いたばかりの恐怖の地響きが聞こえてきた。
またイノシシの群れが走ってきたのだ。妹会長の耳にも聞こえたのか、電話するのを忘れて、音のする方を凝視したまま固まっている。
出来ることなら俺たちのところに来ないことも願ったが、音の主はここに向かって吸い寄せられるように近づいてくる。
電話を中断して、また木の上に登らざるをえなかった。
登りきるのを待っていたかのように、ピッタリのタイミングで、多数のイノシシがまた通り過ぎていった。
「私たちを探しているのかな……」
「はは……、まさか」
もしかしたらその危険もあったが、妹会長をこれ以上怖がらせる訳にもいかないので、平静を装って答えた。
イノシシが去った後、さっきと同じように安全を確認して、地面に降り立つ。
また陽菜に電話してもらおうと、妹会長を見ると、地面に視線を移したまま固まっていた。
「あ……」
妹会長の携帯電話が粉々になっていた。木の上に逃げる時に慌てて登ったせいで地面に落としてしまい、そのままイノシシたちに踏まれてしまったのだろう。多数の野獣の全体重を一身に受けた携帯電話は原型を留めておらず、通話が不可能になっていることは確かめるまでもなく、明らかだった。慰めのようにストラップだけ無傷だったが、無意味もいいところだった。
携帯電話が壊れてしまい、ショックに打ちのめされている妹会長に、かける言葉がなかった。
「とにかくどこかに潜んで朝になるのを待とう」
朝になったからと言って道が分かると言う保証はどこにもなかったが、暗闇の中をうやむやに進むよりはマシだろう。それに、もしイノシシの群れが俺たちを探しているのだとしたら、尚更隠れる場所を探さないといけない。
落ち込む妹会長を励ましつつ、周囲に注意しながら進んでいると、洞窟を見つけた。こういう時に、洞窟に入るのが良いのかどうか、サバイバルの知識がない俺にはさっぱりだったが、外で寝るよりは安全だろうと言う素人丸出しの考えから、中に入ることにした。
洞窟に入ろうと中を明かりで照らした途端に、今度は中に潜んでいた蝙蝠が一斉に飛び立ってきた。
「ギャアアアァァァァ!!! 今度は蝙蝠が出てきた~~~~~~!!!!!」
絶叫する妹会長を自分の背中に潜ませて、その場に立ち尽くす。
「落ち着け! どこかに隠れてやり過ごすんだ!」
さっき二度もイノシシから追われたばかりなのに、今度は蝙蝠! しかも、どっちも大群! どうなっているのだ、今日は!?
蝙蝠は俺たちに襲いかかることなく、素通りしていっただけだった。向こうからすれば、いきなり明かりを向けられて驚いただけなのかもしれない。何にせよ、無事で済んでよかった。
「もう嫌だ~!」
遂に妹会長が泣き出してしまった。もう少し子供で、一人ぼっちだったら、俺も泣いていたことから、気持ちは分かる。
「どうしてこんなことになるんだよおぉ!」
「みんな、岩見優司のせいだ! 私からお姉ちゃんを取るし、森の中で迷子になっちゃうし……。良いことないよ!」
「今迷っているのは、明らかにお前のせいだろ! どさくさましれに責任転嫁するんじゃねえよ!」
「あううぅぅぅ……」
気持ちを奮い立たせて、蝙蝠が出尽くした洞窟の中を再度照らす。
「……もういないみたいだな」
妹会長はまだ中に入るのを嫌がっていたが、手を引いて、やや無理矢理に洞窟に入った。今度は何者からも襲撃されることなく、腰を下ろす。どっと疲れが出てしまった。今、襲撃されても立ち上がって逃げる気力はない。妹会長も同じで、二人とも無言のまま、時間だけが過ぎていった。
携帯電話はないくせに、食いかけのチョコだけは何故か持っていたので、妹会長と分けて食べていると、ヘリコプターのホバー音が聞こえた。
こんな山奥を飛んでいるヘリコプターなんて、皇一の家の物しか考えられない。きっと行方不明になった俺たちを探しているのだろう。
「こんな真っ暗闇の中、未成年二人を捜索させられるなんて、あのヘリコプターのパイロットも大変だよな。ちゃんと夜勤手当や残業代が出ているか心配だよ」
「そんなことを言っている場合じゃないでしょ! SOSを呼びかけるんだよ!」
洞窟を出て、頭上を確認すると、確かに一機のヘリコプターが飛んでいた。
二人で協力して大声を出すが、ヘリコプターには届いていないようだ。
「でも、俺たちを見つけられないみたいだ。この辺りを捜索して見つからなかったら、別の場所に行ってしまう
「周りの木々を燃やすのはどうかな?」
「アホか!」
いくら非常事態とはいえ、環境保護の団体をまとめて敵に回すようなことを言うものじゃない。
このままヘリコプターが去っていくという展開を覚悟していると、強烈な光が俺たちに向けられた。
「良かった……」
見つけてくれた。助かったと、安堵すると、その場にへたり込んだ。
いつも執筆しながら、ユーチューブで作業用に公開されている怪談朗読を聞いているんですけど、肝試しに行って幽霊に襲われる話とか、暗い中で心霊体験に見舞われる話とか、今回の話も暗闇の中での話なので、臨場感抜群でしたw




